朱羅の過去 3
また季節は流れて。
黄金に染まる前の青々とした稲が風に揺れている。結局、田植えは1人で2反近くを植えることになった。朝日が昇る前に起き出して作業をして、夕日が完全に沈むまで植える作業をしたのだ。もうこんな無茶な田植えはしたくない。
けれど、そのぶん取り分が多いのは確かだ。自分が植えた場所の7割だとしても、かなりの量になる。これなら村を出て、少し遠いが城下町まで売りに行っても大丈夫そうだ。
お金はたくさんあっても困らない。稼げそうなときにお金にすることは大事だから、母さんに相談しよう。そう思いながら、収穫前の定期的な稲の点検に参加するために、田植えに参加した村人たちと一緒におじさんを探す。
「…?」
けれど見つけたおじさんの様子がどこかおかしい。なんとなく焦っているように見えるのだ。稲は穂をつけているのにも関わらず。
「おじさん?」
「ぁ、ああ。お前さんたち、稲の様子を見に来たんじゃな…?」
「そうだ!今年はほとんどみんな中央に行ったからな。俺たちの取り分も多いんだろ?」
おじさんの様子に構わずに嬉々として尋ねた男に対して、おじさんは力なく横に首を振った。その瞬間、ざわっと空気が揺れる。
「ど、どういうことだよ?7割は貰えんだよな?」
「そうじゃ。だが……」
言い淀んだおじさんは、その言葉を口にするのも嫌そうだった。けれど先を促す視線に応えるように、何度か口を動かして、ようやく音にする。
「粃なんじゃ…。この稲のほとんどが」
ハッとみんなの息を呑む音がする。しいな、という言葉に聞き覚えのない自分だけが、状況を理解できていない。
「しいな、ってなに?」
「あ、ああ。坊主が知らなくても無理はない。ここ最近はとんとなかったことだからな」
「粃っつーのは、空っぽの籾のことだ。中身がねえんだ。ほら、触ってみろ」
粃という言葉を聞いて、真っ先におじさんの横を通りぬけて稲を触っていた村人たちが、そう言って刈り取った稲を一束差し出す。促されるまま、穂の部分にある籾に触れると、中身が入っているというような確かな手応えがあるのはごくわずかで。大半は中身がないせいで潰れて籾がぱらぱらと砕け散った。
「こりゃあ、まずいな。御上にはいくら田植えしたのか申告済みなんだろう?」
「もちろんじゃ。黙ってすれば、この儂の首が飛ぶ」
「となると、事前に掛け合ったとしても最低限の割合は持っていかれる。これじゃあ売って金を稼ぐどころか自分たちの食い扶持まで怪しくなる……!」
顔色の悪くなった村人たちが、それでも稲を点検してまわる。
結果、分かったことといえば例年を大きく下回る量しか取れないことだった。それも御上に納める分を除けば、1反あたり半年持てばいいくらいの量しかないほどの。自分の田植えした範囲はおよそ2反。
母さんと2人で半年持つか持たないか、ということになる。
「こんなに広くてこうなんじゃ。今年の中央は新しくなった村長の指示で、9割やると言ってたろう?一人当たり収穫する総量は減っているが、貰える割合が多いならと納得した連中が大半じゃ。もし中央がここと同じく、粃が大半だとしたら、どうなる?」
「今更になってこっちにすり寄るってのかよ?!」
「可能性は大いにある。それに、こんなことは言いたくないんじゃが、大勢で植えた場所じゃからの。例年通り収穫できていれば問題なかったんじゃが。
――おそらく、あそこは取り分で揉めるぞ」
大人たちが真剣な顔を突き合わせて話しているのを見つめる。話を聞いていると、今後食料が足りなくなる可能性がかなり高い。母さんが予知していたのは、おそらくこのことなのだろうと一人納得する。
幸い、母さんのおかげで、半年分以上の米の貯蓄はある。今回収穫できたのが半年持つか持たないかの、わずかな量のお米だとしても、合わせれば次の収穫までは余裕で持つはずだ。
「この出来じゃあ、中身の残ったやつが黄になるのを待つと、盗られる可能性が高い」
「苦肉の策だが、青米が4割ぐらいが妥当だな」
家の食糧の備蓄に考えを巡らせている間に、大人たちは結論を出したらしい。収穫は例年よりも早い時期にすることで合意していた。
「坊主、青米ってのは黄色になる前の米だ。本来ならそいつが1割で収穫すると食味がいいって言われてんだが、今はそんなことを言ってられねえ。青米も食べられる。盗られてなんもなくなるよりはいいだろう?」
「…うん、問題ないよ」
粃について教えてくれた村人のひとりが、知らない単語で戸惑う様子を察して説明をしてくれた。それに、子どもだからと捨ておかず、自分の考えまでしっかり確認してくれて。
「ありがとう、おじさん」
「どういたしまして。これから大変だろうが、お互い頑張って乗り切ろうなぁ」
それから先んじておこなった収穫が終わった頃のこと。
中央の畑では新しい村長が粃のせいで収穫量が少なかったからと、村人たちの取り分を9割から6割へと変えたという。口約束だったのが災いして、誰もその言い分をひっくり返すことができなかったらしい。
もうすぐ、冬が来る。




