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小説『イヴと金髪少女の記録』 記録―600年のデータ

作者: 夏城燎




 燦々とした大地


 壮大な大地には風が靡き、森の木々達が思わずワルツを踊りだすような軽快さ。

 緑の大地に蔓延る邪魔なつる植物。それは大地を緑に染め上げ、その中心に存在していた湖は人魚が暮らせるほどの美しさだった。


「……ぁ」


 声、それは幼い幼児の声だった。

 自然に似合っている香色のカゴに揺られ、自然の動物を振り向かせるほどの生気を見せた。そしてその生気に、何かが気がついた。


 それは奇っ怪なモーター音を鳴らし、カゴの中に居る女児を抱き上げた。


 白い肌、その中には沢山の鉄で出来上がった、いわば機械生命体。


「ぁ……あば」


『………』


 伸びてきたのは小さな手


 機械ながら感じる暖かさに思わず魅了される。


 自然豊かで暖かいこの場所で、ただ1つ、1つだけ。冷たい生命体が居た。

 冷めた機械音を森に響かせ、その異様さに動物たちが引くレベルの物。


 細い腕に抱えられた赤ん坊は白い毛布に包まり、それは純粋無垢の瞳を開いた。


 青い瞳、それに見合った美しい金の髪の毛。



 機械生命体、通称『イヴ』は。初めて、人間の尊さを感じ取った。



「まま?」


『違います。私は貴方のお母様ではありません』


 子供相手に正直に答えるイヴ。だがそれを理解するだけの知能は子供にないのだ。


 と言うか、機械生命体と言っても所詮機械なのだから感情なんて物も人も心なんて物も無い。

 思いやりも無ければ優しさもない。イヴはこの滅んだ世界で、ただただ存在しているだけだったのだから。



 最初は苦労を極めた。


 次第に大きくなる女児を養える程、機械は賢いわけではない。

 思いやりも愛情も知らない鉄の塊は、ただ困っていた。



「おなか空いた」


『……お腹は空きませんよ?空腹なら空腹と言ってください』


「でもおなかすいたもん」


 人間で言う4歳程だろう。

 そこまで来ると言語能力を獲得し、そこで初めてイヴと対立をする。


 人間で言う例え話というか『感覚』をイヴが持っているわけないので。お腹が空いたと言う文面もまともに理解できない。


 何故ならイヴは機械。

 どこを触っても冷たい鉄で、温もりと言う物を持っていない。だからイヴは困った。


 最初は何とか支えようと面倒を見て居た。だがそれは人間が想像できる面倒をの見方ではなく、あくまで無言を貫き、成長していく女児を見ているだけだった。


 非常に合理的、そう演算したのだろう。

 だが人間は合理性を求めた末に生まれた存在ではなく、あくまで非合理的だ。


「あそぼ」


『……遊びたいのですか?』


「うん」


 大きくその頭部を前後に降る。人間流の肯定サインだ。

 この頃になると、子供は好奇心に敏感になる。


 あれは何だろう。あれはどうなっているのだろう。

 人間の祖先が最初に感じたのが『疑問』だと言われている。疑問を抱きそれを心の枷とする。


 その枷を、人間は『答え』という形で外していった。



 疑問が明白になると言うのは人間に取って凄く気持ちい感覚。いくら女児と言って、その欲に従順なのが人間の性なのだ。


「ちがう。もっと投げて!」


『投げてはいますが。もっと、とはどう言う意味でしょうか?』


「えっと…だから!もっと…もっと、」


『……もっと?』


 川の河川敷。緑の自然に囲まれた世界で唯一流れている美しい川。それに向かって、女児はイヴに話しかける。イヴに手渡したのは小さな石ころ。それをイヴに持たせ、女児は投げろと言った。


