蘇芳は面倒を見たがる
朱羅は誰かに呼ばれたような気がして、静かにかつての自分の家を出た。周囲を見回すと、変わった様子は特にない。けれど、それこそが答えのようなもので。
「何か用か?蘇芳」
「もう!可愛げがないなあ、朱羅は!なりたての頃なんか、蘇芳、蘇芳〜ってついて回ってたのに!」
「さあ、どうだったかな。忘れちまった」
朱羅と名前をつけてくれたのは、この蘇芳だ。
あの日、村をぐちゃぐちゃに壊しに行こうという誘いに乗って村に戻ると、既に村人たちは皆事切れていた。亡骸や周囲などを調べてみると、この惨劇を始めた人間も死んでいることがわかって。仲間割れの末に同士討ちをして、最後の二人になった者同士で、相打ちになったらしい。
「ありゃ、もうすでに壊れきってるねえ。吾の出番はないようだ!」
「……」
蘇芳の言うとおり、村に生きている人間はいなかった。もやもやとした心地のまま、なんとなく立ち尽くす。母さんは既に返ってこない。それがまるで、奪い尽くしてやろうと戻ってきた自分にたいする嫌がらせのようで。
「残念だなあ。朱羅の残忍なところ見たかったのに!」
「朱羅…?」
「きみの名前だよ!吾が考えたんだ。古い名前はもう覚えてないでしょ?」
自分の名前がわからなくなる?
そんなことあるはずがない。そう思ったけれど。
「…!?」
覚えていなかったのだ。蘇芳の言うとおり、自分の名前を。昨日まで呼ばれていた自身の名前が、思い出せない。
「…俺、は誰だ?」
「そうなっちゃうから、名前をあげてるんだよ。朱羅。それに、みーんな鬼なんて読んでたら、すぐに鬼23番とかになっちゃうからね。それで、朱羅の名前の由来はね〜」
曰く、朱い羅刹のような鬼だから、朱羅だという。安直な名前だが、不思議とそれは自分の名前としてぴったりだと思ったことを今でも覚えている。
「それで、もう一度聞くが。今日はどんな用事だ?」
「そ、れ、は!もちろん!きみの庇護下にいる人間を観察しに!それとついでに朱羅に忠告かな」
華にあわせるには、邪悪な存在すぎるような気もするが、朱羅にとっては親代わりの鬼だ。あわせない、とすぐに断じるのも良くないだろう。
「わかった。ついでに忠告について聞かせてくれ」
「簡単な話さ。我慢しすぎるのは良くないからね、吾のように自由に生きてみればっていうはなし!」
我慢のしすぎは良くない、そう言われるのは何度目だろうか。いつだって蘇芳は朱羅に対してその言葉をかける。朱羅が我慢しているように見えているのだろうか?
「今回で言うと、そうだな〜。あの人間の子を逃がさずに捕まえて飼うとか!吾だったら、でろでろに甘やかして心から縛るけど」
「却下。馬鹿なこと言わないでくれ。それで、要件はそれだけか?」
「うーん、そうといえばそうなるし、そうならないといえばそうならないね!」
軽快なリズムで何が言いたいかわからなくなりそうな返事がかえってきて、朱羅は少々困惑する。
「じれったい!はっきり言え!」
「あの村に、天邪鬼がいるなってだけさ」
天邪鬼は低級妖怪だ。朱羅の妖気がついていれば寄ってくることすら叶わない。そんな存在が、あの村にいる?
考えられるのは、あの女に取り憑いている線だが、どうしたものかと頭を悩ませる羽目になった。




