第20話 『 死神の長物 』
『え…あ…』
ワタルリは彼らに声をかけるつもりはなかったが独り言を聞かれてしまった。死神なんて言ってしまって失礼かもしれないのに。バツが悪くてキョドってしまう。
死神ふうの出立の4人もまだ困惑した様子で固まっている。というかワタルリの応答を待っているのだろう。
どうしよう。彼らの一人から「誰?」と訊かれたのだから何か答えねばなるまい。
『あの…うわっ!死神ですか!?』
質問で返してしまった。しかもさっきのセリフと被ってる。
彼らの顔を覆う暗いフードの中を間近で見ると全員ひどい人相でワタルリは驚いたのだ。
窪んだ目、濁った眼球、目の下の浮腫、曲がった鼻、痩せこけた頬骨、ボロボロの歯、複雑に刻まれた深いシワ、乾燥してガビガビの緑白色の肌に黒っぽい血管が浮き出ている、凄まじい凶相であった。人間の顔ではあるのだろうが、これはこれで異形である。
『……………死神…まあ……』
『…………まあ、…似たような…そう仰られることもありますが……』
『……いや、我々は…今ほどこちらの死体の検分をしていたところで。こういった業務を委託されている者です…』
『…ええ、死体や魔石の値が合わないんデ。…眷属神の界界区分ごとの因果の取り分などで、その処置をどうするかと。……こちらの遺体の所属が━━━分かりかねるものデ━━━━━』
死神ふうの彼らは落ち着き払ってワタルリに応対し始めた。
彼らの丁寧な感じが逆にワタルリへの警戒を表している気もするが、何だか普通に話せそうな雰囲気である。
彼らに業務がどうとか言われてもワタルリには意味不明だったが、何だかお仕事中デスみたいなことを言っているのは分かる。死神らしい何かのお仕事なんだろう。それがワタルリの死体のことで困っている様子だ。
それはつまり”お迎え”ではないか。
あの世へ連れていくべき魂を探していると解釈して間違いあるまい。
死体はバラバラだが、ここは「自分の死体だ」と主張して然るべきだろう。とりあえず俺を天国へ連れて行ってくれ。そしてチャーハンとメロンクリームソーダを食わしてもらってから美少女とお姉さんと一緒にお風呂に入って、それからGODとの面会を頼もう。
『あの、それたぶん僕の死体で、僕は━━━』
『えっ!』
『!?………?』
『…死体……こちらのご遺体は、あなた様の……?…見たところ、人間種の人体かと思われますが……』
『━━━いや、ご無礼ながら、お手前様は手前共の御同輩かとお見受けします。お手前様の心内の見えざる所を伺いますに、人霊とは思えませんのデ。━━━いずれの眷属神様の御霊属デ?』
難しい言い回しだ。何を言っているのか国語の成績の低いワタルリにはいまいち理解できない。眷属神ってのは神のことだろうか。GODのことなら地球にはたくさん居すぎてどれのことかわからん。
ただ何となく、ワタルリは素性を探られているのだろうと斟酌した。幽霊をあの世へ連れていくにも身分証明というかなんというか、確認が必要なのだろう。彼らにもいろいろ都合があるだろうことは想像に難くない。
それは今から自己紹介をするところだから大丈夫。
『えっと、━━僕は艮 弥瑠璃と言います。この世界とは違う異世界からきた者で…たぶん、魔法を使う女の子に異世界召喚されたっぽいんですけど。もといた世界は地球という星の、日本国の、あの、北陸地方の━━━』
『……何ち?…異世界…召喚?』
『ん…?…えっこれは…!?ちょちょ!!!!』
『これ、我らは知ってはいけないのではないか!?』
『これはダメだ!!ちょっと止めてください!困りますんデ!!』
『は?え…すいません……?』
死神達が急に慌ててワタルリの自己紹介を遮ると、場が静まり返った。
自己紹介を中止させられるのは何気に寂しい気持ちになる。ワタルリはしゅんとして肩を落としてしまった。彼ら死神にとって、ワタルリが自分の氏素性を明かすことにどんな支障があるのだろう。
ワタルリが口を窄めてキョドキョドしていると、死神達も4人で顔を見合わせて黙っている。
彼らは異世界人であるワタルリの魂を迎えにきた━━━━━とワタルリは期待したのだが、それが、彼ら死神はワタルリの”異世界召喚”というところに引っかかって慌て出したのはワタルリにも解る。
じゃあなにか。こいつらはワタルリを”あの世”へ連れて行かないつもりだろうか。
事態の雲行きが怪しくなってきたことをワタルリは機敏に察した。黙っているわけにはいかない。
ワタルリは元の世界へ帰りたいのだ。そのチャンスの到来を逃すわけには行かない。
何なら彼らに直接、元の世界へ返してほしいと頼んでみてはどうか。とにかく何でも言ってみよう。
『あの』
