プロローグ 『 魔王はヤバイよ 』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
” 異世界 ”という言葉がある。
一説には異の字は鬼を意味するとか。
つまり異世界とは鬼の世界?
どうして鬼の世界なのかは、解らない。
━━━━━鬼ってなんだろう。
たぶん鬼はそんなに悪いやつじゃない。いや、悪い奴もいるけど、いい奴もいる。
で、鬼は悪役を自ら買って出て人間を試したり、暴れたりして、最後はやられてしまう…知らんけど。
鬼とかオーガとか、そういうのは異世界系の物語によく出てくる。強さとか悪さの象徴的なイメージあるからな。
で、異世界の世界っていうのは、異世界だから、俺らの現実の世界とはちょっと違う。
いやだいぶ違うんだろう。
こっちの世界とは法律も違う。殺し合いもしょっちゅうだ。
魔族と人間が争ってて、エルフが人間を助ける。
ドワーフが伝説の武器を作る。賢者が迷宮を攻略する。
ダンジョンには宝があって、地下深くで見つけた不思議な腕輪を装備するとめっちゃ強くなる。
森にはかわいい妖精がいて、回復の泉の場所を教えてくれる。
最初のボスと戦ってる時に殺されかける主人公。そこへ颯爽と助太刀に現れるのがヒロインの美少女魔法使い。いや、パツ金巨乳のビキニアーマー戦士姉さんでも良き。逆に助けるパターンもアリだ。そして仲間になり、旅をし、艱難辛苦を共にするにつれ、いつしか離れ難き恋に落ちていることに気がつく。
きっと異世界は楽しい。
地底世界があって迷宮がある。空には島が浮いてて、王国があって、魔法とかあるし、美少女の魔女とか、一見怖いけど実はめっちゃ良いやつな騎士団長とか、困ったらヒントを教えてくれる気さくな第3王子とかがいる。
仕事を紹介する冒険者組合のギルドで魔物退治の依頼を受けたり、酒場で新しい仲間と出会ったりする。
魔王がいて、魔王を操る邪神がいて………━━━━━━━━━━
「━━━異世界に行ってみたいものよ」
「は、なんで? てゆうかその言い方キモっ」
夢の異世界生活に憧れる平凡なメガネ男子高校生、艮 弥瑠璃は下校中に嘆いた。それを聞き付けた友人の田中 左門に質問と嘲りを同時に返されて、ワタリは言葉に窮する。行ってみたいじゃないか異世界…わからんのか。
「ハマってるから」
「どハマりしすぎやろw」
「なろう小説の読みすぎでは? wウッシー最近そればっかりやからなーww」
ウッシーとは艮 弥瑠璃の渾名だが、ワタルリ本人は気に入ってない。「ウッシー」とかなんか嫌だ。渾名を名付けたのはこの友人、尻沢 生虎である。
ワタルリはここのところweb小説の読書にハマっていて、その中でも異世界系のジャンルばかり観ている。
でも友人二人はラノベを読むことはほぼ無いそうだ。
たったそれだけのことだが、それが何故か最近ちょっとワタルリと彼らの友人関係にある種の溝のようなものが出来つつあった。
もともと友人二人とワタルリは漫画やゲームや音楽や格闘技やネットやTV番組など、多くの趣味の気が合って小学生の頃からよく遊ぶ友達ではある。
しかし、さすがに高校2年にもなると共通する趣味が違って来ている。
付き合う友人もそれぞれ別に広がっており、3人だけで遊ぶようなことも少なくなっていた。こうして3人で下校しているのは、家が同じ地区なので下校中に会うことがよくあるから、という感じ。
そして、ここでまた友人たちと趣味が違っている事を実感している。異世界小説について語っても共感を得られなかったから。
ワタルリは、もうすっかり自分は2人とは向かう先が違う道を進んでいるのだと予感して、変な気分になった。
「異世界行ってなにするん?」
「魔王倒す」
「魔王かわいそうやん…w」
「いや悪いやつやで魔王」
「マジ? 魔王どんなん? ウッシー」
魔王どんなん? と生虎に聞かれて、またワタルリは言葉に窮した。
魔王といえば悪いやつに決まってる。どんな悪党かなんて知らん。
だが、ふとワタルリは気づいた。
━━━━━俺が勝手に魔王は悪い奴だと思い込んでいるだけで、本当はいい奴かもしれない。なんかこう、悪者を演じる的な…。俺は頭っから魔王を残虐な酷い奴だと概念上で思い込んでるんでは?
