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おにいさんがいると安心します

 立った状態でジッと見張り続けるのも疲れるだろうと、偶然あった切り株に座る。


 木漏れ日は優しく差し込み、頬を撫でるようなそよ風が通り過ぎる。池の方を見ると、風で揺らぐ水面がキラキラと反射している。それに見惚れていると、どこからか鳥のさえずりが聞こえてきて。


 まるでヒーリングスポットみたいな心地の良さに、うっとりと目をつむる。心地いい風に、ほわりとあたたかい陽光が私をつつんで、穏やかな心地がする。


 けれど、それが良くなかったのだろう。


「ふぁ……」


 まるで布団にくるまっているときと同じくらい気持ちがやすらぐせいか、噛み殺しきれないあくびが漏れでて。いよいよ寝そうになって、まずいと思って立ちあがろうとしても、鉛が入っているみたいに身体が重くて動かない。寝るのはまずい寝るのはまずい、繰り返し唱えて頑張って目を開いても、とろとろとまぶたは落ちていく。


 (あきらめてねちゃおうかな)


 悪魔のささやきにも似た発想に、それもいいかも、なんて揺らいでいると、どこからか小さく草を踏みしめる音がして。誰かきたなあと眠気に負けそうになっている頭でぼんやりと考える。


 このあたりにも山賊とかはいるから、1人でいる時は警戒しないとダメって、ヨネさんに言い聞かせられたなあと思って、おっくうになりながらも頑張って目を開く。

 けれど眠気でぼやぼやとした視界では、その人影の判別が難しい。知っている人なのか、そもそも男性か女性かもわからなくて。

 本格的に危機感が仕事をしてないなあと他人事のように思う。


「蛟のところから動かないから、心配して来てみれば……。まさか華、そこで寝てるのか?」


 呆れ混じりの朱羅の声がする。

 ヨネさんは会わない方がいいって言ってたけれど、会っちゃったな、なんて。朱羅が慌てて近寄って来たのか、ふわりと朱羅からいつもしている香りがする。それが安心感を増長させて、ますます眠くなる。

 ぐらぐらと揺れ動く身体を、朱羅の存外たくましい腕が支えてくれたのを感じたらもうダメだった。


「…しゅら」

「なんだ、起きてるのか」

「ごめんもうむりねる」

「は???」


 言い逃げのように、意識がストンと暗闇に落ちていった。


 *


 ぼんやりと意識が浮上してまず思ったのが、薄暗い闇の向こうで、ひそひそとちいさく話す声がするな、ということだった。次に感じたのは、身体を優しくつつむような温かさと、私を支える腕で。

 意識がなくなる前、何をしていたかなあと思い出そうとして、ハッと覚醒した。


「おはようねぼすけ。こんな森で1人でいたのに眠るとはいい度胸だな?」

「よく眠れたかい?お嬢さん」


 目を開くと、パチリと朱羅と視線が交差して、横からは蛟が顔を出す。蛟を見たことで、私がしようとしていたこと――御膳の見張りもまともにできていないことを思い出して。


「蛟のご飯はちゃんとあった?!」

「?あったけど、それがどうかした?」


 その一言で安心して力が抜ける。けれど、脱力してよりかかろうとしたのが、朱羅だということに気がついて。慌てて背筋を伸ばして立ち上がった。


「朱羅もごめん、重かったよね」

「別にそれくらいどうってことないさ」


 けろっとした顔でそう返してくるのは、ずるいと思った。羽より軽いとか嘘を言うでもなく、自分は気にならない程度であったと言っているのだ。そういうところ、女性にモテそうだ、なんて邪推をしているのも知らずに、朱羅はスッと頬に触れてくる。

 寝起きでぽかぽかした身体には、朱羅の手は少しひんやりしていて気持ちがいい。すり寄りかけて、ハッと距離を取る。

 例の罰ゲームで変に慣れてしまったからだと心の中で言い訳をしながら、そっと見上げた朱羅は怒っていなかった。

 大丈夫かな、と思った瞬間。


「へ?」


 みよん、と間抜けな音が聞こえそうなくらいに頬を引っ張られている。突然の暴挙に目を白黒させながら朱羅を見ると、なんだかちょっと険しいお顔で。


「前にも言った気がするんだが、華には警戒心が足りない。サッと見た感じ周囲に人がいなくても、眠るなら家に帰れ」


 と、子どもに言い聞かせるかのように諭されてしまって。そりゃ突然こんなところで眠り出す私が悪いんだけども。でも、最後のとどめは朱羅の存在だ。この世界に来て知り合ってから、ずっと私を守ってくれていた存在。そんな存在がそばに来てくれたから。だから。


「朱羅が来たから、安心して寝ちゃったの!」


 責任を擦りつけるかのようにそう言うと、朱羅は驚いたように瞠目して。


「それは……」


 言葉を選ぶように逡巡した朱羅が、何かを言いかけたところで、蛟が被せるようにして声を上げる。


「ボク、君が何の用でここにいるか知らないんだけど!!」

「えーと、今日臨時で神饌運ぶ係になったので。ついでに神饌が誰にも盗られないように見張ろうと思って、ですかね。まあ盗られそうになったときに、私に何かできるかと言えば、特に何もできないんですけど」


 返事をしやすいようにか、一度朱羅の手が頬から離れたので、蛟の方を見てそう答える。すると、私の目の前でぷりぷりと怒っていたはずの蛟は、罰の悪そうな顔になって。


「そのことは悪かったよ。君にはボクのご飯を食べる暇も理由もないのにね」


 しゅんと謝られては、こちらも許すしかない。そこまで気にしてなかった、といえば嘘になるけれど。

 でも、別に許さないほどでもないので。

 もしこれがゲームのデータを丸ごと吹っ飛ばしたとかだったら、めちゃくちゃキレるだろうけれども。


「いいですよ。これであの線が濃厚になったなってだけなので」


 雪ちゃんが神饌を食べているという線が。


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