 もっと、というのは色んな取り方がある。もっと…の後に何が付くのかによって意味が変わってしまうのだ。


 もし、もっといっぱい投げて。なら沢山の石を投げろと言うことに他ならない。

 もし、もっとスピードを付けて投げて。なら全力で投げればいい。



 確かに機械生命体であるイヴは高性能だ。

 だが、人間の感覚を理解できないため、考えていることが読めないのが欠点だ。人間の感情を演算なんて、イヴにとっては難題な演算を求めているのと同じだ。


「……もっと、ずきゅーん!って投げてほしい!」


 擬音の説明。ここまでヒントを出されると流石のイヴも理解しだした。


 なぜここまで女児の言語能力が低いのかと言うと、まだ小さいからと言うのもあるし。何よりイヴが積極的に教えたわけではない。

 あくまでイヴは質問されなきゃ答えない。自立し考え何をするか、それに特化した機械など、それはもう人間と同じ感情を備えた機体である。


 だがイヴはそうじゃない。自立型であるのは確かだが、感情を持っているかという観点では持っていないと答えるしかないのだ。



 だから女児が考えている事も伝えたいことも、全て音声データとしてでしか判別できない。


『ずきゅーん』


「……え?なにしてるのママ」


 どうやら、イヴがたどり着いた答えは間違っていたようだ。イヴが取った行動は両腕で全力ハートを作り。何の愛想も感情のない声で『ずきゅーん』と口にするだけだった。


 イヴに『ジョーク』をプログラムした覚えはないが。これが彼女なりの答えなのだろうか。


「………」


 女児に引かれているではないか。




 それから数年がたったある日、ある事件が起きた。


「信じらんない」


『………』


「ママは…ママなんだよ!?」


『私は…母親ではありません。あくまで機械、人間のような暖かさも、人間のような奇想天外もない。――ただの【人形】なのです』


 寂しそうに言うわけでもなく、あくまでハッキリと。


 人間の女児、いや、もう少女だろう。それは小さな事から始まった。

 少女はあくまで自分を子供として認識していた。


 だけど、イヴは機械生命体。

 少女の事を自分の子供だと言うのを否定したのだ。



 自分が人間と違うと言うのをこの生活で1番感じていたのはイヴだったのだ。


 読めない人間の心理

 分からない行動原理

 1番困り悩んでいた張本人はイヴだった。


 この数年、イヴは少女を養い教え育ててきた。だけど、それでも。自分を母親と認められない理由があったのだ。


「私は……! 私は…、貴方に育てられたのよ!貴方に、貴方にだけ育てられた!ねぇ、ママ!」


『………』


 必死に諭そうとしてくる。だけどそれでも、イヴは動じなかった。あくまでイヴは音声データしか感知できない。

 それが仇となった。人間の感情も、気持ちも、苦しみも、愛情も理解できないのだ。


 何故なら、イヴは鉄の人形だから。


『ごめんなさい。私にはわかりません』


「………」


 イヴはあくまで母親ではなく、機械なのだ。

 温もりも優しさも感情もない。


 ただの機械



 だから、いずれこうなっていた。

 自分を人間じゃないと1番理解している。だからだ。


「もう…しらない」


『………』


 少女は、森の奥へと駆け出した。



――――――――――――――――――――



 私の母親は人間じゃない。


「信じ…らんない」


 どこを触っても固くって、どこを触っても冷たい。

 母さんは自分の事を『機械生命体のイヴ』と言うが、私にとっての母親はあの人なのだ。


「……頑固なんだから」


 母親は、自分が人間ではないことを頑なに通そうとする。それは何故なのだろうかわからないがそれが発端で喧嘩をしてしまった。


 あの母親なのだから、きっと追いかけては来ないと思う。


 あくまで自分はロボット、機械なんだと言い続けてきたのは母自身だ。

 合理的な事以外の事をする人ではない。



 あの人の最適解はいつも機械的だと思っている。




「馬鹿……ばか」


 少し、少しだけ期待していた。


 もしかしたら、感情と言うものがあるのではないかと。

 空を見れば、もう満点の星空が輝いている。本当に来ないんだ。最初から迎えに来るなんて思考に、至らないんだ。

 

 空は黒く塗りつぶされ、五月蝿い虫の声が森を包んだ。思わず空を見上げ、そのまま考えてみた。


「じゃあ……私のお母さんって誰なのよ」


 イヴは私を拾ったと言った。それは本当なんだろう。


 では、私を産んだのは誰なのだろう?


