6僕の好きな君はもういない(シヴィ視点)後編
明日は国からの要請をうけ、このアントレル王国から南に位置する海洋に面する国で、魔物討伐作戦に参加することになっていた。
もちろん僕を含めた攻撃専門の魔法使いは駆り出されるし、転移魔法や回復魔法を得意とする支援系の魔法使いも同行する。
部屋に戻ってきた僕は、上機嫌で明日にむけての準備を始める。
攻撃威力倍増効果の紋様が刻まれた法具の剣を磨き、物理攻撃防御、耐熱の効果の魔法を、あらかじめ戦闘服に施しておく。
ああ、そうだ。
仲間が怪我を負ったときのために、少ない魔力で転移できる魔法具も持っていかなくちゃね。
鼻歌混じりに準備をしていると、目の前にパァッと光が溢れる。きたね。
「ちょっとシヴィ! アンタなんでカヤの告白オッケーしちゃったのよ!?」
「カヤはどんな様子?」
「この世の終わりのような顔してたわよ!」
相変わらず特殊な転移魔法でやってきたミスリルライラは、カンカンに怒っている。
「カヤはね、セルジュのことが好きなの! だけどいざとなると緊張しすぎて告白できないから、アンタを練習代にしたのよ」
「ふうん、それは誰の入れ知恵?」
「アタシよ……。もうっ、なんで今回に限ってオッケーしちゃうのよ!」
「だって僕、ずっと前からカヤのことが好きだったし」
「えっ、ずっと前?」
さらりと本音を言えば、狐につままれたような顔をして驚いている。
「それよりミスリルライラ、親友の恋を応援するのは構わないけど、君だってセルジュ・エジリンのことが好きだろう?」
「どどどどっ、どうしてそれをッ!?」
「見てれば分かるよ。セルジュ・エジリンが好きだから、カヤに近づいて親友になることで、彼からの信頼を勝ち取ろうとしたんだろう?」
「ぐっ……ぬぬ……」
反論してこないとこをみると、どうやら図星みたいだね。なんて可哀想なミスリルライラ。親友と同じ人を好きになってしまうなんてね。
「そのこと……絶対カヤには言わないで!」
ミスリルライラが必死な顔で訴えてくる。
片想いの辛さも、友人をなくしたくない気持ちも、僕はよく理解できるから。
「いいよ。内緒にしていてあげる」
「……ホッ」
「そのかわり交換条件をのんでよ」
「条件、……って?」
ごくりとミスリルライラが喉を鳴らす。
「なにがあってもカヤとセルジュ・エジリンを引き離さないで。たとえカヤの片想いが成就しなくてもね」
「……理由は?」
「いずれカヤは失った記憶も天資もすべて取り戻す。その時に彼女を守れるのは、セルジュ・エジリンだけだ——」
そう、僕がいなくなってもセルジュ・エジリンがそばにいれば、カヤの助けになってくれるだろう。
彼は切れ者だし、彼の持つ天資はおそらく……今の僕より強い。
「よく分からないけど……、とにかくカヤのそばにセルジュがいたら良いのよね?」
「そう。約束してくれるなら、カヤとの恋人関係は解消してあげる」
「分かったわ」
「裏切るようなことがあったら、僕のそばにいる精霊がタダじゃおかないから」
「ひっ……肝に銘じておきマス」
そう言うと、ミスリルライラは青い顔をして去っていった。
僕は明日の準備を終わらせ、夕方の鐘が鳴る頃を見計らい、カヤのところに向かった。
そこで見たのは……。
「あれ、カヤ……もしかして浮気?」
「ええっ、シヴィ様!?」
まさかセルジュ・エジリンと抱き合ってるなんて。一体どういうこと?
自分でも驚くほど苛立ちを覚えながら二人を引き離す。そこで、カヤの様子がおかしいことに気付いた。
「なぜ入ってこれたシヴィ・マハラスタン。ここは、限られた者しか入室できないよう、魔力登録を施した法具の鍵をしていたはずだが」
そんなの決まってるじゃない。
僕の天資は、記憶を失くす前のカヤが移したものだから、魔力はほぼ同質なんだよ。
でも、今はそんなことよりも……。
「悪い子だね、カヤ」
「ふぁっ!?」
可哀想に。どうして魔力切れなんて。
カヤの小さな身体を後ろから抱きしめると、カヤの心臓が大きく跳ねたのが分かった。可愛い。
大丈夫だよ。僕が助けてあげる……。
「ところで、なぜシヴィ様はこちらに?」
「カヤに会いにきたに決まってるじゃない」
「私に会いに……ですか?」
「もちろん。可愛い恋人に会いたいと思うのは普通でしょ。それなのに、他の男と抱き合ってるなんて妬やけるんだけど……」
「は? おまえら付き合ってるのか?」
セルジュ・エジリンが驚いた顔をしている。
ふふっ、愉快だね。
僕が好きなのは記憶を失くす前のカヤなのに、どうしだろう。今の君のことも独占したくて仕方ない。
「つ、付き合ってるというか……、これに関しては、ふか〜い事情がありましてぇ……」
「深い事情?」
「なにそれ、僕も聞きたいな」
セルジュ・エジリンに対して必死に誤解をとこうとしてるカヤを、僕はもう一度抱きしめた。
今だけ。あと少しだけ……。
僕だけの君でいてほしくて、転移魔法で邪魔者がいない場所へとカヤを連れて行く。
告白のことについて、すべてミスリルライラから聞いたからと告げれば、カヤは泣きそうな顔で謝ってきた。
「——っ、本当に本当に、ごめんなさいっ!」
全力で謝るカヤをぼんやりと眺める。
何故か小さな頃の君と、今の君が重なって見えた。
やっぱり、おかしいな。僕の好きな君はもうどこにもいないはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しくなるんだ?
「許してくれとは言いません! むしろ最低な私のことなんて、一生許さないでくださいっ!!」
「!!」
その台詞。
『私のことは一生許さなくていいから、生きてっ、シヴィ——!』
ああ、そっか。そうだったんだ。
僕は記憶を失くしたカヤのことを別人のように考えていたけれど、それは間違いだったのかもしれない。
君は君で……その心根はなにも変わらない。
「一生許さないでって、……ぷっ、……その言い方……っ」
本当に笑える。
嬉しい。嬉しすぎて息が止まりそうだ。
「……あはははっ! カヤは記憶をなくしてもカヤなんだね。全然変わってない」
感情のままに隣に座るカヤを頭を力一杯抱きしめる。
「……ああ、どうしよう。僕、今のカヤのことも好きになりそうだよ」
いや、もう好きになっている。
大きくなった君に、僕はまた恋に落ちてしまったんだと思うと、涙が出そうなくらい幸せな気持ちになった。もう、何も思い残すことはないくらいに。
「さようならカヤ。僕はいつだって君の幸せを願ってる。セルジュ・エジリンに想いが届くことを祈ってるよ——」
「はい。ありがとうございます。ごめんなさい」
どうかお願いだから、幸せになってね。
セルジュ・エジリン、ミスリルライラ……僕の好きな人を頼んだよ。
お読み頂きまして、有難うございます!
次はカヤ視点に戻ります。