第10話 『 異世界幽霊 』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
「……………aewbmり…;お;g毛rg馬うghmhっs /…………」
近くに男性がいた。
全裸の男性は筋肉質な体格だが全身血塗れ裂傷があり、顔もグシャグシャで頭髪も毟られていて酷い有様だ。よく解らない人相になっている状態だが、しかし彼はどこか精悍な雰囲気がある。体を変な器具で固定されて胴体があり得ない角度で捻れているが、鋭い目つきに正気が宿っているように見えた。
「━━━━━…」
その目に見つめられると、ワタルリは僅かに心が正気に近づくのを感じる。
だが、男性が何を言っているのか解らないワタルリにはもうどうでもよかった。顔を向ける気にもなれない。
周囲には何人か生きている人がいる様子が分かる。
全員が血塗れの全裸で、体を何かに固定されている。「何か」としか言い表しようがない。独創的な形をした道具に単純に手足や胴体を固定されているのだ。怖い洋画や漫画で見た異常な拷問器具に似ているかもしれない。
男も女も発狂して叫んでいるか、白目をむいて呻いているか、泣きながらか細い声と涎と鼻水を延々垂れ流している。
「━━━━━………」
「…!!!」
ワタルリに声をかけた男性がその言葉を発したのを気に入らなかったのか、背の低い方の暴漢が男性に急接近して真正面から顔を近づけた。
男性と暴漢の顔の距離は1センチもない。暴漢の顔は麻袋を被っていて分からないが、男性と鼻先スレスレぐらいの距離で睨み合っている。暴漢の眼差しはよく解らない。麻袋の中は真っ暗な闇しかないように見える。
暴漢と男性の荒い息遣いが部屋に響く。
長い睨み合いの間、暴漢は同じリズムで荒く息をしながら肩を上下するばかりで動かない。その姿から異常なほど貫徹した精神性が見て取れる気がした。湯気立つ暴漢の巨躯が大きな呼吸とともに膨らみ、盛大な鼻息が部屋に響く。一定のリズムを乱す事がなくそれが続いた。
男性は身動きできない状態だが、精悍な顔立ちの表情をまったく変えずに暴漢を射抜くように睨み返している。
「………………………」
「………………………」
いやに長い睨みあいだ。
男性は大した胆力である。どこぞの強者だろう。彫りの深い顔立ちで、アングロサクソンかゲルマン系な雰囲気がある。日本しか知らないワタルリにとって実際に見るのは珍しい顔立ちだ。彼は骨格からして大柄で、身体中に古傷があり、背が高く、しなやかで強そうである。
この屈強な男性は一体どうするつもりか。この状況をどうにかできるのか。
「ーーーーー〜〜〜〜〜〜ぅフゥ"ッッ!!!…グ…ギィぃぃヒィぃ…!!」
「………………」
━━━━━どうにもならなかった。
徐々に暴漢の異様な圧力に屈した男性が逸らした顔を歪め、裏返った声で噛み締めるように泣き始める。
すると暴漢は両手をゆっくりと上げてピースサインをした。
カニさんのポーズだ。そのまま何度か宙をチョキチョキしたあと、それからそのピースした指で男性の両耳を挟んで切り落としたのを皮切りに、全身を解体し始めた。どういうわけか暴漢のチョキチョキした指で男性の人体がバラバラに切り分けられていく。
男性の悲痛な叫びに呼応して周囲のまだ息がある人たちも絶望と恐怖の叫びを上げ、地獄が顕現したかのような合唱が始まった。
ワタルリはその怨嗟のコーラスを聞きたくなくても耳を塞ぐこともできず気が変になっていく。━━━━━何も見たくない━━━━━何も知りたくない━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
取り返しがつかない
元に戻らない
違う
違う
嫌だ
嫌だ
嫌だ
消えろ
消えろ
終われ
終われ
終われ
終われ
「 」
「怖い」を通り越したワタルリは自分の意識の根幹を心底否定し捨て去った。
意識的な、自我の自殺。
或いはそれは脳のダメージによる脳死だったのかもしれない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……………………
「━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━」
「━━━━━ーーーーーー………」
「……………………」
だがすぐに意識が戻った。すぐだったろうと思う。
殺人鬼が目の前にいて、屈みこんでは人体の腕や足などを小脇に抱えている。
背の高い方の暴漢が天秤棒に掛けた桶のようなものに人体を入れては積み上げており、背の低い方の暴漢がワタルリから離れてその桶へ人体を積み上げた。
