12協会長はお父様!?
ブクマくださった方、有難うございます!
「大丈夫ですかっ!? シヴィ様!」
呼びかけると、掠れた声で「ごめんね」と返事が返ってきた。謝ることなんてないのに。
でも、意識ははっきりしているようで、ひとまず良かったと安堵する。
「……これを……」
シヴィ様が懐から何かを取り出した。
それは掌におさまるくらいの小さな魔法具だった。表面に刻まれた紋様を見て、シヴィ様の意図を理解する。
「転移魔法具……これを使えばいいんですね?」
「うん……」
転移魔法具は少量の魔力で、長距離を一瞬で移動できる便利な代物だ。ただ、そのぶん値がはる。こんな状況じゃなきゃ使うのも躊躇ってしまうくらいだ。
ちなみに、この法具を開発したのはセルジュだ。
これにより隣国との行き来が活発となり交易が盛んになったり、魔物討伐の遠征もずいぶん楽になったと聞く。
改めてすごい人だなと、セルジュのことを尊敬してしまう。
「さあ帰りましょう、シヴィ様——」
私は指先で法具の紋様に触れる。
すぐに眩い光があふれだし、独特の浮遊感に包まれた。離れないようにシヴィ様の身体を抱きしめ、私はそっと瞼を閉じた。
——空気が変わった。
おそるおそる目を開けると、見知らぬ部屋に私達は立っていた。
「えっと……ここは、誰かの寝室?」
ぽつんと大きなベッドがあるこの部屋は、なんともいえない生活感が滲み出ている。
「散らかっててごめんね。僕の部屋、なんだ……」
「えっ、シヴィ様の!?」
まさかシヴィ様の部屋に転移してしまったなんて。
足元に積み重なっている、干したあとの衣服や下着は見なかったことにしておこう。
「送ってくれてありがとう、カヤ……」
そう言ったシヴィ様は、よろよろと覚束ない足取りでベッドまで歩いていき、たどり着いたところで倒れるように突っ伏した。真っ白なシーツが、傷ついたシヴィ様の鮮血で汚れてしまう。
「っ、早く手当てをしないと……」
「いいよ、寝てれば治るし」
「駄目です! ちゃんとお医者様か、ううん、治癒魔法の使い手を探してくるので待っていてくださいね!」
「うう、眠い……」
私は急いで部屋をでる。
ここはおそらく魔法協会の塔のなかだろう。
働いている魔法使いのほとんどは、いつでも要請に応えられるよう、住み込みで働いていると聞く。探せば近くに魔法使いもいるはずだ。
「わっ……!」
廊下に出た瞬間、誰かとぶつかりそうになる。
慌てて回避すると、向こうも驚いたように目を見開いていた。
「す、すみません! 急いでいたもので……」
謝りながら、ふと、どこかで見たような男性だと思う。
年齢は四十代後半くらい? 濃いブラウンの短く刈り上げた髪に、細面の顔で、目つきは鋭い。
そして全身を覆う重たそうな長衣は……たしか魔法使いのなかでも、最高位の者しか身につけることが許されないという……
「き、協会長——!?」
そうだよ。この長衣は協会長の証!
そしてシヴィ様のお父様でもある。
まさか、こんなところで鉢合わせしてしまうとは。
「感じたことのない魔力の気配がしたと思えば其方か、カヤ」
「私のことを知って!?」
「当然だ。我が協会で働く者は、末端の職人のスキルまで把握している」
「なるほど、すごいですね」
ということは、私のスキルがどのようなモノかも理解しているのだろう。
「スキルを取り戻したのだな」
「えっ、そんなことまで分かるんですか?」
「魔力がまるで違うからな」
「自分じゃ全然わからな……って、いけない!」
今、すべきことを思い出す。
私はシヴィ様を助けなければいけないのだ。
「協会長、シヴィ様が魔物討伐でひどい怪我を負ってしまって、治療をお願いできませんか!?」
「なにっ、帰ってきたのか」
「はい、魔物は殲滅しました。……たぶん」
そういえば喚びだしたにもかかわらず、私はドラゴン達を置き去りにしてきた。あれから無事に帰ってくれただろうか。心配だ。
「たぶん? 精鋭揃いの魔法使いでも、太刀打ちするのは困難だったと報告をうけていたが……」
「あの魔物の群れなら仕方ないと思います」
「む、其方も戦場にいたのか」
「はい、色々ありまして……」
うまく言葉にできないのは、私がまだ全てを受け止めきれていないからかもしれない。
協会長が目を細めて私を見る。さらに目つきが悪くなったものの、怒っているわけではなさそうだ。
「カヤ、記憶は戻ったか?」
「それはまだ……、でもいずれ戻ると思います」
「そうか……」
私は協会長の周りを漂っている精霊を視る。
青く輝く光が綺麗だ。水の精霊なのだろう。水属性の魔法といえば回復系が有名だ。協会長は癒しの魔法が使えるのだろう。
「シヴィ様のこと、お願いします」
「わかった。……それからカヤ、引っ越しの準備をしておきなさい」
「えっ、引っ越し?」
「スキルを取り戻したなら、職人ではなく魔法使いとして生きていくべきだ」
「そんなっ、ちょっと待ってください!」
急に、魔法使いになれと言われても困る。一体、協会長はなにを考えているのか。
「私、魔法使いになる気なんて」
「記憶が戻れば分かることだ、——我が娘」
「えっ?」
耳が悪くなってしまっただろうか。
娘とか、とんでもない単語が聞こえた気がする。
「其方は、私の娘だ」
「!」
「……引っ越しの準備をしておきなさい」
呆然と立ち尽くす私を置いて、協会長……お父様? はシヴィ様の部屋に入っていった。
続きも頑張ります!