7天資(スキル)の紋様の謎
次の日の朝。お腹が空いて私は目覚める。
昨日は夕食も食べないまま寝てしまったから当然よね。
よほど疲れていたのか、夢も見ずに朝までぐっすりだった。おかげで頭はすっきりしている。
身支度を整えて、セルジュと共同で使っているキッチン付きのリビングに向かう。
「わぁ、いい匂い!」
扉を開けたとたん、バターの甘い香りと、香ばしいパンの焼けた香りがして、空きっ腹がぐうっと音を立てた。
「おはようカヤ。昨日は無理をさせて済まなかった。身体のほうは大丈夫か?」
「おはようセルジュ。もう平気だよ。朝食の準備させちゃってごめんね」
「いや、いつも作ってもらってるからな」
キッチンに立つセルジュのそばにいくと、ふわふわのオムレツを作っていることに気付く。
「私の大好物だ、やった!」
「小さな頃のおまえは好き嫌いが多かったが、オムレツだけは具合が悪い時でも食べてたな」
「あははっ、懐かしい」
「そうだな……、おまえがきてから十年か、考えてみればあっという間だった」
「……うん」
フライパンを器用に操りながら、セルジュが懐かしそうに目を細める。
十年か……。
私が五歳のとき、セルジュは十五歳。
幼い私の保護者になるのは大変だったに違いない。食べ物の好き嫌いが激しいこともだけど、お世辞にも飲み込みが良いとはいえない私を、一人前の職人として育てるのには骨が折れただろう。
本当にずっと一緒にいてくれて、ありがとう。
感慨深く思いながら、食卓に皿を並べて紅茶を淹れる。
朝食の時間にミスリルライラが来ないのは珍しいなと思ったところで、今日は魔物討伐の日だったことを思い出す。
最近、魔物の侵攻が活発だと聞く。
幸いにもこのアントレル王国では魔法使いの活躍により、国が壊滅するような被害はない。その分、他国の支援をしたり、他大陸で対応できなくなった魔物を海洋に転移させ、かわりに討伐したりなど、危険な役割を負っている。
それもこれも、この国の魔法使いと、魔法具の発展によるのが大きいのだけど。
とにかく無事に怪我なく帰ってくることを願うばかりだ。ミスリルライラも、そしてシヴィ様も……。
「食事のまえに、ひとつ聞きたいことがある」
「なあに?」
食卓についたセルジュが真面目な顔で私を見る。
「昨日、あの後シヴィ・マハラスタンとはどうなった?」
「ゴホッ……っ」
そ、そうだった!!
昨日、シヴィ様と付き合ってるのかを問われたあと、転移魔法で連れていかれてしまった。ということは、セルジュは色々誤解したままの可能性が高い。
「あのねっ、違うの! シヴィ様とは付き合ってもないし、昨日も魔力切れをおこした私を助けてくれただけだしっ」
「しかし、シヴィは『可愛い恋人』と」
「そ、それは単に揶揄われただけというかぁ……」
「揶揄われた、だと? ますます許せん!」
ひぃぃ。セルジュが怒ってる。
別に本当になんでもないのだ。遊ばれて捨てられたワケでもない。このままではシヴィ様が悪者になってしまう。
「違うのセルジュ、じつは……シヴィ様は記憶を失くす前の私のことを知ってるみたいで」
「なにっ……それは本当なのか?」
「うん。それでね、シヴィ様は……その時から私のことを好き……だったらしくて」
「ふむ……」
「だから本当にシヴィ様とは何でもないし、私はシヴィ様のこと好きじゃないからね? 分かった?」
念を押すように言うと、セルジュは頷いてくれた。
ひとまず良かった。
安心したせいか、ますますお腹の空いた私は、このあとトーストを3枚も食べてしまった。
「今日はなにから始める? 精霊祭用の法具もだいたい作り終わってるし」
朝食を終えた私達は、いつものように工房を兼ねた研究室にやってきた。
セルジュのもとには様々な魔法具に関しての依頼がくる。なかには緊急性の高いものもあるから、このように確認をすることにしていた。
とくに何もない時の私は、他の法具職人の工房に手伝いにいったり、セルジュのおつかいをしたり、論文を読んで勉強する時間に当てていた。
「今日は月に一度の、定期検査をするぞ」
「っ!!」
「天資の紋様に異常がないか、そろそろ確認しておかねばならないだろう」
「わ、わかった……」
月に一度の定期検査……というのはセルジュが勝手に決めた私の背中にある紋様を確認する日だ。
肌を晒す必要があるため、恥ずかしさに耐える日といっても良いだろう。
できれば止めて欲しいところだが、じつは私の紋様は他の人と違い、欠損している箇所があるようだ。
セルジュ曰く……もともと私には〝移す〟とは異なる、別の天資も持っていた。けれど〝移す〟という天資を使い、もうひとつの天資を切り離したのではないか、ということだ。
……謎すぎる。
天資を失くした反動で、記憶喪失になった可能性が高いらしく、セルジュは私が失った天資がどのようなものだったかの研究も進めているようだ。
解明されれば、もともと私は二重天資持ちだったということが立証される。
「脱ぐから、後ろ向いててっ」
「む……分かった」
ブラウスを脱いで肌着なども取り去ると、私は胸元を隠して椅子に座った。
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