ワタルリはマジ恥ずかしくなってきた。
友人たちに浅慮な奴だと思われただろうか。
だけど悪い奴やでと言い切ったからにはその程で行くんじゃ。
「まず魔王はヤバイよ」
「wwどうヤバイんや…w」
「考えてから喋れよウッシー! w」
「まずな…魔王は……」
確かにワタルリはこの先は考えてない。やや思案するように黙り込んだ。
田んぼ道を3人のチャリンコがカラカラと音を立てて惰性で走る。
ワタルリの言葉を待っているサモンとセイコはさしたる興味もなさそうな顔で魔王の話の続きを待っていたが、間も無くそれは語られ始めた。
━━━━━そうさな、魔王は悪いやつよ。
まず人殺しやね。迷いがないもん。人殺す事に。もう自分で殺すのに飽きて組織的に人間狩りしてる感じよ。部下とかに命じて『ちょっと殺ってきて! 』って頼むんよ。そしたらその部下が効率的に人間殺すために会社作って魔族募集して、めっちゃ、グアァー人間殺しにくる。人間も戦うけど全然勝てん。魔族はもうすごいから。勢いが。急にくるし。
人間ではないんよ魔王は。魔族よ。魔族の中の一番強くて悪いやつ。長年人間と争ってる。
え?ああ、魔族ってのはなんか…悪魔が…作った…なんか、人間の悪い…バージョン……みたいな。
あと魔王、人間喰うしね。魂をなんか、喰う。で、食われた人間はもう地獄で最悪な環境で労働させられるんよ。酷いやろ?あー仕事の内容はもう……グロい。拷問やね
「ww拷問て…w 労働って言っただろおまえww」
「うん。労働と言いつつ拷問するから。だから悪いやつよ魔王」
「それウッシーが魔王なんちゃう? ww 」
━━━━━俺は魔王だったんか
ワタルリは生虎の言葉にドキッとした。
そういえば今の会話の流れだとなんだか実は俺が魔王みたいな展開だな。黒幕みたいな。
他に魔王の特徴などを聞かれたワタルリは思いつく限り魔王の蛮行を語った。
━━━━━まず魔王の衣装はといえば素肌にジャケットであるという。下着はつけない主義で、スラックスは革パンしか履かない。紳士にあるまじきスタイルといっていい。なお、部下の制服は肩パッドとモヒカンに統一しているという。
問題なのはそれらの衣装の素材や取得方法である。基本的に人間からぶん取るとか、人毛や人革を用いるという。グロいな。
食物は主に人間であるが、魂を欲する魔王は人肉を食せぬという。何でも肉体は大地の神等にリリースするのだとか。何だそれ。
人肉を好んで食すのは魔王以下の部下供だとか、そういう趣向のある魔族の個性によるという。
住み家は城郭を好むがそうそう手に入らないので、だいたい遺棄されて目立たぬ廃城とかに勝手に住んでいる。しかしそれも数に限りがあるため、物件を巡って他の魔王と骨肉の争いになることもしばしば。それでも魔王たるもの城に住まうのが習わしで、民家のような屋敷に住むのは異端だという。
手頃な城がない場合はちょっと手が込んだ仕込みをする。
王族の端くれみたいな末端の王子を手助けして、勢力をつけた王子が王になり立派な城を新築した直後に攻め落とすのがよくあるパターンだとか。それもう自分で作れよ。
「おまえ妄想ヤバイな」
「変なリアリティーあるよウッシーw」
「おぅ。魔王は━━━━━━━━━━」
━━━━━魔王は大勢いる。そして魔王達の上にも大魔王、魔皇王や魔神、天魔などもいて種類や階級制度があり、完全なる縦社会だという。魔族が結託して世界を蹂躙しているのだ。人間の居場所はあるのかそれ。
