第2話 『 巨人と怪しい水 』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
状況といえば、この割とシュールな状況そのものにはワタルリに思い当たる節がある。
それは、これが現実ではないのは間違いないのだから、つまり━━━━━
「…えっこれ…夢……ですか? これって…… 」
「あーーー…」
「あ、状況? どうする? 説明………?」
「いや、ウシトラ君。これ夢ではないよ? …うん…やっぱ、いきなりはちょっとアレかなあ?……混乱するよな……」
巨人達は3人共、なんだか意外なことでも訊かれたみたいに一瞬お互いの顔を見合わせて逡巡したのち、キッパリとワタルリの懸念を否定した。
ワタルリは素直に(ああ夢じゃないんだ)と思ってしまったが、それが不意にもう一つの気づきを起こしてしまう。
━━━━━俺は死んだのか
「あっ…もしかして……俺、死にました? 」
「あーーーそうか! それ気になるわな? 」
「ま、どうかな。死んだようなものかな? 」
「んんー難しいな。でもまた戻れると思うよ? たぶん…」
「え、なんで俺って死んだんですか? 」
俺は死んだのか。
そう思うと、なぜか心にストンと納得が入った感じがした。悲しいとかよりも(ああそうなんだ)という納得だ。急な訃報で残念だけど仕方がない。今、別に苦しくはないし、まあそっか。みたいな。
ただし何故に自分が死んだのかは気になる。
ワタルリは身に覚えがない。だからそれをまず知りたい。だって自分が何時何故死んだのかが分からないままなんてのは、ありえないだろう。
だが目の前の派手な巨人達は一様に顔色を変えてワタルリの早合点を否定する。
「いやいやいや! 違う違う! 誤解されると、またちょっと良くないんや」
「ごめん。あのね、”俺死んだー! ”とは思い込まんといてくれ。な? 説明が難しいけど、んーまあ、一旦バラバラに小さくしてから運ばれた…って言っても語弊があるか…? 」
「ここで今、あんちゃんの体まあまあ解るし、これ自分やなって分かるやろ? なら大丈夫や。大丈夫」
「………あぁ、…はい……?…」
━━━━━夢でもなく、死んでもいない?
バラバラにして運んだってどういう事……
ちゃんと教えてくれないのか? 俺はどうなったんだ?
じゃあこの人たち何の為にここにいるの?
なんなの…
ワタルリは頭に「?」がたくさん浮かんでいるような状態でいる。
一方、ワタルリを見下ろすカラフルな巨人達はワタルリに何かを隠しているのか歯切れの悪い説明だ。これは胡散臭い。フォローにもなってないし「大丈夫」って何が大丈夫なのか。
ワタルリは意味がわからなくて怪訝に、やや眉根を寄せて不安そうな顔でいる。巨人達を何か非常に怪しい奴らだと思って警戒する気持ちが芽生えてきた。
━━━━━俺は今…何か騙されそうになってるんじゃないか……?
こいつらは何か言い包めようとしてるんだろ、俺のことを。
俺をどうするつもりだろう。何をさせるつもりだ? 何で俺を使う??
…全然何の想像もつかない
どうなってしまうんだろう…嫌だ…嫌すぎる
怖くなってきたワタルリは不安を通り越して怯えてしまい、口がすぼんで目がオロオロして変な顔になってきた。
巨人達はそんなワタルリのキモいリアクションを意に介さず3人で何やら相談している。
「━━━━━水どうすんだ? 」
「うん。水どうしようか? 」
「一応、今回は任意だから飲まなくても問題ない〜〜けど……普通、皆んな飲むでなぁ……? 」
「これから飛ぶっちゅう時やでなぁ」
「……でも、飲みたくなさそうだな…」
「んん…」
「んんまあ…無理やりはちょっとなぁ?……」
「勧め方がマズかったか?」
「ん〜wまあちょっと…」
「ん〜〜やっぱこういうのは係りのもんがいた方がなぁ…」
「やっぱあれやねぇ。こういうのは女性のね、こう…いい感じのアレがないと」
「まあなぁ、上手に勧めるもんがいた方が…でも、あれやろ? それ雇うとなると…なぁ?」
「んん〜〜」
「あ、今はほら、ウシトラ君が水飲むかどうかだから…」
「あぁ、そうそう」
「うんうん…」
「ウシトラくん、水、あれやぞ? 別に味とかなんも…普通の水やぞ?」
「ちょこっとだけでいいんや」
「ほら、そういう勧め方すると…w」
「あ〜ごめんごめん……どうすっかな…」
「━━━━━、………」
水のことを忘れていた。まだワタルリの目の前のテーブル上にある。
ワタルリは飲めと言われたのを無視したけど、あの水はそんなに重要なのだろうか。
「すんません。その水ってなんすか? 」
「これはなー。”忘れ水”っちゅうんや。知らんか?」
「え…いや、知らないッス…けど…」
「知らんのやと。ほんなもんかの?」
「んんー、そら〜知らんやろ〜の〜」
「そうだよ。普通はそんな…なあ? なかなか…」
