第18話 『 渚のghost 』
無表情で立っているワタルリは今までを思い出してぶつぶつ言いながら首を横に振っている。水辺に立つ亡霊そのものの姿だ。
『学校から帰っていて、黒い何かにぶつかって罵声を浴びて、気がついたら宇宙みたいなところにいた。
巨人みたいな奴らに絡まれた。
光る壁を見るように言われて、空を飛んで森の中へ落ちて━━━━━━』
『気がついたら暗い部屋にいて、魔法少女に出会った。
言葉が通じなかった。
バケネコに絡まれた。
暴漢に顔を蹴られて、地下室で━━━━━』
『気がついたら死んでて、幽霊になってて、自分の死体を見た。
ネコミミくんに出会って飴ちゃんをあげた。
綺麗な女の子に会って━━━━━』
『気がついたら地下室にいて、なぜか外は戦場で━━━━━』
『気がついたら戦場に降りてて、なぜか自分の死体があって、獣に持ち去られるのを追っかけて━━━━━気がついたら湖にいる』
それがワタルリの異世界体験。
なんだそれは。意味がわからないし、わけがわからない。
━━━━━こんなの夢だろ
現実にはこんなこと起こらない
完全に夢の中だよ
俺は眠っていて、夢の中の世界にいるんだ
明晰夢ってやつだ
夢の中で自由に動ける時ってあるだろ
夢の中で「あれ、これ夢だな」って気がつく時があるだろ
あれだよ
だからこんな意味不明な状況ばかりなんだ
でも明晰夢だから自分のことは分かるんだよ
でも、この夢の中の世界のことは分からない
当たり前だ
夢の中なんてめちゃくちゃなんだよ
『俺は今病院のベッドに寝てるんだよきっと。意識不明の重体なんだ。だからずっと夢を見てて…』
学校から帰っていた夕暮れ過ぎのあの時、たぶん黒塗りの高級トラックにはねられて赤十字病院にでも救急搬送されたんだろうとワタルリは片付けた。
それで眠り続けてシュールな夢を見ており、まるで異世界な状態の中にいるのだ。
何しろ異世界召喚といえばトラックに撥ねられて旅立つのが様式美であるというし間違いないだろうと。
なんだ異世界の正体は夢見の世界か━━━━━そう思い至ったワタルリに一つの懸念が湧いて眉根を寄せた。
夢の中の存在にとって、夢の中の世界は現実なんじゃないのか。
『…………………』
これ以上考えてもそれこそ無意味な気がしてワタルリは考えるのを止めた。憶測ばかりしても虚しい。
現実を見るしかないのだ。
本当に解っている事は、今確実に解っている事は、ただ単に今の自分が幽霊として存在しているという事だけ。
それだけがワタルリにとっての現実で、それ以外は「解らない」が現実である。
今まで起きたことも自分の記憶にある現実だが、本当か嘘かわからない現実だ。
だが、あまりに理不尽な現実と言えないだろうか。
現実が恐ろしすぎた。
”現実”という存在が一種のバケモノに思えてきたワタルリは、そのバケモノの中に自分がいる事に怯えて蹲ってしまった。
現実は事実だけをその場においていくだけのバケモノ。
その現実の事象が嘘か本当か分からなくても、その場のそれは無遠慮の極みと言っていいほどに”現実”だ。現実を目の前に突きつけられている個人が主観でもって理解出来ようが出来まいが忖度なしである。
現実さんに悪気があるのかないのか謎だが、現実さんのすることにワタルリは怯えているしもう気持ち悪くて嫌だ。
ワタルリにとって理解できない物事は全部バケモノなのであった。
頭を抱えているワタルリにもう一つ付け足せる現実がある。
今ワタルリは湖の畔に1人でいて何もやることがない。何もできない。
とはいえ死んでいるからもう死ぬ事はなくて、襲われる事はないし、殺されることもない。
だからワタルリは安心していいのだが━━━━━━━━━━━
『帰りたい』
━━━家に帰りたい
帰ってチャーハン食ってネットしてゲームして風呂入って異世界小説読んで眠りたい
このままこの状態が永遠に続くのだろうかと思うとめちゃくちゃ帰りたかった。
夢なら覚めて欲しくて頭を掻き毟ったりボコボコ殴ったけど何も変わらない━━━━━悪夢が終わらない。
ワタルリはもう一つ残酷な現実に気づいてしまったわけだ。
元の世界に帰れないのである。
『なんなんだよぉこれはあ…!!!おかしいだろッ!!??』
死んで幽霊になってそれでそのままというのは酷だろう。
もう帰れないと思うと眼球の後ろから熱いものが込み上げてきて泣き出してしまった。
ワタルリを異世界召喚した奴は馬鹿だろうか。未来ある青少年を異世界に勝手に移しておいて放置プレイとはこれ如何に。犯人はあの魔法少女達だろうが、とんでもない性癖である。
『帰してくれぇーーーッ!うぅあーーーーッ!!嫌だーッ!!!ヤーーーーーッ!!!!』
もしかしたら魔法少女達は自分を観察しているのだろうかと思ったワタルリは地面に転がってイヤイヤ暴れ出した。
幽霊なのに涙と鼻水で顔がベシャベシャだけど、恥ずかしいとかそんなのどうでもよかった。全身で”嫌”を表現しないと収まらない。必死に訴えれば、隠れて見ているかもしれない魔法少女達が見かねて出てくるかもしれなかったし、気が狂ったくらいイヤイヤしていれば「アラアラお困りのようね」って謎のお姉さんが登場してワタルリを助けてくれるかもしれなかったし。
だってここは異世界なんだろう?