 自分の母親を知りたかった。

 どんな顔してるんだろう。

 どんなに優しいのだろう。

 どんなに柔らかい肌を持っているのだろう。


 何度想像したことか、何度夢見たことか。


 いつか迎えに来ると思いたくても、それは思えない。何故なら人間は滅んでいると聞かされたからだ。

 イヴもなぜ私が生きていたのか理解できていないと言っていた。私だって分からない。私だけ生きているって言う孤独は、1人だけと言う孤独は、永遠に無くならないのだから。


 あんな不器用すぎる母親なら、あんな機械なら、私は本物の母親と一緒に滅んだほうが、まだマシだった。







『――探しましたよ』


「え……?」



 唐突、背に寄りかかっていた木の裏から出てきたのはいつも見飽きているイヴの顔だった。



――――――――――――――――――――



「………」


『………』


 沈黙。人間の気持ちが分からないアンドロイドだからこそ。沈黙と言うのは困るものだ。

 何を思い何を考え、何を求め何を望んでいるのか。


 沈黙と言うのは、音声データで物事を判断する私には不向き。最悪な環境だ。



 だけど。


『私は、貴方の母親ではありません』


 私は。確実に言わなければいけないことがある。


『私は、』


 それは自分への肯定。それは自分の確立。


『――私はただ、貴方を孤独の地獄に落としたくないんです』


「………」


『私は、この数百年の間ずっと孤独でした。……ずっと、と言うのは難しい言葉と言うのも知らずに、ただ自然を見て来ました。だけど貴方に出会って、初めて理解したのです。ずっと居る、ずっと見ている、ずっと支える。それだけで、私の孤独は埋められました』



 機械生命体。AIのイヴ。


 孤独と言う言葉を使っているが、それはあくまで例え話。

 機械が感情を抱くことも出来ない。それはイヴが1番理解していた。


 だけど、ここで言うべき言葉は。何となく演算できた。

 この少女と出会ったおかげだろう。この子との生活が、私にとっての経験だった。振り回されたときもあった。我儘を言われたときもあった。だけどそれをどう返せばいいか分からずに困った。だからこそ、彼女の母親を名乗ることが出来なかった。



 本当なら、人間の母親なら、もっと上手にできるはずだから。


『私は人間に作られたロボット。機械生命体イヴです。そして、貴方の介添人です。人間の母親じゃなくて申し訳ない。私は人間の心を理解は出来ません。だけど、《一緒に居る》ことは出来ます。貴方を見て聞いて、時に遊んで。それだけなら』


 同じ木に背中を預け、そのまま空を見つめる。黒い空を見つめていると、時期に星が見えてくる。


 この世界は美しい。この景色を貴方に見せたかった。大きくなった貴方に見せて。



 ――ただ、喜ぶ姿を見たかったのです。


『母親らしい事は出来ませんが、貴方を守り、一緒に居ることは出来ます――介添人として、貴方を守ります』


 それは絆だった。暗い森の中で、イヴは少女へ手を差し伸べた。それは決して暖かくも無いし、それは決して柔らかい腕ではない。だけど…。


「しかた……ないわ」


 そうへそを曲げながら、渋々と手を絡ませた。よそよそしい手付きで、冷たい鉄の腕を握る。すると――。


「え?何してるの!?」


『……人間の母親が子供に良くする握り方と覚えていたので実行したのですが…不快でしたか?』


 俗に言う恋人繋ぎ。指と指を絡ませ、互いの気持ちを確認できると言う。確かに母親が子供に対してやる事だとも言える。だがそれはあくまで介添人のイヴがやっていいものではないはず。


