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君が僕を見つけた。  作者: 長月
18/18

2学期〈2〉




 その日は1日中教室が騒めいていて、他教室からも生徒が見にくるほどだった。


 「白王子と黒王子が仲良いらしいよ」とか「えっそうなの?あの2人ってそういう関係だったの?ショックー」といった話し声がそこかしこからヒソヒソと聞こえてきて、僕は小さなため息を飲み込んだ。


「まーどかー!あんなの気にしちゃダメだよ!二条院と友達って言ったらこうなるのはわかってたでしょ?周りなんて気にせず堂々と仲良くしてればいいんだよ」

「樹……そうだよね」


 樹にトン、と肩を叩かれてハッと目が覚めた心地がする。もともと僕たちが友達になったと明かせば学校が騒がしくなるのは予想していたことじゃないか。僕はそう自分に言い聞かせて背筋を伸ばした。


「ほら見て、二条院なんていつも通り全く周りを気にしてないよ」


 と言われて楓の方に目をやると、窓際の席で頬杖をつきながらぼんやりと窓の外の雲を眺めている姿がある。確かにいつも通りだ。思わずクスリと笑うと、樹も笑って、


「でしょ?だから円もいつも通り俺と仲良くしてればいいんだよ」

「あはは、そうだね」


 樹の言葉に元気を貰い、僕は再度笑った。


 そんな会話をしたのがつい先ほど。今は樹と話しながら時々僕たちを見に教室にやってくる生徒たちを眺めている。


 授業の合間の休憩時間、みんなも暇なんだなぁとおぼろげに思う。そんなことを考えていると、今日最後の授業の担当教師が教室へとやってきたので、樹も自分の席に戻る。


 僕も教科書とノートを開いて準備した。授業が始まる。僕はシャーペンを右手に持って先生の話に耳を傾けた。




◇◇◇




 キーンコーンカーンコーン……


 最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「よし、じゃあ次の授業はここの続きからやるからよく復習しておけー」


 英語の担当教師が出て行くのを見ながら、僕は教科書やノートをバッグにしまって帰り支度を始める。全部しまい終わったところで、今度は担任の会津先生がやって来た。


「よーし、じゃあホームルーム始めるぞー。今日の連絡事項は……」


 淡々と進んでいき、ものの1分ほどで先生の話は終わりを迎える。


「じゃあこれでホームルームも終わりだ、帰っていいぞー」

「はーい」

「さようならー」

「はい、さよならー」


 挨拶を交わしながら次々に教室を出て行く生徒たちを横目に僕も席から立ち上がると、楓が静かに僕の左側に立ち、


「円。帰ろう」

「うん!」

「あ。その前に山梨と話さないと」


 と言うので樹を振り返ると、樹もバッグを肩に掛けてこちらに近づいてくるところだった。


「山梨。朝言ってた話だけど」

「あぁ!ちょっとこっち来て。円はここで待っててね」

「あぁ」

「わかったよ」


 と教室の隅へと向かう樹たちを見送る。何をどのくらい話すかわからなかったので、とりあえずもう一度席に座って前を向いたまま待つことにした。思わず耳を澄ますが小声で話しているのか、2人の会話は全く聞こえてこない。一体何の話をしているのか、わからないことで心の奥がモヤモヤする。


 そして内心ソワソワしながら待って2分ほど経った頃、後ろから足音がして座っている僕の左右に楓と樹が並んだ。


「お待たせー、円」

「もう話は終わったの?」

「うん!今度は二条院も一緒に遊びに行ったりしようね」

「そうだな」


 と微笑み合う2人。よくわからないが、この短時間で遊びに行く約束をしてもいいほど2人は仲良くなったらしい。それにまたもモヤモヤしたものを感じつつ、僕は努めて笑みを浮かべた。


「じゃあそろそろ帰ろっか」

「そうだな。山梨は原と帰るの?」

「うん。一緒に帰る約束してるから大丈夫だよ」

「そっか」


 ということで、それぞれ手を振って別れる。


「じゃあね〜!また明日!」

「バイバーイ」

「ばいばい」


 2-5の教室の方向に向かって行く樹に2人で手を振って見送り、僕たちも玄関に向かって向き直った。他愛もない話をしながら進んでいく。


「そういえば今日の数学の授業理解できた?難しかったよね」

「まぁなんとか。分からないなら図書室で復習でもしてく?」

「いいの?したい!」

「いいよ。じゃあ図書室寄ろうか」

「うん!」


 ということで帰る前に図書室に寄ることになる。その間にも廊下にいる生徒たちにヒソヒソと噂されているのがわかるが、楓が隣にいると思うと不思議とあまり気にならなかった。そのまま笑みを交わし合いながら廊下を歩き抜け、階段を降りて1階にある図書室へと向かう。