ともかくそういう魔族が人間やエルフや獣人、巨人やドラゴンといった異世界の住人達にプレッシャーとストレスを与え続け、魔王達が異世界の生存競争社会を回している。
それはその異世界の宇宙の原初からの取り決めで、星々を━━━━━━━━━━。
気を良くしたワタルリが魔王についてさらに妄想を語ったところ、その魔王が複数いたり、上司のような別格の存在がいるという設定がワタルリの中の既知の事実らしいことに友人たちは感心した。これはもうダメだと。oopsだと。
すると、ワタルリが妄想語りに夢中なところへ左門が口を挟んだ。
「ウシトラ。おまえ〜受験どうすんの〜?」
「…え?」
「ウッシー。大学行かんの? 何するん? 将来」
「…え?」
「”え? ”じゃねぇー!! ww」
「”え? ”じゃねーよウッシー!! www」
「ドゥフフ!!!www」
「ヒャwwッヒャww!!!!!!wwwwwww」
「あっははwww!!!!!wwwwww」
3人はゆらゆら漕いでいた自転車のペダルを止めて田んぼ道でお互いの顔を見て盛大に笑った。何故か3人共ツボにはまって笑いが止まらない。もうダメだこれ。
あんまり急な爆笑なので国道沿いのコンビニ前にたむろするJK数人が一斉にこっちを見ていた。全員見知った顔の少女達である。彼女らに別段の表情はなかったが、何故か俄かに全員が笑顔になってこちらを見てはピョンピョン跳ねたりこしょこしょ囁きあっている。だが、彼女らにワタルリ達の会話など聞こえてはいないはずだ。この現象が何かというと、単純に注目を集めているのがワタルリの友人で中性的イケメンの尻沢 生虎なのである。遠目の視線にしてもよくわかる彼女達の好奇の眼差しだった。笑うイケメンの顔がそんなに……そんなに少女達にとって尊いというのか。
誰一人としてワタルリを見ている少女は居ない。まあそれはいい。それよりピョンピョン跳ねる彼女らの短いスカートから突き出るむちむちした生足をガン見してしまっている自分に自分で気付いたワタルリは意を決して目をそらした。
3人の今の話は重要な話題のはずだ。進路についてである。
ワタルリの現状は、このままではあまりにも何と言うか、未知数に過ぎる。いや、ある意味では決定してしまっているとも言えるだろうか。
笑うようなことでは無い━━━━━という正論は、まだ少年の面影濃い彼ら3人にはほぼ無かった。
そんなに深刻な気持ちになんてなれない。何しろ若く、バカで、アホなことを喜び尊ぶ子供らしい明るさがまだまだあった。社会とか給料とか世間体や一般常識とか、大人になる事をあんまりそんなに真剣に考えてない。何とかなると思ってる。
とはいえ、世間的に言ってしまえば、高校3年の夏にもなってワタルリは将来の”やりたいこと”が何も無いヌケサクと周囲から思われている。「まだ若いんだからゆっくり考えればいい」なんて言うのは親戚や近所のおっさんだけだ。県外へ単身赴任している父親からは「進学しないなら何でもいいから就職しろ。最低でもアルバイトだけは絶対にやれ」とだけ言われている。担任の教師からは時々進路を聞かれるが、地元の大きい工場で自動車や精密機械などの生産ラインへ勤める事を進められている。だがワタルリ自身は仕事に興味が持てず「はぁ…まぁ」みたいに生返事をするばかりでいた。ワタルリの地元の大人達の間では、地元の大きな工場の正社員を目指すのが一般的なコースであり常識という考え方があるようだった。
友人達が進路を決めていく中で、ワタルリは何も決めていない。とっくに競争社会のレールからは外れている。
