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おにいさんのお友達

 朱羅のデコピンがあたった、蛟と呼ばれた龍の子は、グギャアオ、みたいな苦しげな鳴き声を残して。パシャンと水のような液体になって消えてしまった。

 液体は土に染み込んでいって、そこだけぬかるんでいるけれど、あの龍のような姿はどこにもなくて。


「朱羅のお友達じゃないの…?!」


 デコピン一発で殺してしまったのかと、目線が何度も朱羅とぬかるみを行ったり来たりしてしまう。朱羅は一応お酒をよく飲む感じの仲っぽかったのに、心配する様子もなく平然としていて。


「一応友達ではあるな。趣味が悪いことも多々あるが」

「趣味が悪い……?もしかしてこれもそうなの?」

「そうなるな」


 ということは。蛟は死んでなんかいないし、何処からか私たちの様子を見ているのだろう。朱羅は付き合ってられるかとばかりに祭壇に背を向けて。


「じゃあな蛟。文句言いにきただけだから帰る」


 そう言い残して、すたすたと歩き始める。

 もし、ここで朱羅に置いていかれたら、蛟と私だけの空間になってしまう。初対面の人間、妖?神様?と一緒にされても、どうしたらいいのかわからないので、おとなしく朱羅の背を追いかける。すると、本気でいなくなろうとしているとわかって焦ったのか、蛟が出てきて。


「ちょーっと待って!!!?」


 ノリの良い大阪の人みたいに、ズサァと私たちの前に滑り込むようにして進路を阻んでいる。それにしょうがなさそうな目線をやったあと、付き合うことを決めたのか、朱羅は腕を組みながら立ち止まった。


「そこの人間ちゃんはちゃんと驚いてくれてたんだけどなあ。死んだように見せかけたとき、朱羅の怪力に怯えてたし。うまくいけば距離を置かせることに成功したのにな〜。残念」

「…もしかして、朱羅と私が仲良くしてたらまずいってこと?」

「そう。だってどうせ一緒に生きるでもなし、朱羅より先に死ぬでしょ?どこかに帰るのが先かもしれないけど」


 鬼の寿命、みたいなのは知らないけれど。蛟の言うことには一理あった。

 ——もし今、元の世界に戻るか朱羅を選ぶかを聞かれたら、迷いなく元の世界を選ぶだろうと思うから。


「蛟には関係ないだろ?」

「友人の傷が浅いうちに済むように〜っていう気遣いみたいなもんだよ。いらない世話みたいだったけど。それとそこの人間ちゃんが、村のヨネのとこに居候してるのは知ってるよ。そこの神様してるしね」


 私と朱羅の関係についてあれこれ言われるのが嫌なのか、朱羅の声に色がない。そのことを、早々に察した蛟は話題を変えて。


「一応守り神みたいに思われてるからな。怪しい人間は数日から2週間くらいは見張るようにしてるんだ」

「なるほどな。こいつのことも見張ってたから、変なちょっかい出してきたのか」

「えへ。まさか朱羅と交流始めるとは思ってなかったからね。ま、無害なのはいいけど、この世界の人間でないのにはびっくりしたよ。はやく戻れるといいね」


 蛟は私に話しかけているのに、私を見ていない。人間という括りの中のひとつとして扱って、個人を見ていない、とでも言えばいいのか。どこか興味のない声色で、社交辞令と感じられるような言い回し。ここまでされれば嫌われてるな、と漠然とわかる。


「それに君が来てからなんだよね、ボクの神饌がなくなってることがあるの。ボクの見張ってないところで、食べてる?」

「一日中誰かといるから、そんなことできる時間ないけど」

「ふぅん?まぁいいや」


 聞いてきたくせに、心底どうでもよさそうな返事が返ってきてイラッとする。ただ、ここで怒るのは村でお世話になっている以上、避けた方が良さそうだと思って口をつぐむ。それすら構わず、蛟は言葉を重ねて。


「お嬢さんは、蛟って知ってる?」

「知らない」


 普通に返すつもりが、ぶっきらぼうな音になってしまって、唇を噛み締める。これじゃあ私もやつあたりする子どもと一緒だ。もう成人したのだ。大人なら、どんなことがあっても相手にきもちを悟られないようにしないと。


「蛟はね、諸説あるけど水を操れるんだって人間は言ってるよ。それに毒も扱えるんだけど、それは共通で言ってるかな」


 突然の自己紹介というか、種族紹介に目を瞬く。突然どうしたんだろうというきもちの中に、好奇心がむくむくと首を擡げる。


「見た目についても諸説あるの?」

「うん。ボクはこんな感じだけど、他の蛟はもっと蛇っぽいのとかいる」


 今度はイラッとさせるような冷たさはなく、穏やかな感じの声音。何が本当かわからなくなって、朱羅を見つめても、流石に意味までは拾えなかったらしい。


「すまんが、もういくぞ。腹が減ってるだろうから、魚は一尾だけやる。頭は切り落としてきたから鮮度もそこまで落ちてないはずだ」


 朱羅が空の食器の上に首のない魚を置くと、蛟に背を向ける。ここにいても私はきっと口撃されるだけなので、朱羅についていってそこの場所を抜けた。


「悪いな。蛟のやつ、どうやら最近不安定なんだ。いつもは穏やかなのが常なんだが、ここ最近になってからああやって態度がずいぶん攻撃的になっている」


 振り返った朱羅の横顔は、なんだか寂しそうに見えて。もしあの態度が空腹からの可能性があるなら、時間があるときに村で調査してみようと思った。

 たしか、最近になって不定期になってしまっている、とか言っていたから、少なくとも小春さんがしてたころはちゃんと食事が出ていたみたい。神饌を運ぶ基準は乙女であること。そして最近の村で未婚の女性は私と雪ちゃんだけ。


 となれば、必然的に選択肢はひとつしかないんだけれども。

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