第1話 『 光と闇の界境 』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
全てが暗くて、黒い。
ずっと真っ黒で、それが闇なのかどうか分からない。
どこまで広いのか、高いのか低いのか解らない。渺茫な奥行きを感じる。
それらは却って無意味な感覚に思えた。
━━━━━怖い
その反対には輝く壁がある。
壁には色とりどりの斑ら模様のようなものがアチコチにあって、何処まで続く壁なのか解しかねるほど茫漠な広がりを見せている。
━━━━━怖い
自分は巨大なもの恐怖症だっただろうか。
圧倒的な大きさに挟まれた自分があまりにも矮小で、無力で、萎縮したワタルリの意識は虚脱して虚空に身をまかせている。
そうして揺蕩っていると、何か音が在ることに気がついた。小さな、複雑な音が。
どこから聴こえる音なのか解らなくて、そこら中に満ちている音。
どこからか無数に湧き出続けるたくさんの音。
それらは小さいはずなのに、意識すると莫大に響いているのがわかる。
だが何の音なのか解らない不可解な音だ。
或いは音ではないのかも知れない。
わからない。
━━━━━怖い
そうして聴こえた音の中に、何かが見えている気がする。
暗闇とも光る壁とも違う別の何かが。
その見える景観は様々で、蠢き、過ぎ去り、明滅し、過ぎ去り、色めき、過ぎ去り、走り抜けるようにして光景が去来してゆく。
それらには”思い”があった。
焦燥、困惑、絶望、悔悟、憤怒、感謝、希望、勇気、慈愛、歓喜、愉楽、欲望、諦念、虚無、狂乱、無垢、悲哀、葛藤、迷妄、開悟、ーーーーーだがこれらは、あまりにも多すぎる思いだ。無限と言っていいくらい切りがなく永遠に継ぎ足されてゆく思い。
…なのかも知れないが、実のところそれらが何なのか、よく分からない。
いや、分からない方がいいと思って背を向けた。
それらは見てはいけない何かだと感じるから。
それらを知ろうとするほど、向こうから何かがこちらを蝕もうと伸びてくる気がして。
━━━━━怖い
もう遅かっただろうか。自分は何か知ってしまったのだろうか。
取り返しのつかない事をしてしまった後のような、変な虚しさのある怖さがする。それは何処からか誰かに見られているような、不可視の視線のようにも思えた。
だけどどうしようもなくて、何もかも手放すようにして、それらの感覚に身も心も委ねて、ただただ浸っていようとして━━━━━━━━━━━━━━━
「━━━━━…!………」
どこか遠くの向こうから、非常に危険な、有害と感じるほど爆虐な眩しさを放つ輝きが全てを飲み込むかのような広がりを見せた。
全てを圧倒する存在を示す白光が迫り来て、それが全てを覆って消してしまうような気がして、怖くて背を向けた。
いつまであの輝きから逃げ果せるだろうーーーーーなぜかそんな考えが浮かんだ。
自分の存在があまりに儚く思えて打ち拉がれる。
━━━━━━━━━━…………………”自分”………?
自分とは何の事だったろう。
フワフワした感じがするだけで、自分が何なのか解らない。
だけど、自分という輪郭が分かることは解る。
しかし自分とはなんだ、という問いが影のように差している。
━━━━━解らないけど、ここはずっといて良い場所じゃない
怖いよここ
暗い方と眩しい方は怖い
いや大きな壁も怖いけど、こっちの方がマシだと思う
壁には模様みたいなのがある。
見れば見る程に色んなものが見えてくる。
白くて濃淡のあるクシャクシャもこもこしたのが、あちこちにある。
青くてペタッとしてるのがキラキラしてる。
茶色っぽかったり緑っぽいのはなんかゴワゴワしている。
これは何かの絵か。どういう表現だろう。
どこまでも、どこまでも広がる、不思議な模様の壁画━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━てゆうか、あれ?
どこだ…ここ
壁の模様はもういいよ
俺は何だ?
俺は今、キラキラした壁の前に居る
その俺が、俺が何なのか知りたい
━━━━━俺━━━━━━━━━━いや、思い出してきたぞ
けっこうすぐに思い出したわ
俺は高校生だし男だ
そうだよ
チャリで誰かにぶつかって…怒鳴られて………なんだっけ………
アイツ誰だったんだろう…カタコトだったし外人さんか………
国際問題…不可避?
しまったな……ぶつかったのはすまんけど、でも俺だけが悪い状況だったのか? これは現場検証が……いや、チャリのライト切れてたから俺がアウト……でもなんか納得いかない…………
っていうかあの後、俺は何をされた?
