『不遇の真ん中令息』は、悪徳貴族への道を突き進むしかありませんでした。
本作は『不遇の真ん中令嬢』のスピンオフで、アナベルの大伯父が悪事に染まったきっかけを、短編として切り取りました。
フロワサール伯爵領のすみにある、要害の城に私は幽閉されている。権力闘争に負けた人間の末路の定番に私は苦笑いが止まらない。
病魔におかされた私は、もうすぐ地獄の門を叩くだろう。己の過去を悔やんだりしない。だが……。
ああ、一度でもいいから、愛した相手から愛されたかったな。
たとえ、愛したほどでないにしてもだ。
私はフロワサール伯爵家にて、『不遇の次男』として生を受けた。
トリスタニアでも指折りの美貌をほこる母は、己によく似た病弱な兄を溺愛。
『聖ベネディクト騎士団』に籍を置いた父は、己以上の剣才を有する弟ばかり見ている。
その一方で平凡な容姿と、貴族として嗜む程度の剣技しか身につかなかった私。
弟に唯一勝てた座学でもって身を立てんとした私を、二人が愛してくれることはついぞなかった。
咳込む私の背中を、さする手はない。兄と違って私は、丈夫さだけが取り柄だった。
ふと、脳裏を過ぎる光景。
「父だけではなく、初恋の彼女もそうだったな」
病弱な兄の背中をさする婚約者の姿を、遠巻きに見ていた過去の私。
兄の余命がいくばくもないと分かった時、次期当主に指名された私と彼女の婚姻が持ち上がった。
しかし、運命とは残酷だ。
「私はシモンさまの妻となるための女。伯爵夫人になるために生まれた訳ではありません」
そう言い放ち、彼女は私の元を去った。
好いた女性に去られた私に追い打ちをかけるように、
「お前がふがいないから、女に相手にされないのだ」
父が私に罵倒を浴びせる。
彼は何かあるたびに、私を叱責することしか頭にない。
失恋を引きずる私は外交官となり、全てを忘れたくて仕事にのめり込む。私が領地から遠ざかったのも、そのせいなのに。彼らは、最後まで理解を示さなかった。
フロワサール領の一部と、境界の接する『マテリア王国』。そこに赴任した際、私はカール八世晩年の公妾ザビーネと出会う。
全ての事象に冷めた私は、野心をもって彼女を伴侶に選んだ。
「お見知りおき下さいませ。こちらは、私の娘にございます」
妻の背中に隠れるシャルロットを見て、私の両親の顔は青ざめている。当然ながら、シャルロットは老王の末娘だ。若き日は美男で浮き名を流した王に似て、シャルロットの美貌は幼いながらも際立っていた。
「伯爵領は……」
「もちろん、シャルロットに全て譲渡します」
「何だとっ」
隣国の王の公妾を娶り、庶出の王女の後見人となる。それはすなわち、自らの子供を造らない。
これこそ、私が選んだ両親への『復讐』だ。
「あなた方は、凡庸な私の子供など望んでいないのだから、このフロワサールの繁栄のために私がなすべきことは、シャルロットをトリスタニアの国母に押し上げることです」
ハハハハハ。私が笑う側で、母は泣き崩れる。いいざまだ。
だって、そうではないか。
「お前がそこまで腐っているとは」
「心外な。私を腐らせたのは、あなた方ですぞ」
「やめて。あなたは、お父さまに謝りなさい」
「嫌です」
唖然として黙り込む二人に向けて、私は侮蔑の眼差しを向ける。
「パメラはどうするの」
「平民に伯爵領を相続する権利はないでしょう」
幸いにも、弟の選んだ妻は平民に過ぎない。その弟夫妻は娘だけを残して早生したばかり。
純粋な貴族の娘ではない姪には、フロワサールの相続権はないこと。この脳筋どもはわからないのだろうか。
「貴様」
ほぞをかみながら、私に憎しみの眼差しを向ける父。ただ、泣くことしか出来ない無能な母。
「身内をひいきにするよりも、権力者にこびた方が何かと便利がいいものですよ」
先年の災害で借財を抱えたフロワサールだが、ザビーネのコネを駆使してここまで持ち直した。だったら、私がなすべきことは一つしかない。
「私はあなた方に、全く愛されなかった。この地にふさわしい領主は、あなた方の血筋ではない」
「あなた。そろそろ、王都へ出立しなければ」
「わかっているよ。ザビーネ」
彼女とシャルロットを引き寄せて、私は二人をその場に置き去りにする。
これは、お前たちが選んだ道だ。今さら、後悔しても遅い。
私達が王都についた頃、両親は姪を伴って隠居領へと立ち退いた。それを知らされても、心が疼くことすらない。むしろ、積年の恨みつらみを晴らして、私は人生で一番の幸福に酔いしれた。
「これでいい。私は絶対に後悔しない」
独り言をつぶやくと、目の前に見慣れた天井が映る。
「別の夢を見たかったのにな」
ウソでもいいから、父と母に愛されたかった。
しかし、二人とも私を愛することはなかった。
だから、私も二人を愛さないように、最大限の努力を払った。
「虚しい努力ではあるが」
結局、私の野心は叶わなかった。そして、私は子供を永遠に残さなかった。
しかしながら、これだけは絶対に、後悔はしてはいない。
ハハハ……。乾いた笑い声と咳が入り混じる一方で、私の両眼からあふれる涙は、とどまることを知らない。
これは一体、なぜなのだろうか。
ちなみに、両親はアナベルの大伯父を愛していましたが、それを伝えることを怠ってしまいます。
実は彼を密かに慕う下級貴族の令嬢がいて、彼の両親はその令嬢と息子との見合いをセッティングしようとしていました。
その直前で彼は妻と連れ子を紹介し、伯爵領を手土産に王国の外戚になるとの宣言に至ります。
褒められない=愛されていない。
この概念にとらわれたことで大伯父は、『身内をひいきにするよりも、権力者にこびた方が幸福だ』という価値観を抱きます。
そして、大伯父は上のことを知らないまま、亡くなりました。