 ならなぜ……。


「……ん」


 答えは明白


『……分かりました』


 少女の心情を組取り、その状態での最適解。


 初めて、機械であるイヴが、人間の考えを読んだ時だった。

 ゆっくり伸ばしてくる手。それはやはり小さく、まだ子供と言うのを自覚させる。その腕を優しく受け止め、恋人繋ぎをする。



 手のひらに感じるのは暖かい生命力。それは優しくって、まだ純粋な感情。


 ふと、力が強くなった。



 手のひらに感じるのは冷たい鉄。だけどそれは優しくって、冷たいはずなのに、心は暖かくなる。


 ふと、力が強くなった。



 お互いに感情を理解し、お互いを考えさせた。


――――――――――――――――――――



 そこから更に数年。女児から少女、少女から成人となる頃。


『これは…?』


「……作ってみたんだ。どうかな?」


 目の前には、思わず口が開くほどの物が作られていた。

 人間は発明の王だ。自身の想像力と知識、そして実行する行動力さえあれば何でも作ってしまう。何でも、何でもだ。それはイヴも含まれる。


「どう、かな?」


 木にそって結ばれた草の壁。だが、その草は見た目以上に固く。壁としての役割を全うしていた。

 一見、一見だけみた感想は。


『……家、家を作ったんですか?』


「そう」


 草で更生されているが、それはあくまで外装だけ。中身はきちんと木材で骨組みが組まれており。思わず言葉を失ってしまう。


 人間の創造性には驚かされる。


 確かに、家の事を聞かれた。そして外装や作り方を一度だけ語ったことがある。その一度だけでよくここまで作ってくれた…。


 ここまで野宿という形で過ごしてきたけど。私自身、それで構わないと思っていた。大雨が触れば洞窟へ、雪が降れば洞窟に穴を彫りそこを住処とした。


「感想も無いの?」


『驚きすぎて言葉を失ってます……』


「なら良かったわ」


 言葉こそ少し強いが、その態度は子供そのものだった。顔は赤く染め、人間らしい金髪と青い瞳が揺れている。親孝行と言うのだろうか?


『……私は介添人なんですが』


「いいのいいの。一生一緒に居てくれるんでしょ?なら家くらい……」


 ………。


「……どうしたの?」



 風、風が流れている。


 彼女が、あんな小さかった彼女が。こんなに大きくなって。あんなに少なかった髪の毛も、今では太陽の光を吸ったように輝いている。青い瞳はまるで数年間見ていない海のような広さ。


 初めて感じたのは貴方の尊さ。それだけで私は生きてられた。









 最初から、死ぬつもりだったのに。


『――私の内部バッテリーは。あと半年で切れます』


――――――――――――――――――――



「イヴ……!」


 それは、遠い記憶。


「許してくれ……イヴ」


 はか、せ?



 まだ知能があまりなく、賢さが無かった時代。子供の私に博士は重すぎる使命を課した。


「君の、君の任務は……文明を残す事だ。内部バッテリーは600年で切れる。その間に『ホープチャイルド』を見つけ育てるんだ……!!」


 『ホープチャイルド』と言うのは、まだ穢れのない新生児をコールドスリープ状態にして保存を行い。人類滅亡後にも活動できる様に地下深くに収容された子どもたちのことだった。


「それしか……この人類を救う。いいや、発明を、文化を、残したいんだ」


 博士はゆっくりとカプセルに近づいてきて。そのまま私を見つめた。

 よく見ると、博士は右肩を抑えている。指の間からは鮮血が溢れ、それは深刻な傷として博士の生命を脅かしている。


 助けなければ、と言う焦燥感が溢れる前に、博士は最後の言葉を残した。


「――まもなく……この国に爆弾が落とされる。この戦争は人を無差別に殺し、無知な命を脅かす最悪だ。お前だけは生きろ。文明を、俺達の無念を!お前に託す。紡いでくれ……頼んだぞ」


 腕、手形だ。血の付いた腕は私のカプセルに爪痕を残した。人の手形。それを見た事を皮切りに。


 私の意識は底に堕ちた。





 目覚めると、そこは朽ちた大地だった。


『……初めて見る景色が、人間ではなく、既に滅んだ世界だとは』


 皮肉げに語ったその言葉。それだけ口にして、私は歩き出した。


 博士の命令通りに『ホープチャイルド』を起こしに向かってもいい。


 だけど、何というか。私は1人で居たかった。



 それは博士を失った悲しみ、なのだろうか。目覚めた先は温かい世界だと思っていたのに、思っていたのと180度傾いた結果に。思わず釈然としない感覚を抱く。


 私は、森に入った。



 別に自然は悪くない、どこを見ても新鮮で美しかった。だけど、いつまで経っても心が満たされない。



 100年くらい経っただろう。未だに世界を旅していた。600年も猶予があるのだから好きにしてみたかった。


 そのまま200年300年400年と稼働し続けた。


 自然は飽きない。同じ場所で、見る位置によってまた別に見える。AIながら美しいと思うのは行けないのだろうか?