ワタルリはひたすら毎日を”好きなこと”に費やして過ごしている。それが今は、異世界小説を読む事だった。将来の仕事なんて今はどうでもよかった。ワタルリはそういう人間である。
一見、ワタルリは明るく構えているかに見える。だが実際は彼自身に少し後ろ暗い気持ちが無いでもない。(このままだとヤバくない? )という漠然とした不安は、ワタルリとてあるのだ。将来を思うと心の背後にヒヤリとしたものを感じる時はある。
ワタルリの目の前の友人二人は進路を自分なりに決めている。
田中 左門は東京の美大へゆくと言う。彼は将来の仕事の希望などは曖昧なようだが、ダンスやら絵やら興味のある事をやってみたいのだとか。家業の農業は別にいつでもできるから、今は遣りたいことを遣るのだと言う。だがこの前に会った時は「自衛隊に入る」とか言っていた気がする。うーむ。どういう心変わりだ。
尻沢 生虎はどこだったか入れそうな大学へ行って適当に単位を取りつつ、その間は海外へ留学したり、英語やプログラミングなど覚えて小さな会社をやりたいのだとか。卒業後には起業するとかクリエイターになるとか言っている。そんな上手くいくかね。熱中していたバンド活動はもう辞めるのだろうか。この男は長いこと交際している一個歳下の彼女がいるのだが、彼女の事はどうするつもりなのだろう。まあ知らんけど。
他の友人も皆、それぞれの人生を歩む分岐点に立っているのだ。
もうすぐ卒業だと言うのに高校を中退して解体屋や鳶職で働き始めた者達は、意外とお金を持っていて元気そうにしている。
中学の時から家に引きこもっている者はどうしているか解らないが、噂では何かの施設に入れられたと聞いた。
同級生の彼女が妊娠してあわあわしている者もいる。役所で事務員になるツテがあるらしかったが大丈夫だろうか。
高校を卒業したら出家して寺を継ぐ修行に入る者もいる。住む世界が違うと感じる。
真実を知りたいとか言って休学し、中東へ旅立った者もいる。高校を留年するのだろうか。
アイドルグループの追っかけをしていてアルバイトとファン活動に全ての時間を使っている奴もいる。フリーターになるのか。
暴走族を作ったり強盗をしたりと素行が悪くて少年院へ入ってしまった者もいる。運送業へ縁故採用される見込みだそうだ。
そいつと似たような経緯で暴れすぎた奴は、高校生ながら怖い組織の構成員に内定してしまってる者もいる。地元にいる限りはもう逃れられないだろう。
薬物に依存して補導された者もいる。就職はするだろうが、また同じ事をしたら今度は逮捕されるのだろう。
行方不明になった後に都会の風俗店で発見された者もいる。金銭感覚が狂ってしまってもう他の仕事はやる気出ないだろう。
変態的なエログロやスピリチュアルや変わった宗教やオカルトや極端な政治思想などに傾倒した者達もいる。専門学校や大学へ行くらしいが、将来は新聞や雑誌やTVなどメディア各社でライターや記者や編集者、動画制作、クリエイター、広告業、いろいろな働き口があるらしい。
アニメやゲームが好きな者達はその道へまっしぐらだ。声優や漫画家やアニメーターを目指してすでに活動している。
突然に自殺してしまった者もいる。その原因や理由は分からないが、何があったのだろう。
偏差値の高い大学へ行く者達は勉強が忙しいらしく、皆全く疎遠になった。将来は教師や医者や弁護士や何かの研究員になるんだとか。
皆、中学の頃までは一緒に遊ぶことが多かった。ゲームだの、釣りだの、イベントだの、部活だのと、同じ時間を共有していた。でも段々、お互いの道が逸れていった。