「…けど、あの…その忘れ水ってどういう? 物なんですか?」
「んん。これ飲むと、前の記憶がちょっと解らんくなる。だからーーこれ飲んだら、ウシトラ君が前の世界でどんな自分やったか忘れてまうって事やなー! 」
「あ、いいっすわ」
━━━━━そんなもんいらんわ
いくらなんでも、それは無いだろう
そんな、自分を忘れてしまうって……なんだよそれ……………
「やめとくか? 」
「まあ任意だからね」
「うん。今回は普通のあの〜転生とかそういうのとは違うからね。契約…ん? あ? …ちょっとおかし……それ見せてもっかい。資料見せて。」
巨人達の会話を遮って問うたところ意外にもすんなり聞き出せた”水”の正体だが、やっぱり怪しい水だった。
ワタルリはそんな記憶を無くすみたいな怖い水飲みたくないので言下に断りを入れたところ、カラフルな3人がまたゴソゴソとその何かの資料らしいものを確認している。急になんか神妙な感じだ。
ワタルリは何が何だか分からず、まごまごするしかない。
━━━━━なんだよ…”転生”とか気になるワードも出たな
やっぱり死んでるんじゃないのか俺……?
「あ!」
「ん?」
「!?」
「……?」
「おいこれ! …おい!! 危なかったなーーー! ッハッハッハwww!!! 」
「wwwちょっとこれwwwもーーー! www」
「あーゴメンゴメン! wwあの…w…あのね、ウシトラ君。今の忘れて! これ飲んだらダメなやつだわ! ゴメンゴメン。もう行っていいよ! 」
「えぇ……? 」
「はい! もう行こう! もうあの〜説明とかしてられないから!! 忙しい!」
「そうそう。もうウシトラ君の側の〜なんて言うの? そういう流れっていうか、色々な許可も全部出てるから。はい! 行こっか!」
「じゃあそっから飛んで! はい!」
「??」
ふざけているんだろうか。青赤黄色の巨人達はお互いを見て爆笑し、ワタルリにはおざなりに謝った。
それから巨人達はワタルリを取り巻いていた囲いを解くようにして離れていくと、壁の方を指し示してワタルリに「行け」だの「飛べ」だの捲し立てている。
甚だ以て腑に落ちない気持ちのワタルリは巨人達の言うことに同意できない。もっといろいろ説明があるべきだろう。
だが巨人達は憮然としたワタルリの態度にかまってくれる様子はない。
「こっち! これ!」
「これね! はいこれ見て!」
「ウォッハッハッwwこれ見るんやぞウシトラ君! www」
「???」
ワタルリに何をどうしろと言うのか解らんが、さっきから目の前にある広大な壁を見るように促されている。とりあえずその壁をよく見てみた。
「…………………?」
まじまじと壁の模様や色や形を見るうちに、それらが蠢く雲や、光る海や、連なる陸塊、無数の島々であると気がつく。
白くてモコモコ蠢くのは雲。青黒かったり淡い青色で、ペタっとして広がるのはキラキラ輝く海。黄色や赤茶色や深い緑色のクシャクシャした部分は、砂漠の大地や山脈や森。それらが無数にヒビ割れるようにして青く細い線が走っているのは河川━━━━━━━━━━これは、世界だ。だが何処の世界だろう。地球には見えない。
「これって…………」
見るほどに、小さくて、大きくて、精巧に出来ていて、どこまでも見れる。 風景に奥行きがあって、遠く、近く感じる。
そうして見入るうちに、そこへ向けて自分が溶け入るように落ちていくのが解る━━━━━━━━━━意識が━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━引っ張られ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━これ━━━━━━━━━━どうなって━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━吸い込まれる━━━━━━━━━━━━━━━全身がどっかに━━━━━集められて━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━そうかこれって━━━━━これはアレだ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━異世界へ行くんだきっと━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━夢の異世界━━━━━生活━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なんだけど━━━━━いいのかこれで━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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なおそんなに嘆かない模様