第8話 『 開かない扉 』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
今の状況だとワタルリは不審者だ。
しかもいきなり不法侵入状態な上に、右手は血まみれである。これはマズイよ。
とりあえず手に付いてる血を壁とかになすりつける。
「って、ぁあしまっ…た…!」
━━━━━これじゃ人に見つかったら「なに人ん家汚してんじゃ!? 」てキレられる…ミスったな。ごめんち
ぁあどうすっかな。家の人に出くわした時にどう言い訳をするか…
いやちょっと待て言葉は通じない。日本語が通じないんだよこの世界
ピンク色のバケ猫が言っていたことが本当なら、この世界で日本語は通じないらしい。
この状況でこの建物の住人に出くわしたらその時点で詰みではないのか。ほぼ間違いなくその場でとっ捕まってなんらかの処罰を受けるだろう。
そのまま警察的な組織に突き出されて、それから刑務所的な施設へ収監されて、ついには看守の強引なゲイにブチ込まれそうになった挙句に撲殺してしまいプリズンブレイクを試みるまでの展開イメージが走馬灯のようにワタルリの低脳を駆け巡った。
━━━━━しまったマズイなマジで。どうする…
言葉が通じなくても表情とか態度で意思や意図は伝わるだろう
対人関係は笑顔だ。スマイルだよ
いや俺は普段無表情だけどさ
でも異世界なんだからちょっと今までと違うことやってみようか
とにかく人と出くわしたら笑顔で挨拶だ。程よい笑顔でニコニコしていれば大丈夫だろ。幸い俺はメガネだから真面目に見えるだろうし
今からもう笑顔にしとこう。いきなり人と出くわしたら緊張でキョドる可能性高いけど…
人は窮地に立たされるとそれなりに頭の回転が速くなる。
その回転の速さや利口さは個人のオツムの程度によるだろうが、ワタルリの思考はワタルリのレベルでフル回転してあれこれ考えた。
窮地というほどかよとも思うが、ワタルリは何でも”ややこしい事、おかしな事”になるのが嫌いだ。自分が何か悪者みたいになってしまうのも嫌だ。説明するのがややこしいような状態とか、紐がこんがらがったような状況とかうざったくて嫌なのだ。なのでおかしな事になる前に予防線を張りたい。
何でも事前の想定が大事だ。最悪の事態をも想定しておこう。
ワタルリは思案して、とりあえず害意の無さを示すために顔にアルカイックなスマイルを浮かべて闇の中を少しづつ歩く。
しかしすぐに立ち止まった。
━━━━━出くわした相手の人がブチ切れて武器や魔法で攻撃してきたらどうする? 殺す勢いだったら?
場合によっては殺されるかもしれない。
アメリカとかでは住居へ侵入してきた者をその場で銃殺するとかって、ワタルリはTV番組で見たことのある話を思い出した。あの話は別に住人が果敢なカウボーイだった訳ではなくて、アメリカのごく普通の一般家庭の話だったと思う。
この世界に銃があるかどうか解らないが、魔法がある世界だから攻撃的な魔法を使ってくる可能性は考えられる。
ワタルリは暗闇の通路の中で僅かな明かりを持って立ちずさみ、思案に暮れた。なんだか迂闊に動けない気がして。
━━━━━そうさな……そうさな……そんな暴力的なら逃げるしかないか
やり返したら敵対する事になってしまう。
殺そうとしてくるやつに土下座しても殺されるだろうし、走って逃げるしかない。
修羅場になったら走って逃げるしかないのだ。どこかへ…
「━━━━━……」
青い顔をしながら歩き出したワタルリだったが、またしてもハタと足を止めた。
思いつく限りの最悪の可能性━━━━━━━━━━最も最悪な場合、殺されてしまったら? 実際に殺されたら俺はどうなる? 俺はこの異世界で死んだらどうなってしまうんだ??
「…死んで、元の世界に戻る?……か、最初からやり直し……?」
わからない。
考えても無駄だった。単なる想像でしかないし、ワタルリはそんな色々思いつかない。
異世界系の小説ならこういう場合どうだろう。
━━━━━異世界モノの小説を思い出してみろ…
生き返るやん
俺もたぶん生き返るで。勝手に
ワタルリはそう結論づけたが、本心ではそうは思えていない。
答えは出ないし恐くなるだけなのでこれ以上考えないでおこう。
とにかくもう洗い場を探して手を洗って血を落とすよりも、ここから何処かへ逃げ出した方がよさそうだ。
だが、どうやって……
通路を歩く足は遅々として進まない。
仄かな灯りが手元にあるとはいえ、暗すぎてちょっと先へ進む気持ちが起きないのだ。目が慣れてきたとはいえ、それでも暗い。心なしか、魔法の灯りが弱々しく感じる。距離はたぶんまだ10メートルも進んでいない。
ワタルリはやはり、自分はビビリだなと自覚した。
どうせどうしようもないのだから気楽に行こうと気を持ち直す。
しかしワタルリは自分がなにをすれば良いのか解らないという根本的なところがそのままだ。
━━━━━ここが異世界だとして、何しろっつうの?
