誓いません
――病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?
誓いません。
私は、この人を愛していませんから、誓えません。
あら、何を驚いていらっしゃるの?
女なら誰でも、あなたに惚れると自惚れていらっしゃったの?
見合いの席であなたは、経済的に困窮している公爵家を救うために大商人で国一番の富豪の娘である私との結婚を強制された。従わなければ、愛する女性が危険にさらされるから仕方なく結婚するんだ。俺からの愛を期待するなと言いましたね。
あなたのその言葉を聞いた時、私、ほっとしましたのよ。
自分だけが結婚を強制された被害者だと思い込んで、こちらの事情も考慮せず、そんな事を宣う傲慢野郎なら、私が何をしても罪悪感を抱く必要はないとね。
はっ!?
お父様が、私があなたに惚れていて、どうしても結婚したいと強請ったと言っていた?
そんな嘘を鵜呑みにしたのですか?
確かに、あなたは経済的に困窮している公爵家の令息でも見目もよく有能と言われていますわね。
大抵の女性は、あなたに惹かれるのでしょう。
でも、お生憎様。私は「大抵の女性」ではないのです。
平民でも十人並みの容姿でも、私が愛しているのは、彼だけなのだから。
ええ。私にも愛する人がいました。
そして、殺された。
彼は我が家の家令の息子さんで、私達は幼馴染みでした。
彼がいるだけで世界は輝いて、彼が私に微笑んでくれるだけで幸せだった。
私の唯一無二の恋だった。
幸運な事に、彼も私の気持ちに応えてくれて、いずれ結婚するつもりだった。
貴族ではないのだから家のためではなく愛する人と結婚していいのだと思っていたのに。
けれど、あなたを気に入ったお父様が娘とあなたの結婚を勝手に決めた。
いくら抗議しても無駄だったので、彼と駆け落ちするつもりだった。
だのに、父の部下が彼を私の目の前で殺した。
殺すつもりはなかった?
ただ遠くに追いやるように命じただけだ?
彼を殺したのが部下の独断だとしても、そうさせたのは結局、あなたよ。お父様。
十人並みの容姿の平民より見目の良い公爵令息と結婚したほうが娘は幸せになれると思った?
私の幸せは私にしか分からないのに、なぜ、勝手に決めるのかしら?
今更、謝罪などいらないわ。
だって、そうした所で、彼は還ってこないんですもの。
だから、私が彼の元に逝こうと思いますの。
そして、どうせ死ぬのなら、お父様に最もダメージを与える方法を選ぼうと思って。
結婚式で死んでやろうと決めたの。
そのために、今日までおとなしくしていたわ。
本当に、花婿が傲慢野郎でよかった。
結婚は強制でも温かい家庭を築こうと言ってくださる方なら、ほだされてしまったかもしれないもの。
私との結婚が嫌なら、なぜ、私のように駆け落ちしなかったの?
愛する女性を危険にさらしたくない?
貴族として生まれた以上、義務として家は捨てられない?
何だかんだ言おうと、結局、あなたは自分が今持っている物を捨てるのが惜しいだけなのよ。
だから、強制された結婚相手である私に八つ当たりするだけで、その現状から抜け出そうとする努力をしなかったのでしょう?
何にしろ、私の最後の迷いを花婿が完全に吹き飛ばしてくださったのは、本当に感謝していますわ。
ああ、ようやく毒を効いてきたみたい。
刃物だと、いざという時躊躇するだろうから、結婚式前に遅効性の毒を飲んでいましたの。
参列者の皆様、こんな事になってしまい、申し訳ありません。
文句なら、私にこうさせたお父様に言ってくださいね。
私は愛する彼の元に逝きます。
さようなら。
読んでくださり、ありがとうございました!