「━━━━━という感じで、皆なんかかんかやってるんだし、ウシトラもなんかやれよ」
「お、おぉ…?……」
ワタルリは何だか左門から励まされてしまった。何でだろう。
そんなこと言われても俺はラノベ好きだし。という小さな反発心だけが湧いた。何もしてないように見えるのだろうか。
異世界を夢見るワタルリを哀れとも思い、妄想話を聞いていた友人たち。進路の話で一旦は爆笑したが、話すに連れ微妙な空気になってきた。
なので今日はお開き。
3人は適当なタイミングでめいめい家路に向かい別れる。
だいたいいつも、左門が思いついたように別れを切り出す。
「あ、じゃあなウシトラ」
「おー」
「バイバイキーン! ちょ、左門! 俺にも”じゃあな”って言ってよ! 」
「「ww」」
「じゃウッシーまた明日〜バイバイキーン! 」
「おーー」
左門はいつも生虎には”さよなら”を言わない。
なぜだろう。
それがお約束だった。
ワタルリはワタルリで「おー」しか言わない。
黄昏時をちょっと過ぎて、夕日はもう沈んだ。
西には紅い空と、東には青黒い空。
黒い山や家々の景観が帰路を冥界のように曖昧にする。ワタルリの心も憂鬱に沈んだ。
主道から逸れて田んぼ道をダラダラ進む。
遠くの道々にはコンビニやパチンコ屋の明かりや、ライトをつけた沢山の車が走っているのが遠目に見える。農道には時折すごいスピードで走り抜ける車がいる他は、田畑に屯するカラスにチラチラ見られるか、犬を連れて散歩するオバハンなどとたまにすれ違うくらいで、ワタルリは1人っきりだ。
1人でいるのは、少し寂しいけど自由と安らぎを感じる。田舎の暗さは憂鬱なばかりではない。と言うか、憂鬱さがネガティブな感覚とも限らなかった。ゆるくてダラダラしていて、ワタルリにはちょうど良かった。
田んぼ脇の農業用水の深い深い堤にかかるボロボロのコンクリート橋を渡る。下は、幅3メートル程度の、川といえば川だ。いわゆる「どぶ川」の大きめバージョンである。日が落ちた後の深い堤の下のどぶ川は真っ黒くて、流れる水の音がちょっと不気味に聴こえる。バケモノがいそうな気がしてくる。
堤に植えられた柿の木も非常に侘びしい。なぜ田園風景にはポツポツと離らかして木が植えられているのだろう。
夕暮れの田舎の景観は人の心を叙情へと誘うようだ。憂鬱に沈むことは苦しくはなかった。ワタルリは不思議と気持ちが安らいでいる。
つまり妄想が捗るのだ。1人の帰り道はいろいろなことを取り留めもなく延々と考えてしまう。
最近のワタルリの妄想は異世界のことだ。マジでハマっている。漫画もアニメもいいが、異世界系の小説は最高である。情報の密度がすごい。好きな作品のweb連載が更新された時の嬉しさは他に変えられない喜びがある。
あのキャラはこのキャラと戦ったらどっちが強いか。あの敵にあの技は通用するのか。こんな時はあのキャラならなんて言うか。このシチュエーションならあの主人公はどうするか。
さらに妄想は飛躍して自分のことのように混同し始める。
━━━━━それらの異世界に自分が入ったら、どうする
まず死なないように守備系の魔法や回復魔法を覚えるか…
いや、最初の状況にもよるが、まず仲間を見つけないとすぐ死ぬだろ
最初のシチュエーションが肝心だ
急ぐ感じの冒険なら結構大変だろ。優先順位と段取りに気をつけないとすぐ死ぬ可能性があるし、先を急いでも自分の能力が低ければ強敵に出会ったら勝てずに殺される…
いや、やはりチート能力とか付与されるんだろうか。いやぁそんな甘いことはないでしょう。でもワンチャンほしいね!