異世界物語が好きだったワタルリが行ってみたいと願った異世界に、ワタルリは今実際にいるのだ。
『━━━━━異世界に━━━━━━━━━━━』
これが異世界物語ならどうなるだろう。
帰れるオチもあるのではないか。
『でも死んでるでしょうがぁ!!!フゥェェェーーーッッ!!!!』
悔しくて思い切り奇声をあげた。思考を放り出して狂ってしまうほかなかった。
”異世界”という概念に希望を見出しそうになったワタルリはまた現実に気がついて堂々巡りである。
もう地面を転がってイヤイヤするのも嫌で横になって泣くしかない。死んでたらもう何もできないでしょうが。
幽霊ワタルリは生前の癖で横になるとスマホを触ってしまうが、やはりスマホは使えない。
画面が明るくなってホーム画面が映ったり、アプリケーションがひととおり起動しかけたり、カメラが起動したりするのだが、いつの間にか元の暗い画面に戻ってしまう。
幽霊としての自分の姿はすでに何度も確かめたが、どれを触っても同様だ。
鞄は開くし中の雑貨を触れるが、使う事はできない。例えばジャージの上着を羽織って見てもいつの間にか鞄の中に収まっている。
菓子パンやお茶などの飲食物のパッケージを開けても、口に運ぶまでにはいつの間にか元の状態に戻っている。
幽霊には何も起きないのだろうか。
『く、クソやな…』
目の前のカスタードクリームパンが食べれないなんて拷問だった。
とはいえ、これらの幽体の挙動が自分の幽霊感を如実に表していてあ〜俺幽霊だわと感嘆に至らせる。
そうして鞄をゴソゴソ漁っていると目につくものがある。飴ちゃんだ。
━━━━━お兄さん死んじゃったんですかぁ?━━━━━━━
ネコミミくんの声を思い出した。
彼はワタルリに”あの世”へ行くように助言してくれたのだ。”お迎え”が普通は来るはずとも言っていたのだが、ワタルリの元には一向に訪れる気配がない。空へ登るようにも言われたと思うが、そんなのどうすればいいか解らないではないか。
そも、”あの世”なんて、そんなのあるんだろうか。
ワタルリの元いた世界でも”あの世”については諸説ありすぎて解らない。「在る」という人は嘘つき認定されるし、「無い」という人も”あの世”が有るか無いかなんて解らないのに「無い」と断定しているのだから嘘をついているようなものだ。
結局はそんな死後の世界が有るか無いかなんて誰にも解らないのである。
それは幽霊という存在についても同じで、有るか無いかなんて誰にも解らない。
ワタルリは今その幽霊なのである。
だから、”あの世”もあるのかもしれない。
”あの世”へ行ったらどうなるだろう。
GODとかいるんだろうか。
ワタルリが異世界の人間だと知ったらGODはどう思うだろう。
(ハイ、異世界侵犯!おまえ死刑ね!)
見た事もないGODの声が聞こえた気がしてワタルリは身震いした。
マジで怖い。別の世界の人間がいると知ったら処分される可能性はある。
『いやいや…神とかいたら、そんなこと言わんでしょ。さすがに…知らんけど。ハハ……もう死んでるし…』
ワタルリは今の自分がやけにネガティブになっているのに気付いて無理に笑って見せた。ワタルリはもう死んでるんだから幽霊が死ぬなんてことはないはずだろう。引きつった笑顔が気持ち悪く歪んで涙がこぼれた。
だけどワタルリは今の想像はいい線行ってると我が事ながら感心した。ワタルリは”あの世”へ行って、その神だかなんだか責任者みたいなのに陳情すれば良いのだ。話せばわかるだろう。案外、ごめんねぇ〜って地球に返してくれて、迷惑料に3億円ぐらいくれるかもしれない。そうなれば筋肉もムキムキで女の子にモテモテである。
”あの世”に行くにはどうするか、次第にワタルリは考え始めていた。
━━━他の幽霊はどうなんだろ
ここは戦場で、死んだ人が大勢いるはず
そう気がついて身を起こしたワタルリはいつになく真剣な顔になっている。
目を凝らし、耳を凝らす。すると━━━━━そのまま立ち上がって辺りを見回した。
『い…いるいる……うわ〜…初めて見た……』
湖の周囲や森の中に疎らだが”居る”のだ。
それらの姿を見るのはワタルリは人生で初めてである。噂ではその存在を聞いていたものの、なんとも普通すぎるくらいにあちこちに居るではないか。