暗い、怖い感じが…大きくなって━━━━━
「オ~イ」
「ボクどこの子や〜?」
「あんちゃんどっから来たんや~〜?」
「━━━━?」
皺枯た大声が聞こえて遠くから誰かが来るのが見える。
彼らはカラフルな色違いの服を着た人達━━━━━に見える3人で、全身が赤や黄色や青色のピタッとした全身タイツみたいな格好である。髪の毛ボサボサの大きな頭まで全員そんな具合だ。
宙を歩くようにして近づいてきた彼らは3人とも非常に背が高かった。彼らが近づくにつれて逆にその顔は見えづらくなる。顔のある位置が高すぎて、彼らの足元から見上げてもよく分からない。
━━━━━怖い
ぼやぼやと彼らを見上げているうちにすっかり囲まれていた。カラフルな彼らの足が周りを遮ってきて、柱が迫ってくるような圧迫感がある。
彼らはこちらに近づくと、覗き込むようにして上から見下ろしてきた。
観察するみたいに黙ってこちらを見る彼らの顔は無表情で、肌の色こそ派手だが顔つきはどこか見た事の有るような無いような普通の顔立ちに見える。
でも一つ一つの巨大な眼球がぎょろぎょろ蠢いてこちらを凝視してくるのは怖い。
「━━━━━あっ?」
”怖い”と思う自分がいつの間にかいる事に気が付く。
自分の体がある。さっきまでこの感覚はあっただろうか。
自分の体が在って安心したが、しかし体も服も曖昧な感じに見える。
暗いような薄いような、はっきりしない感じは薄暗くてよく分からないだけだろうか。
━━━━━俺はまた目が悪くなったのかな…
ってあれ?メガネが無いよ
俺はメガネをかけてるんだ
メガネ無いと困るよ
メガネ男子的には話にならないって
「おい」
「おーぃ」
「あんちゃん誰や!? 名前わぁ~!?」
「え! あ、…? …えーと、艮 弥瑠璃です」
「…記録ある? ちょっと見て」
「おん…」
「どっから来たってなってる?」
「ちょと待て…」
「んん…」
頭上からクソでか大声を浴びせられたワタルリは自分のことを考えていたが我に返った。
目の前の巨人達は恐ろしいが、しかし今の”自分”が何なのかという事の方が気になる。自分の姿やメガネの所在や今の状況が気になってきて巨人達の怖さがどうでもよくなってきた。
彼らは何者だろう。ここはどこだろう。
唯一わかるのは巨人達に名前を聞かれたという今の状況だ。空鳴りのようなくぐもった大声にビビったワタルリはフルネームを教えてしまった事をちょっと後悔している。
一瞬自分の名前が何だったか忘れていたのが気になるが、それも大声にビビったからかも知れない。
━━━━━てゆうかこの人ら何だ? 誰?
ワタルリから名前を聞き出した3人は何やらゴソゴソ話し合いながら調べ物を始めた。
なんだかよく見えないが、青い人が何か手に持った本みたいな四角い物を触っては読み上げているようだ。横の黄色の人と赤色の人もそれを凝視している。
彼らをよく観ると全員の頭が部分的に尖がっているように見える。
気になる。
人の特徴の変わった部分というのは気になるものだ。もっとよく見たい。だが、普通あんまり人の特徴をジロジロ見るものではない。見られる方の気持ちになろう。
ワタルリは自制して彼らの頭部の角らしきものから目をそらした。キレられたら怖いからね。
それに今のワタルリはメガネを紛失しているためよく見えないはずである。
━━━━━ジでメガネどこ行ったんや……あれ?
ワタルリはメガネが気になってきた。
と思ったらメガネをかけている。
たった今まで無かったはずだが━━━━━まあいい。メガネさえあればメガネ男子的には問題ない。なんせメガネがなければ全てがボヤけて見えて無力感がすごいのだから。メガネがある事でようやく一安心である。
だがさっきまで視界はボヤけていただろうか。よく分からない。
「あーわかった! ほーかほーか! 」
「あーそういうこと…」
「いや~気付かなかったね」
「?」
「え~では、ウシトラ・ワタルリ君。………………………ウシトラくん?」
「…あ、はい……」
「あんまり元気ないな……」
「大丈夫か?」
「あっ、え、はい! …ッス! ダイジョブッス! 」
「うん。あのな~これからな~、ウシトラ君にはあの~ちょっと今までと違う世界に行ってもらわなあかんのや。んんー! まあ聞いてないと思うけどー、あんまりあれこれ説明する必要もないでの。なあ? 」
「うん。そう。説明っても、アレだからね。それに〜、もうあっちも待ってる状態だから」
「ちょっとあの、これちょっと飲んでもらえる? ウシトラ君。水みたいなもんなんだけどね…ちょっとこれ…」
「えっ…え?」
ワタルリは要領を得ない。
赤青黄色の3人だけで何か納得して、ワタルリに一方的に何かを要求をしている。
赤い人が言うにはどうも、ワタルリにはこれからすぐどこかへ行って欲しいらしいが、どういう訳だろう。
ワタルリの目の前には黄色の人が手をかざして促した水があって、シンプルなグラスに注がれた何の変哲も無い透明な水…に見えるものがある。いつ差し出されたものかワタルリは気がつかなかったが、瀟洒なデザインの一脚テーブルが目の前にあり、そこにその水の入ったグラスが置かれているのだ。
━━━━━いや説明は欲しいですよ
おかしいでしょうが
まずこの状況はなんですか
嫌な予感がする
あとなんですかその水は…飲まんよ
nanasino twitter
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なおそんなに嘆かない模様