 感情と言うか、感性と言うか。それだけは私にあった。こんな世界を、朽ちた世界を、美しいと評せる程。私は感性を獲得していた。



 そして、579年の歳月が経った。


 結局……私は満たされなかった。どんなに美しい景色を見ても、どんなに絶景を見つけても。それを1人で見るだけだったのだ。孤独を感じた。

 AIが感情を手に入れたのかと思ったが。何かの間違いだと思う。


『……ここは?』


 そこは、『ホープチャイルド』の眠っている場所だった。結局ここまで来てしまった。あと経った21年で。どうしろと言うのだろう。


『………っ』


 それは、思わず固唾を飲むほどの美しさだった。


 地下へ降ると。広がっているのは無数に置かれたカプセル。その中は未だ稼働している様子で、でも、数々のカプセルは機能を失っているように見えた。

 600年だ。壊れてしまうのも仕方がない。



 その無数のカプセルの中で、たった1つ。目に映るものが合った。



 美しい金髪、そして美しい青い瞳。

 それに魅了されたのだ。


「ぁ……あば」


『………』


 第一声。赤ん坊にとっての目覚めの場所はあんな暗い空間じゃダメだと思った。

 せめて、知ってほしかった。私が見てきたこの世界を。美しさを共有したかった。一緒に語る相手が、欲しかっただけなのだ。



 もっと――。



――――――――――――――――――――









 内部バッテリー 


 残量『2%』 







 稼働年数 599年




 残り、1時間の命








『残り時間が少ないですね』


「……うん」


 もっと――。



 出来たばかりの家の中で、自作のイスに腰を掛けながら。最後の一時を鮮明に感じていた。

 彼女は、私に手を尽くしてくれました。でも、私の内部バッテリーの代わりになる物は今の文明レベルでは存在しないのは演算済みでした。人間なりの独創的考えを期待してみましたが、彼女にそこまでの知識は無かったのです。


 でも決して、私は生きたいと足掻いているわけではない。



 最初から死ぬつもりだった。


『……元々、短命でした。永遠の時を生きれないのは人間も同じです。――人は必ず、死んでしまう』


「……そうだね」


 人間のエゴを押し付けられ。それに振り回される人生は、息苦しいと思っていた。


『あぁ』


「……?」


 そう言えば、忘れていました。


『貴方に、言わなければいけない事があるんでした』


「……なに?」


 どうしてか、私は忘れていた。

 彼女に託さなければ行けないものがある事を。


 それは博士たち人類が望んだ文明の維持ではなく、あくまで個人的な物。

 それはアンドロイドである私にとって。大事なことだった。



「……何を、何を…?」



 困り顔で私にせがんできました。

 そうでしょう。私にとっての遺言を彼女は聞こうと、聞き逃さないようにと集中している。なので私は体を起こし。彼女の耳元に口を近づけ――。








『 ――あなたの名前、あなたの名前は【イヴ】です 』





 女児の名前、少女の名前、そして……あなたの名前。





『私の名前を託します。生きてください。自然を見て回って、私が見せたかった世界を、自分の目で』





「……うん」




 泣きそうな声を殺し、小さく頷いた。成人にもなって子供のように泣きじゃくるのは、流石の私でも見たくなかった。


 私はこの20年間。彼女に名前を付けていなかったのだ。


 だけどこの際だ、彼女に私の名前を託したかった。

 それは昔の人類。博士と同じ様なエゴの押し付けなのかもしれない。だけど、私は……。



 もっと――。





『私は何も変わりません。無言で貴方を見ていて、そこに居るだけです。話しかけても答えなくなっただけで。それだけです』


「……う…ん」





 【イヴ】と出会えてよかった。


 最初から、鮮明に覚えている【イヴ】との思い出。

 それは私の人生に置いて、凄く幸せなことだった。








 許して欲しい。1人にすることを――。


 忘れないで欲しい。1人ではなかったことを――。









『 ――ねぇ、イヴ。周りを見て! 』


「え……?」












『 こんなに美しい自然を、イヴに『もっと』見てほしかったわぁ 』


「……その言葉遣い…って」












『 もっと、もっともっと――。 』


「……ッ……うぅ…うぐッ!」























『 ――もっと、イヴと一緒に、娘と一緒に居たかった 』


「おかぁ……おかぁさん――!」













 母親と、イヴの記録は。ここで終わった。

 そして、イヴは歩き出した。







 何年の旅になるだろうか――、



 それすらわからないが――、





 少なくとも――。





「あっはは!」



 満面の笑みで。楽しそうに、スキップで。




 ――森を後にしたのだった。









 小説 『イヴと金髪少女の記録』


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