……自分がしたいことを探せば良いのか…?
それに、これが異世界なら、何かイベントの方から勝手に俺に接触してくるんじゃないのか。違うの?
さっきから通路をのそのそ歩いているがなにも起きない。
と思っていたら手燭の灯りが弱くなってきた。闇が一層濃くなる。
「おぉーーちょちょ……マジか〜…」
灯りが消えたらここは完全に闇だ。
とにかく急ぎ足で通路を進む。もうモタモタしてる場合ではない。進みながら全力でキョロキョロして首を巡らし、辺りに何かないか調べる。
天井、壁、足元、どこかに何か無いか。扉も窓もない。何にもねぇ。照明器具、どこにも電気の蛍光灯とかライトっぽい物が無い。マジで無い。配線みたいなのすら無いのだ。ーーー電気ってやっぱ無いのかこの異世界? 時代設定はやっぱり中世風か?
「━━━!」
通路の先は突き当たりだった。そこだけ少し開けた小部屋みたいな空間になっていて、一方の壁には扉がある。
空間の隅には斜めに下る階段があった。ワタルリは焦りながら周囲の状況を目まぐるしく確認する。
━━━━━これどうしようか。どっちに行こう。どっち? どうする? あーどうしよヤバイ…
もう手持ちの灯りがだいぶ暗い。まもなく消えるだろう。
気持ちが焦り心臓が俄かに動悸を始め、全身から汗がジワリと出てくる。
━━━━━扉開けて部屋に入ろう。部屋には必ず何か照明がある筈だ
無ければどうやって暮らすねんこんなところで…
急ぎ扉を開けたいところだが逡巡がする。
中には人がいる可能性がある。
まずはノックだろう。一応。ノックの回数とかそういうマナー的な事は知らんがとにかく3回ノックした。木の板を手の骨が打つ軽い音が響く。
「━━━━━━━━━━━━━━━……………」
5〜6秒待ったが扉の向こうに何の気配もない。
辺りは全くの無音だ。
「…あれ…すんませ〜ん…?……誰もいないか……そっか…」
小声で独りごちるように呼びかけながら一人で納得するワタルリ。いないなら良し。
意を決してドアノブを掴んで回したが、硬い。扉が動かない。押しても引いても扉は動かなかった。ドアノブの鉄のヒンヤリした感触がやけにムカついた。
「クッソ」と嘆いて踵を返し、階段の方へ急ぐ。手元の明かりがもう酷く弱々しい。
階段を下った先はよく見えないが、とにかく駆け下りる。意外と長い階段で、どこまで降りるのか不安になった。
「ここは何階だろう」とふと思う。通路自体が地下っぽかったが、降りた先はまず間違いなく結構深い地下だろうという気がする。この先にどこか他への出口とかあまり期待できそうには無いが、もう進むしかない。
━━━━━…!
階段を下り切ったら通路になっていたのだが、降る途中から変な匂いがするのに気づいた。鉄のような、生臭いような匂いに下水のヘドロが混じったような臭さだ。いやもっと酷いか。異臭というより悪臭に近い。
まさかこの先は下水道とかそういう感じかと思いつつ進んだが、頼りない手燭の灯で辛うじて見える限りは単なる通路のようではある。
通路は20歩ほど歩くとすぐに突き当たりだった。
扉がある。鉄錆びた重厚な感じの扉だ。
扉に近づくほど異臭が濃くなった。
━━━━━━━━━━━━━━━この扉は開けてはいけない
感で危険だと思った。
ワタルリの中のもう一人のワタルリみたいなのが「やめとけ」と言っている気がする。
なにが危険かは解らないけどヤバイ気がする。
嫌な意味でピンときたのだ。━━━━━この匂いは血臭ではないのか
(俺はなんでこんなところにいるんだ)
もうハッキリ「ヤバイ」と感じる。
背中の冷や汗と心臓の動悸がやばい。
ワタルリが踵を返して階段の方へと戻ろうとすると、手に持つ魔法の灯りの寿命が尽きた。
闇だ。
目の前には黒しか見えない。
「━━━━━━━━━━━━━━━」
身動きできず固まっていると、前方から扉が開く音が聞こえた。
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なおそんなに嘆かない模様