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過去へと思いを馳せる

 

「……うん、そうだよ」


 そう答えた華は、ふたたび眠ってしまったらしい。不意に腕の中で、華の身体が少し重みを増したように感じて見下ろすと、そのまぶたは閉じられていて。その瞳は隠されて見えない。定期的に繰り返される呼吸の音は、ともすればこちらの眠気を誘うかのように穏やかで。


「……俺のせいだろうな」


 華はおそらく呪に対する耐性がないのだろうと、漠然と思う。この世界の人間であれば、個人差はあれど耐性を持っているのが当たり前で。耐性が強い人間の中には、呪が効きにくいものだっている。反対に、朱羅がいままで出会った中で一番耐性がないのが華だった。少し力をこめるだけで、簡単に呪の効果を受けてしまう。使い慣れていない朱羅の呪でも、華にはよく効いてしまうらしい。それは華にとっては不幸だが、朱羅にとっては僥倖だった。


「起きろ。ついたぞ」


 声とともに軽く揺さぶると、ゆっくりとまぶたが開いていく。とろりとした茶色は、まだまだ眠いのだと雄弁に語りかけてくるので、朱羅は思わず苦笑をこぼした。


「足元気をつけろよ。ちゃんと立てるか?」


 華が起きたのを確認してから、肩を支える腕はそのままに、ゆっくりと足を地面に置く。華はきちんと自身の足で立てているので、ひとまずは大丈夫だろうと、肩からも手を離す。


「ふぁ〜あ……ん〜、ありがと」


 でかいあくびをこぼしながらも、お礼をきちんと言った華は、ふらふらと家へ歩きはじめる。華が寝ぼけ眼をこすりながら、無事に転ぶことなく家の前につくのを確認した朱羅は、その場から立ち去ろうと踵を返した。


「朱羅、またね!」


 華に背を向けて歩き始めてすぐのこと。まだまだ眠そうな声で紡がれた、そんなセリフが朱羅へと飛んでくる。


「…ああ。またな」


 朱羅はそれに応えるように後ろ手でひらりと手を振った。


 *


 華と別れた朱羅はひとり、ある場所に向かって歩いていた。進む足取りは淡々としていて、速度が上がることも、落ちることもない。ただ黙々と歩き続けていた。


 ――朱羅のこと私なんにも知らない


 その言葉を言われたとき、朱羅の頭には自身が育った村のことが脳裏に過ぎったのだ。永くを生きることになった己にとって、既に遠い過去である記憶にある、あの村のことを。


「……」


 物思いにふけながらも、歩みを止めなかった朱羅は目的地に着いて立ち止まる。目の前に広がるのは、今にも朽ち果てて(くずお)れそうな家の群れ。そのなかの一棟だけは、他よりも損傷が激しくて。朱羅は迷わず損傷が一番酷い家に入った。腐り落ちて穴の空いた天井から月光が差し込んでいる様は、静謐に満ちている。


 朱羅の擦り切れた記憶のなかに残る、狂乱に満ちた喧騒の音も、鉄錆の匂いもない。おそらく野生動物の体についていた種が落ちて芽吹いたのだろう。

花が一輪、手向けのように咲いていた。


 ここは豊実(ほうじつ)村。秋になると数多の稲穂が風によって黄金の炎のように揺れていたことから、通称黄炎村と呼ばれていた場所。

 ――かつて無力な子どもだった■■が死んで、朱羅という鬼がはじまった場所である。


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