みみずのおんがえし
土砂降りの翌日、ウォーキングに出かけた僕の目に…赤茶けたものが、映った。
朝一の、公園のウォーキングコース上、まだ所々雨の名残が残る、アスファルトの上に目立つ、ひも状の物体。
…これは、ミミズだ。
そうか、もうミミズが出てくる季節になったのか。
冬の間は、雨が降ってもあまりミミズが出なかったような、気がする。
冬眠でも、しているのかと思っていたんだけど。
空を見上げると、雲ひとつない、青。
今日は日差しも強かろう。
…せっかく春になって外に出てきたのに、ソッコー干からびるのもかわいそうだ。
僕は小枝を拾って、その先にミミズを引っ掛けて、生垣の根元の土の上においてやった。
そしてそのまま、家に帰って、仕事に行き、風呂に入って、ベッドに入り、夢の中へ…。
ずるっちょ、ぬめっちょ、ぬる、ぬる、ぬる、ぬる……。
……うん?
なんだ、この…夢の中のくせに、やけに粘液質っぽい効果音は。
「やあやあ、本日は大変お世話になりました!わたくし、助けていただいたミミズでございます!!お礼のために伺わせていただきました!」
なんと、ミミズがわざわざ恩を返しに来たらしいぞ。
「いや、そんなのは気にしなくていいよ、まあ、元気に土を耕してお過ごし下さい、では。」
ミミズに手を振り、本日の愉快な夢にダイブしようと……。
「アアア!!そんな塩対応!!わたくしのありがたいと思う気持ち!!殺生な!!せめて粘液まみれで存分ぬめりをお楽しみ頂かないと気が済みませんぞ!!!」
「やだよ!!僕はぬるぬるよりもすべすべ派なの!!ベタベタよりもサラサラ至上主義なの!!もういいからお引き取り下さい!!」
…ちょ!!ヤバイ、今日の夢がなんか揮発してってる!!
久々の魔法使い設定の夢なのに!!
「ではせめておたくの庭の土を耕させてください、どんな貧弱で痩せ衰えた土でも、あっという間に肥沃な土に、栗かぼちゃはアトランティック・ジャイアントに!ヤングコーンはジャイアントコーンに!マイクロトマトは巨大トマトズッカに!」
「うちは賃貸アパートだよ!!土なんかないの!!もー、帰れよ!!せっかくのハーレムが消えてくじゃんか!!」
人のお楽しみを…何てことすんだ!!
「まあまあ、そうカッカなさらず、一緒に骨なし生活楽しみましょうよ、程よく土と混じった腐りかけの葉っぱ、一緒に食みましょ!最近のブームになってる微生物ドリンクも美味いっすよ、プチプチとした食感がまた病みつきになってですね!!!知りません?今地味にバズってるんですよ、意外とインスタ映えがね!!」
アカン、らちがあかん!!
……こうなったら、仕方がない。
「すずめのお兄さーん!!今こそ恩返しの時がやって来ましたよ!!お願いしマース!!!」
ーーーチュン、チュンチュン、チューン!!!
夢の世界の空の果てから、かわいらしい声をあげて飛んで来たのは、一羽のすずめ。
彼には二週間ほど前に、ほっぺたについたご飯粒を恵んであげた恩があってだな!!!
「アアア!!やっと呼んでくださった!!何の御用でしょう、今すぐ足の甲をくちばしで突き刺しますか、それとも頭の上にふんを落としますか!!!」
「あのね、このミミズを処分して下さい、ぺろりと食べちゃっていいんで!!」
ぬるぬるとくねるミミズを指差して、僕は消えかけた夢を追うことにした…よし、端っこをつかんだぞ!!!
「…ちょ!!!あたくしを食べさせるですと?!ヤバイ、しっしっ!!獣め!!こっちに来るんじゃ……」
「チュン、チュン!!これは活きのいい…もぐ、もぐ……!!!」
捕まえた夢は、少々薄くなったものの…、まだ充分見ることのできるレベルだ。
よし、今日は色の薄い夢の中で、異世界ハーレムの甘さにどっぷりと浸かろう。
そして僕は、禁断の世界へ……ぐふふ!!!
翌朝目覚めた僕は、うっすら残る夢の名残を堪能しつつ、むくりと起き上がって、洗面所へと向かった。
しゃっこ、しゃっこと、歯磨きをしつつ、ぼんやり記憶を巡る……。
…なんかもうさあ、生き物の皆さんの義理堅さにはホントこう、辟易してるというか。
ちょっと何かをしてあげたら、ホント律儀に恩を返そうと躍起になっちゃって…真面目過ぎるんだよなあ…。
きょうび助けた恩を返さないのは、人間くらいなもので……。
毎回毎回、恩返しにやってくる皆さんをいなし続けるのがなかなかに…ストレスというかさ。
また今度お願いするからって、いつもお帰り願うんだけど、たまに帰ろうとしない困った奴らもいてさ。
地味に素直で純真無垢で、本能丸出しだもんだから、なんというか、実にこう、対処が難しいというかさ。
今恩返し待ちなのは、モグラにカマキリにアマガエルだろ、アシナガバチもいたしジョロウグモもいたな、あとクロアゲハにキヘイソウ人だったかな、確か二次元人もいたような……。
ミミズも、恩を返そうとしなければ、豊かな土を食みはみ、いずれはモンゴリアン・デス・ワームにでもなれたかも知れないのに。
やはり脳みそのない環形動物門貧毛綱だけあるな…やっぱさ、はしご状神経系の持ち主じゃあ、まともな対話なんてできっこないんだよ、うん。
食わせて悪かったけど、ああでもしなけりゃ全身の肉を耕されたこと必至だからな…なんだか残念な話だ…。
……今後はあんまり、大自然の営みに手出しをするのはやめておこう。
そんなことを思いながら、僕はウォーキングに出かけて、働いて、風呂に入って、夢を見て、夢から覚めて、また生き物の溢れる世界へと、足を運んで……。
……ああ、しまった。
うっかり、金網に前歯を引っ掛けて動けなくなっていたヌートリアを解放してしまった。
おそらく、今晩…、僕は、安眠を妨害されてしまうに、違いない。