『黙れ。うぬぁそれ以上何も言うな』
『俺たちはここで何も見てない。何も聴いてない。いいね?』
『…いや、それは無理だ。少なくとも、眷属神には知れるだろう…』
『それぁ当然のことだ。親神に隠し事など出来ねえよ。………だから俺ぁ早く撤収しようと言ったんだ。素性のわからぬ因果など捨て置けと。それをオメェらぁが…━━━━━いや、失礼を。これにて手前共ぁお暇しますんデ』
まだ何も言ってないのにワタルリは怒られてしまった。
態度の急変した死神達に言動を制止されたワタルリが言葉に詰まっていると、死神達はしばし言い合った後にワタルリに低頭し、めいめい向きを変えて何処かへ去ろうとする。
『ちょっ!待っ…俺を”あの世”へ連れていくんじゃないんすかっ!?』
ワタルリを死後の世界へ導かず去ろうとするばかりか、彼らの態度は明らかにおかしい。
死神達は異世界召喚のことを知っている節がある。
今は止められたってワタルリは自分の聞きたいことを聞かないといけない。
『元の世界に帰りたいんです!お願いします!!帰してください!』
気がついたら彼ら死神のうち背の低い小柄な一人のコートの袖を掴んでいた。やや強引な手段だったがワタルリは必死になっている。
去って行く死神達の中で袖を掴まれた死神が振り返って、フードの中の暗い顔をワタルリに向けた。
眉間や頬に深いシワの入った厳しい顔立ち。細い目の形や口角が歪んでいて意思を読みづらい。斬り傷のような跡まで大きくついている━━━━━━が、顔の右半分。
だが、━━━━━━左半顔を見てワタルリはハッとした。
美しい女性である。美女といっていい。薄い眉、長い睫毛に切れ長でダルそうな一重瞼と涙袋、厚めの唇にあるホクロが特徴的で、その口にまで掛かる前髪が妙に艶めかしさを感じる。その目の奥には微かな困惑と怯えを感じた。
ある意味では味のある死神の顔にワタルリは一瞬見入ってしまっている。
死神が女性と気づいたワタルリは、次に向けた視線の先にあった物を見て血の気がひいた。死神が羽織っているコートの中、小ぶりな丸みのある腰の横から突き出ている長い何かがある。脇差だ。刀の柄ようなものに死神がしなやかな手の細指を添えている。
『━━━!』
『………』
ワタルリの視線に気づいた死神は柄から手を離し、顔を見られるのを避けるようにフードを目深にすると髪を横に流した。
今、あの刀で切られたら━━━━━と、自分の死を思って青い顔でいるワタルリは硬直している。
自分はもう死んで幽霊だから死ぬことはないとワタルリは勝手に思っているが、しかし今あの脇差らしき腰の物を見て恐怖が湧いた。
幽霊の状態で死んだらどうなる。そんな事あるのだろうか。
一瞬とはいえ刀に手をかけるほど、ワタルリと関わることが死神にとって問題なのだろうか。
だが、彼らがワタルリのような異世界人に関わることにどのようなリスクがあるのか知らないが、ワタルリ自身の魂がどうにかなる恐れがあろうが、ここまでの勢いがつくとワタルリは引くことを考えなかった。
『お願いします…何か知っていることを教えてください!俺は━━━━━』
『手前共は単なる死霊回収の下請けに過ぎませんデ。お手前様のような、どこのお抱えとも知れない因果の魂をどこへお連れする事もできません。解ってください』
『元の世界へ帰る方法を知ってたら教えてください!!』
『手前共は己が区分のことしか分からないんです。その他の事柄は知り得ないんデ。表の世界を生きた時代も遠く、それも、そう長くはなありません。ですんデ、知識の狭い不器用な奴ばかりです。悪魔とは、違いますんデ━━━━━━━』
『………』
いつの間にかワタルリは死神の袖から手を離していたが、死神は去らずにその場にいる。その困ったような、諦めたような表情を見ていると、ワタルリは申し訳ない気持ちになって俯いた。
異世界とはいえ、死神や幽霊とはいえ、他人に迷惑をかけてはよくない。これは甘えではないのか。自分自身の窮地を人に頼んでどうする。
そんな変な自制心が働いてワタルリは黙ってしまった。
すると死神が諭すように語り始めた。
『…お手前様はご遺体を見るに、死んだのです。これが事実です。お手前様は今、死霊なんデ。ならば行くところは━━━━━”あの世”です』
『でも…連れてってくれないんですか?』
『無理ですんデ』
『じゃあどうすれば…』
『お迎えが━━来ていませんね。これも手前には分かりません。ですが、ご縁のある誰かがいらっしゃるはずですんデ』
『ご縁…?』
『その…あぁ、……いや、手前は、関わりたくないんデ。手前らは、分を弁えております。筋を外れることは干渉しかねます。…ですが、ともかくご自身の死因を思い出してください。幽霊であるお手前様には、その付与された”権限”があるはずです』