最後に置かれた頭部に見覚えがある。
━━━━━━━━━━━あれは俺の顔じゃないのか
判る。
薄く剃った眉に細い一重の目。黒子の位置。鼻も口も特徴の薄い平たい顔。小さい頃に友達から機能戦士ガンデムで殴られた額の傷跡。顔に似合わない長髪を後頭部で纏めてある。開いた口の中には何故か上も下も歯が無くて、メガネも無いが、間違いない。ワタルリ自身の顔だ。
━━━━━あれは俺の顔だ。解る。━━━━━解る━━━━━━━━━━━
ワタルリはどうしようもなくて涙が溢れた。
涙。おかしい。自分の顔はあそこにあるのに。
殺人鬼の2人は解体した人体で重そうな桶を軽々と担ぎ、足早に部屋を出て行く。
後に残すワタルリを気にする風はなかった。
━━━━━俺の顔をどうするんだ。俺の体は━━━━━━━━━━━━━
体を奪われてしまった。
だけどワタルリはそこから動けなかった。
怖くて。
無理だった。
追いかけるなんて。
それからすぐに気がついた。
『俺は死んだんだ』
━━━━━━━━━━━殺された
俺はバラバラにされたんだ
クソがムカつく絶対にゆるさねえ殺す死ねアイツクソ変態野郎マジで全部殺すぶっ殺す
何で俺がこんな目に合わないといけねえんだよわけがわからねえここにきて何がどうなってんだよ
なにをしたんだよ俺がなんか悪いことしたかよこの世界は何だよクソかアアあ!!!!!!?????何で俺を殺した何でいきなり蹴ったオイ呪ってやる全部殺してやるクソがクソ畜生最悪最悪最悪最悪最悪━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
怒りと絶望で頭がごちゃごちゃになったまま辺りを見まわす。
誰もいなかった。
大勢いた人たちが1人も居ない。
静かな血の海と、小さくなった篝火だけが、壁や天井まで赤く染まった部屋を仄かに照らしている。
━━━━━何でだ
俺以外の奴らも死んだんだろう
幽霊!?
何で俺だけ幽霊になってここに居んだよ
おかしい
なんで
不可解だった。全員死んだはずだ。ワタルリが幽霊なら他の幽霊も居るはずである。
他の被害者たちの幽霊が居ても居なくても別になんの用もないが、単純に納得いかなかった。何故自分だけ此処に居るんだ。
だが自分が今幽霊なんだと直感したことを疑う気持ちにはならない。今の状態を知って、幽霊以外の概念が解らないから。
ワタルリは幽霊になったであろう自身の姿を知ろうと手足を見て、もっとおかしなことに気がついた。体があるのだ。
『!?』
━━━━━自分の体━━━━━━━━━━
手……学ランも着てるし、カバンがある
メガネもかけてる…
…何だこれ……………
一瞬、安心しそうな気持ちになった。
ワタルリの体は今の自分に在るではないか。
今までのは全部嘘だったんだろうか。
自分は生きているんだろうか。
だがその淡い期待は自分で立てたハリボテであることを自分で解る。
ワタルリは血の海に立ち尽くして自分の姿を確かめていたが、実態としての存在感を感じない。血溜まりの表面を覗き込んでも、反射する部屋の景観に自分の姿は無かった。
『━━━━━ーーー………………〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!』
現実を認識するとともに恐ろしい思いが心に引っ付いたままな事に気が付く。
心に張り付いた恐怖を意識すると、脳裏に焼きついた記憶が込み上げて。
見てはいけないものを見たのだ。
知ってはいけないことを知った。
取り返しがつかない。
元には戻れない。
無かった事にはならない。
━━━━━━━━━━━来てはいけないところへ来た
そもそも何で俺はこんな所に居るんだ
何でこんなとこへ来た
誰が異世界に来たいなんて言ったよ
いや言ったけどそれでこれかよ
俺がやっぱり自分が悪いのかよ
俺が来たいって言ったからこうなったのか?
それだけで何でこんな目にあうんだよ
バカだからか?頭悪かったらいけねえのかよ
メガネでアホで異世界小説好きだったらこんな目にあうのかよ
神はクソか?いや信じてねえよ神とか
いや神をディスる気はねえよすみませんごめんなさい
すみませんでもちょっと出てきてくれなんか説明がいるだろこれ出てこいよマジで誰か
何か教えてくれる奴いないのかよ
何で誰も助けてくれない?
何で俺は死んだんだよ
『!!』
不意に扉が開く硬い音がして、ワタルリは驚いて顔を上げた。
さっきの殺人鬼の背の低い方が戻ってきたのだ。
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なおそんなに嘆かない模様




