1.この出会いは必然か、それとも偶然か
ふわりと春の風が舞い込む美術室で一人、キャンバスに向かう。
窓の外から、運動部の声と下校をする生徒の話し声が聞こえる中、黙って筆をもった。
しかし、その筆はキャンバスに触れる前にピタリと止まった。
「―――――やっぱり、描けない。」
そう言って、そっと筆を置く。
佐倉理乃、青葉高校2年生。絵を描くことが好きな美術部部員である。
でも、最近は少しスランプ気味だった。
「何もイメージがわかない。今日はもう駄目かも……」
この美術室は美術部の活動場所であるが、現在は理乃一人しかいなかった。
他の部員は全員幽霊部員で、ほとんど姿を見たことがない。部長はいるにはいるが、あの部長は美術室で籠って絵を描く性格ではなく、学校のいたるところに出没し、気の向くまま絵を描くため、美術室には滅多に顔を出さないのだ。
「もうすぐコンクールもあるのに、イメージがないと何も描けないよ~」
独り言を言いながら、画材を片付ける。今日はもう何も描かないつもりだ。しかし、まだ帰るには早い時間なので、これから校内を巡って絵のヒントを探そうと思ったのだ。
「赤の絵具がもうないな」と思いながら、一つひとつ戻るべき場所へ戻していく。たまに部長が表れて画材を持っていくが、いつも適当に片付けるので、画材の在り処を正確に把握しているのは理乃しかいなかった。
片づけが終わり、静かな校舎内を歩く。生徒はみんな部活か下校をしてしまっているため、校舎にはほとんど生徒は残っていなかった。
「しっかし、ヒントを探すって言ってもな~」
全く何も思い浮かべていないため、ただ廊下を歩くだけになってしまっている。そもそも、何をテーマにするのかも決まっていない。
収穫はなしかな、と思っていたところ、どこからか声が聞こえてきた。
「おい、ふざけてんのか!」
「もう一回考え直してよ!」
男女の大きな声が響き渡る。その声は弓道場から聞こえてくるようだった。
部活での喧嘩かな、と思っていると、弓道場から男子生徒が出てきた。癖が全くない黒い髪が風に吹かれてサラサラと靡いている。
男子生徒は理乃を一度チラリと見ると、理乃の横を通ってどこかへ行ってしまった。
帰り道もあの男子生徒のことが頭から離れない。弓道場から出て来たということは弓道部で間違いがないのだろう。うちの弓道部は全国に出場するほど強いと噂で聞いている。最近は調子が悪いらしいが。
その原因が何かは知らないし、部外者が何を考えても変わらないので気にしないことが一番だ。
しかし、誰がどう見ても綺麗と言うような顔立ちの彼はどこか悲しそうな顔をしていたことだけは頭から離れなかった。