『権限?…死因を思い出せばいいんですか?』
『ええ。そうです…お手前様の行く末を決める何かは、お手前様の中にあります。そういうものなんデ。お手前様が何者なのか、手前には解しかねますが………ともかく、手前からはこのくらいが限度デ。では、ご冥福を…』
死神の女性は厳かに一礼すると踵を返し、何処かへ去っていった。木の下闇に消えるようにして。
『……━━━━━━』
またワタルリは独りになった。
辺りに静寂が戻っている。あんまり静かで、湖畔と黒い樹々がワタルリを見ているのではないかと錯覚を思う。
それは、このまま何もしなければずっとこのままなのだとワタルリを焦らせるには十分な静けさだった。
死神はワタルリにあの世へいけと言った。これはネコミミくんの言葉と同じだ。
やはり死者はあの世へ行くべきだろうというのは、ワタルリも理屈上、分からないでもない。
だが、死因を思い出せば、縁者が見つかり、それでお迎えが来るのだろうか。ワタルリと縁のある何者かがワタルリをあの世へ連れて行くということなら、しかし、この異世界でワタルリが出会った人数は多くないし、深い仲の人間など1人もいない。
いない。
嫌な存在を思い出しそうになってワタルリは振り払う。
あんな恐ろしい気持ち悪い奴は思い出したくもない。
ワタルリの死因となった、ワタルリを殺した奴がワタルリを”あの世”へ連れていくなんて、そんな馬鹿なことはあるまい。
だいいち生きている人間があの世へ連れていくはずもない━━━━━いや、じゃあ、今まで出会った奴らが死んだらそいつがお迎えの幽霊としてワタルリの魂を”あの世”へ連れていくのか?そんなのわけが分からない。
『……ご縁のある誰か…死因を思い出す……』
死神の女性の言ではそのへんに鍵があるということらしい。
なんだかワタルリのことを厄介な禁忌のように扱いながらも助言をくれた死神の女性。半顔の美しい死神姉さん。
彼女が立ち止まってワタルリと言葉を交わしてくれたのは、彼女の心の優しさからだろう。
その健気な感情の余韻がワタルリを励ますようで有り難かった。彼女の言ったことなら参考にしたいと思う。
『死神姉さん…』
一時の出会いとはいえ、ワタルリは情けをかけてくれた死神の女性を忘れられない気がした。
顔には人の人生が出るというが、死神姉さんはどういう人だろう。死神に人生などあるのだろうか。
彼女は左半顔が、ある種のアジアンビューティー的な可愛さのある美女という印象だった。
年齢的にはワタルリより上な印象で、小柄だし尊きロリババアというジャンルになるのだろうか。もうワタルリの中では”死神姉さん”である。
死神姉さんの細身の体つきに胸の膨らみは判らなかったが、腰のキレと小さな尻の丸みはめちゃくちゃ覚えている。ワタルリは幽霊なのにふっくらしてきた。おかしいでしょうが。若すぎる血潮の滾りをワタルリは一人恥じた。
そして彼女のコートの中の服装がどんなだったかあまり記憶がない。つまり顔と尻と刀しか見てなかった。どんな服装だったろう。おかしいなあ。真面目なことを考えるとだんだん元に戻ってきた。幽霊なのにこの挙動はおかしい。
ともかく、「あの世へ行く」という案は、やはりワタルリ自身の目的に反しないかもしれない。
あの世へ行って解決する問題なら行ってもいいのだ。
自分の死因を探して縁のある人間を見つける。”あの世”へ行けるかどうかはともかく、縁のある誰かを探せば━━━
『━━━魔法少女』
死因とは違うが、ワタルリを異世界召喚した魔法少女を探し出せば、彼女らから元の世界へ帰る方法を聞き出せるかもしれない。
幽霊の状態なら生者の思念が解るのだから言葉の壁はないのだ。魔法少女が幽霊ワタルリの存在を認識できるかどうかは分からないが、なんとかしたい。
どうやって魔法少女達を探し出すか見当もつかないが、それが目下ワタルリの行動指標となった。
『それに、あの世に行けたら━━━━━』
死後の世界には意思疎通できる相手が大勢いる可能性がある。
そこで誰かに事情を話せば何らかの手助けを得られる可能性はあるのではないか。
死因を辿って魔法少女と接触できればいいし、それが無理でも、ワタルリを”あの世”へ連れて行ってくれる誰かを見つけられたらそれでよし。
そうすると最悪な苦しい記憶でも思い出さないわけにはいかなくなった。
ワタルリは今回の死に至るまでの記憶が無いわけではなく、覚えている。思い出したくはないが。
『━━━━━━━━━━━━━━━━死因………ん?…あれ?……俺のさっきの、あの死体━━━━━』
ワタルリは自分の死の違和感に気がついた。




