儀式のはじまりを聞く
昨晩のヨネさんの様子が頭から離れない。
朱羅とはもう会わない方がいい。そう言われたけれど、どうしても納得がいかなくて。情報を整理しようにも、手持ちの情報が少なすぎる。
考えてみると朱羅について知っていることなんて、案外優しいこととか、面倒見がいいこととか、内面的なところばっかりで。
過去について知っていることは、ひとつもない。
どうやって過ごしてきたのかとか、思い出話とかもひとつも。
私にくれた釣り竿が貰い物であることは教えてくれたけれど、その釣り竿もどういった経緯で貰ったのか知らないのだ。
「はぁ……」
大きなため息が口から溢れる。ヨネさんはこの話題についてあまり話してはくれなさそうだし、そもそも朱羅がこの話を自分からしてくれるまで待つべきだとも思う。
これじゃあ八方塞がりだなあと気落ちする。
「おお。ちょうどよかった、お主が華だな。ヨネ婆のところに居候しておる」
何かいい方法がないものかと考えていると、不意に声がかけられる。声の持ち主はこの村の村長、つまりはあの利市さんの父親である。
「そうですけど……何か御用ですか?」
まさか利市さんが自分の父親に告げ口でもしたのかと、少し警戒しながら要件を尋ねる。それに慌てた様子で村長は両手を振って、利市は関係ないんだけど、と前置きをして話し出した。
「この村では神饌を神様にお供えしているのだが、お主にそれをやってほしい」
きた、と内心では思っていた。小春さんの言っていた通り、儀式に参加するように声がかかった。これは、儀式について何か知ることができるかもしれないと、胸が期待に高鳴る。
「わかりました。かわりに、いくつかこの儀式について簡単な質問に答えてほしいです」
「答えられないこともあるが、それでもよければ」
その言葉を口火に、村長さんが質問待ちの体勢をしてくれる。そう言ってくれるなら遠慮なく質問しようと、疑問に思っていたことをひとつずつ聞いていくことにした。
*
「これが今日の分だ」
周囲を確認した村長さんはそう言って、村の影にひっそりと置かれたそこそこ豪勢な膳を私に持たせた。ヨネさんのところだと一汁一菜みたいなものなのに、こちらは一汁三菜しっかり揃っていて。
「今日もお雪ちゃんに頼む予定だったんだが、利市と出かけると言って今日はいないからね」
苦く笑った顔は、苦労が滲んでいて。どうして雪ちゃんが今日できないのか理由を語ってくれた。その説明をするときに、利市さんの名前を出したことで芋づる式に思い出したのか、ばっと頭を下げて。
「利市が君に許嫁がいるのに言い寄っていたと聞いた。すまなかった。それで、許嫁がいるとのことだが……その……」
利市さんが直接謝るならまだしも、父である村長さんが謝る理由なんてどこにもない。わざわざ息子の代わりに謝るのは、なんだか違う気がして。もちろん謝ることは大事だけれど、それっていい歳した利市さんが自分ですべきことなんじゃないかと思う。
「村長さんには怒ってないですよ。それとその……神饌を運ぶのには何の問題もありません。
言い淀んでいた言葉を察して、言葉を選んで返事をする。もしかしなくてもこの質問じみた会話は、令和の時代だったら、セクハラになるんだろうなと思った。
「……本日も大いなる加護に感謝いたします」
村長に教えられた言葉を紡いだ後、食器を置いた。かちゃん、と軽やかな音が小さくあたりに響く。この間、朱羅と来たこの池は今も変わらず静まり返っていて。先程まで聞いていた話を思い出す。すこし有益な話も聞き出せたので、戦果はまあまあというところか。
「えーと、たしか……」
脳内で村長さんから聞いた話を整理する。わかったことはまず、この儀式はおそらく蛟が封じられてから始まっていること。
当時通りすがりのお坊さんが一宿一飯の恩だと言って、水を操ることのできる蛟を封じ込めたのが始まり。蛟にとっては不幸なことに、力のあるお坊さんだったらしく。蛟に膳を食べさせている間は、交換条件として村人が雨を希望した時に降らせなければいけないらしい。
ただ、蛟が権能を使うのにあたり、契約には制約があるらしい。それがなにかはわからないけれど。
きっとそこをつけば蛟は解放されるはずだ。
この後はどうしようと考えて、そういえば神饌が無くなっているときがあると蛟が言っていたのを思い出す。
とりあえず運んできたのは私だから、盗られるとしたらこのあとしかない。これで今日が無事だったなら、ますます神饌を横取りしているのが雪ちゃんである、という説が濃厚になる。
「…起こして今食べさせる方がいいのかな」
そう思ったけれど、一応神様なのだからと起きてくるまで神饌を見張っていることにした。