そうだなぁ…
怒りのエネルギーで金髪になって空飛んで全てを吹き飛ばすオーラを放つとか。でも強さがインフレすると…とか考えだすと、いつも妄想が行き詰まってしまうな…
…戦うばかりと言うのも、何だかなあ。異世界の冒険を味わいたい
キャンプしながら旅をして、砂漠や草原や熱帯雨林や渓谷を渡り歩くし、自分の船に乗って海を渡り島々を巡るし、飛行船やドラゴンに乗って空の島を冒険するし、謎解きや遺跡の発掘、宝探しもいい…
ギャンブルや狩猟、魔法の研究、秘密結社の結成、亡国の復興、果ては街や国づくりも面白い。島から作るか
恋愛もいいね。仲間の女戦士と野営中にやることやって子供ができたりするんだろうか。で、結婚。でもその辺はなんか想像がつかないけど。だが節句巣はしたいぞ。そこは単純に性欲がある。異世界なんだから嫁が3人いてもいいだろう。合意なら無問題
色々な妄想で頭がいっぱいになる。
さっきまで友人達と話していた進路の話はもう完全に頭から消えていた。
「あ〜異世界行きてぇ〜」
ワタルリの嘆きは誰の耳にも入らず虚空へと消えていく。
慣れた田舎の帰り道。考え事をしながらでもチャリンコごとどぶ川に落ちるような失態にはならない。
農道をいくつも越えて山肌の森に沿った暗くて細い道をノロノロ進む。ワタルリのチャリはライトがもうダメになってて点かないのでまさに闇だ。これは交通ルール違反。
ふと思い出す言葉がある。
『夕暮れ過ぎたら木陰に入ってはならない』
死んだ祖母が言っていた事だが、とても縁起が悪いのだとか。縁起が悪かったら何なのだ。でも、夕暮れ時になるとワタルリはたまに思い出す。
だが今はもう木陰どころか山の森の影に入っている。すぐ横の杉の木立の方はあえて視線をそらして見ないが、闇らしい闇だ。真っ黒な世界。まあまあ怖い。
だが今のワタルリの目を見る人がいたら、きっと闇を見るより怖い思いをするだろう。
異世界に思いを馳せるワタルリの顔はニチャっとした半笑いになっているが、特にその目が何処を見ているのかわからない感じでヤバイ。マジで異世界のことで頭がいっぱいなのだ。目がイっちゃってる。
ワタルリが今、妄想しているのは魔王のことだ。
さっきの妄想話で友人からの「異世界行って何するん?」との問いに「魔王倒す」と即答したのは反射的なものだった。特に何も深い考えはない。
異世界の各地域を支配する魔王達。王城を奪い、人々の生命と財産を奪い、人間達と戦い、殺す。その魔王を当然、俺は討ち倒す。理由は特にない。討伐されるのが魔王のお約束であり、魔王の役目だから。氏ねって感じ。
だが、だが魔王がもし━━━━━━━━━━━━━━━
「ッヘーーーーーイ!!!!!!!!!!!!!!!! 」
「!?」
絶叫が聞こえて前に立つ何かに気づく。ワタルリのチャリの前に立ちはだかっているのは黒い何かだった。夕闇から出てきたような黒い人影は暗く、夜の森の下草の闇を背景にして黒過ぎて誰なのか何なのか分からない。
チャリンコが奇奇として大げさな音を立てて止まった。てゆうか止まれなかった。正しくは黒い人影にもろにぶつかった衝撃で止まった。
「アッ!? ゥゲッホぉ!!! 」
人影は呻いて体をくの字に折って屈み、口から掠れた息を吐いて咳き込んでいる。
何者だろう。暗くてよく見えないが、苦しそうにしているのはワタルリにも分かる。
「ゴゴッホォ!! コッホ! カッハ!! ウェ! …アァア…!!! 」
「あ、だいじょうぶですか」
「ダイジョブチガウバカーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」
ワタルリが覚えているのはそこまでだ。
その直後の記憶は曖昧である。
━━━━━何か闇のようなものに包まれたように思う。頭を、いや意識を。
正面にいた人影から何か恐怖を感じたのは覚えている。
それっきりで、ウシトラ・ワタルリは地球から消えた。
nanasino twitter
https://twitter.com/lCTrI2KnpP56SVX
なおそんなに嘆かない模様
この作品はしょっちゅうその内容に加筆修正とかあります。
たまにめちゃくちゃ前の話まで戻ってざっくり展開を変更しちゃったりしますw
タイトルすら何度も変えてるので今後も変わる可能性アリ。
加筆修正の有無はサブタイトルの右端にある『(改)』にカーソルを合わせると「何日何時何分に改稿」とポップアップが出るので参考に。
挿絵はね。短編なんかには描いてますが、気が向けばもうちょっとちゃんと描こうかなと…