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こじょはん、はじき芋。

 

 だが狐のような耳としっぽは幻のように一瞬で消え去り、瞬く間に元の緑水さんの姿へと戻っていった。

 

 台所には静寂が流れ、私の心臓はバクバク音を立てる。

 緑水さんは何も言わない。


 私に見られていたことに気づいていないのかもしれない。

 あるいは、私に見られたことには勘付いているけれど、こちらの出方をうかがっているだけなのかも。


――どうする。


 私は、何も見なかったフリをすることに決めた。


「あっ、お茶なんて久しぶりに淹れたけど、ちゃんとおいしそうに淹れられた気がします!」


 わざと明るくそう言うと、緑水さんがてんぷらを揚げながらこちらに振り向く。


「本当ですね。鮮やかな萌黄色じゃないですか。……そういえば中野さんの淹れるお茶を飲むのは初めてのような気がします」

「ですねー。いつも緑水さんに用意していただいてばかりなので」


 やけにニコニコしすぎている自分を感じる。

 ちょっと不自然かな。

 でも、もしも私に見られたと緑水さんが知ったら、どうなっちゃうのかな。

 

 ……もう、来なくなっちゃうかもしれない。

 

 だから無理やりにでも、なかったことにすると決めた。

 

 本当は、今日は緑水さんのおうちのこととか、もっと聞いてみるつもりだった。元々住んでいたおじいさんのお孫さんなんですか? とか、いつからお隣のおうちに住むようになったんですか? とか。

 だけどそれも、やめておくことにした。


「ではさっそく、はじき芋をいただきましょう。小皿にお醤油とお味噌を出してありますから、それをつけて食べてください」

「はーい。だけどこの皮は……手で剥くんですか?」


 大皿からはじき芋を一つ手に取る。皮がついたままの里芋だけど……。


「皮をつまんでみてください」

「こう?」


 試しに里芋の皮を親指と人差し指でムニッとつまんでみると、面白いほどするりと綺麗に皮が剥けた。


「え、こんなに簡単に剥けるんですね!」

「そうなんですよ。ちょっと楽しいでしょう?」

「確かに! そうしたら、これをこうして……」


 皮を剥いた里芋をお醤油につけて、ひと口食べる。


「美味しい……」


 表面はちゅるんとして中身はホクホクの里芋とお醤油がよく合っている。小さいからすぐに食べきり、また一つと手を伸ばす。ムニッとつまんで、するりと皮が剥けて、またちゅるん……ムニッ、するり、ちゅるん。ムニッ、するり、ちゅるん。

 ……あ、これ止まらないやつですね。


「お味噌もつけてみてください」


 緑水さんにそう言われて我に返った。


「あっ、そうだった……。お醤油ばっかりでたくさん食べちゃった」


 お味噌をつけてみる。


「えっ、これもまた違った美味しさ……」

「ふふふ」


 静かにはじき芋を食べ続ける私を見て、緑水さんが満足げに笑った。



「今日はてんぷらまで揚げていただいて、ありがとうございました」

「いえいえとんでもない。こちらこそ、おかげで美味しい山菜のてんぷらを手に入れることができました。今日の夕食はてんぷらうどんにしようかな……。ではまた」


 緑水さんはいつも通りの様子で、軽い会釈をしてから去って行った。


「そっか」

 

 緑水さんの様子が完全に見えなくなってから、私は小さくつぶやいた。

 そっか。


 彼はきっと、狐の妖怪なんだ。


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