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朱羅の過去 2

 雨が、降っている。

 どんよりと暗い空に倣うかのように、ズンと沈んだ空気。雨で濡れた着物が重苦しくまとわりつく。この葬儀に参列している人間のほとんどが涙を落とし、それでいて途方に暮れた表情を浮かべている。


 ――この村の村長が死んだ。


 血を吐いて、ぜいぜいと苦しげにしていたが、段々と呼吸ができなくなって死んでしまったのだと村長の家族は言った。秋雨が容赦なく、体温を奪っていく。冷えから震えてしまいそうになった■■の手を、そっと母さんが包む。温かな体温に、ほっと息を吐いた。


「……村長さんの骸が入った棺桶が土に埋められたら終わりよ。もうすぐだから、終わったら家の火にあたりましょうね」

「うん」


 柔らかな母さんの手が、■■の心も温めてくれるようで安心する。葬儀は厳かな雰囲気を保ったまま進んでいき、ついに棺桶が土の中へと入れられて。周囲の人間によって、その棺桶を埋める作業が始まった。


 ぬかるんだ音が繰り返し響く。■■は、雨に濡れてぐしゃぐしゃの泥となってしまった土が、木棺の上へと被さっていくのをジッと見つめる。

 大きく窪んでいた穴は、数十分の無言の作業時間を経て、大地にならされてわかりにくくなっていた。


 最後に、ぬかるんだ土に目印のためだろう、名前の彫られた石が、2人がかりで運ばれて安置された。


「本日は参列してくれてありがとう。父も喜んでいると思う」


 次の村長となった息子の1人がお礼を言って頭を下げる。きっといつか、村長のように母さんもいなくなってしまうのだろう。

 その未来ができるだけ先であって欲しいと願う■■は、その隣で覚悟を決めた表情を浮かべた母親に気が付かなかった。


 ――これで、良かったのよね……


「…?母さん、何か言った?」

「いいえ、何でもないわ。帰りましょう?」


 *


 村長の葬儀をした初秋の頃から、いくつか季節は流れて。

 この豊実村にも田植えの季節がやってきた。稲穂が黄金の炎のように揺れるから、黄炎村という通称をつけられている村なのだ。田植えの量は他の村に比べて桁違いに多い。


「母さん、行ってくるね」

「うん、気をつけて行ってきなさい。それと――」

「わかってるって。手伝いに行くのは、村のはずれのとこだけだろ」


 最近になって母さんが耳にタコができそうなくらい聞かせてくる言葉を先回りして言うと、満足そうに頷いて家から見送ってくれた。家を出ると、田植えをしにいく人間は村のはずれではなく、中心にある畑へと向かって歩いていく。


「今年の中央んとこは、植えた土地面積に対して9割もくれるらしい!」

「なんだって?!それなら外の7割じゃ割りにあわんな。僕もそっちにいくか」


 通りすがりの村人たちがそう言って、わらわらと中央に向かって歩いていく。中央の田んぼは大きい。が、大挙して押し寄せれば、そのぶん一人当たりの田植え面積も減り、取り分も減る。

 ちょっと考えればわかることなのだが、村人たちは数字の大きさに惑わされていて気がつく様子もない。


 親切に言うことでもなし、黙ってその村人たちとは反対方向に向かって歩いた。


「よう来たねえ。今年は人がみーんな中央さ行ってしまって、人が足りんかったんじゃ。けんど、■■のような若えのが来てくれた。ありがたいことじゃ」


 田んぼにつくと、周囲の人は例年に比べてずいぶんとまばらで。この人数でこの広さを割るとなると、1人で1(たん)はゆうにあり、下手をすると2反くらいやらねばならないかもしれない。田植え期間はまばらに育つのを防ぐためか、1週間ほど。田植えを手伝い始めて3〜4年程経つが、これほどの広さを1人でやったこともないし、まだまだ不慣れなことが多い。


「できるだけ、がんばります」


 全部やり切ってみせます、と言わなかったのは自分なりの誠意だった。

 ■■はまだ子どもで、大人に比べて背も小さければ、手の長さもそこまであるわけじゃない。ちまちまと移動を繰り返して植えるにしても、時間と体力がいる。しかも普段から農作業をしているわけではないので、体力が続くかどうかもわからない。

 田植え面積を割り振ってくれるおじさんも、そのことが伝わったのか苦笑を返して。


「むりせんで、ゆっくりやったらええ。終わりそうになかったらそれはそれでいい」


 そう言って■■の頭を撫でた。


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