 図書室の扉を開けると、埃っぽい本の図書室独特の匂いがした。図書委員の座るカウンターの前を通り、奥にあるテーブルへと向かう。テーブルには誰もおらず、この図書室には図書委員と僕たち2人だけだった。勉強しやすいよう横並びになって腰掛ける。


「じゃあまず今日のところからやる?」

「うん」


 他に誰もいないとはいえ、図書室ということもあって自然と顔を寄せ合って小声で会話を交わす。


 パラパラと教科書とノートを開くと、問題を再度解いてみることにした。


「やっぱり難しいな……楓、ここの意味わかる?」

「あぁ。ここはこの公式を使って……」


 楓の細長く綺麗な指が僕のノートをそっとなぞるのを眺める。淡々と語られる解説を聞きながら、僕は問題を頭に叩き込んだ。やがて正しい答えへと導かれると、下げていた顔を上げる。


「……なるほど。わかった!楓の解説はわかりやすいね」

「そう?なら良かった」


 無表情ながらどこか嬉しそうな楓に笑みを浮かべて、僕は次の問題に取り掛かった。


 先ほど楓に解説してもらったおかげで、スラスラと解き進めることができる。全問解き終わって答えが合っているのを確認すると、隣でノートをまとめていた楓が顔を上げる。


「……終わったの」

「うん、教えてもらったおかげで全問正解だよ」

「なら良かった。じゃあついでに明日の予習でもする?」

「する!」

「わかった」


 と頷く楓を見て、教科書の次のページを開く。問題例を見て、公式を当てはめながら問題を解き進めていく。ちらりと隣を見ると、楓はもくもくと問題を解き進めていて、僕もやる気が出てくるのがわかった。心の中でよし、と呟いて次のページの問題にとりかかる。やがて明日の授業で進むであろう数ページ分を終えると、僕はシャーペンを机に転がした。


「はぁ〜……。やっと終わった〜……」

「お疲れ。一応合ってるか答え合わせしようか」

「うん、お願い」


 どうやら僕が解き終わるのを待ってくれていたらしい楓にそう頷き返す。2人でノートを並べて答えを合わせていくと、1問僕と楓の答えが一致していないところがあった。


「あれ。これはどうなってるの?」

「あぁ……それはここで計算ミスしてるからだ」

「あっ、ほんとだ……」


 うっかりうっかり、と僕が恥ずかしさを誤魔化すようにニコニコと笑うと、楓も笑ってくれる。それに安心感を抱きながら、消しゴムで消して計算し直す。


 全て解き終わると、楓もシャーペンをノートの上に投げ出して頬杖をついた。


「終わったな。次はどうする?まだやる?」

「そうだね……」


 図書館に備え付けてある時計を見上げると、ここに来た時から1時間半が経過していた。意外と集中していたのだなと思う。僕は首を横に振った。


「後は家で1人でできそうだし、今日のところは帰ろうか」

「わかった。……次の試験、楽しみにしてるよ」


 と余裕そうに笑う楓に僕はムッとしながら、次こそは楓に勝って1位をとってみせるんだから首を洗って待ってて、とだけ告げると楓はさらに面白そうに笑う。それに若干の不満を覚えながらノートと教科書をしまい、帰り支度を始めた。


「楓は家で何時間くらい勉強してるの?」

「予習と復習合わせて3時間くらいかな」

「3時間だけ!?」

「?あぁ」


 そんなぁ、とがっくり肩を落とす。僕の場合生徒会がない日は家に帰ってから夕飯までの間に3時間、食べ終わった後に2時間の最低でも計5時間は勉強しているので、勉強量が上回っているのにも関わらずこれまで1度も楓にテストで勝てたことがないということにショックを受けた。 


「円は計算ミスとか細かいところを間違わないようにすれば点数は上がると思う。英語とかでも一部訳が間違っててバツになったりしてない?」

「それはあるね」


 どうしてわかったのか、図星だったので素直に頷く。すると楓は図書委員に頭を下げて図書室を出ながら、


「なんとなく見ててケアレスミスが多いんだろうなって思ったんだ。それってもったいないし。しっかり見直せば点数は上がると思う」

「そっか……」


 楓なりにアドバイスしてくれているのがわかって自然と笑みを浮かべる。靴箱で靴を履き替えると、2人並んで外に出る。途端まだ暑い日差しが僕たちの肌を刺した。


「あっついね……」

「そうだな。校内はクーラーが効いてるからそんなに暑さを感じないけどな」

「そこが問題だよね」


 と話しながらだいぶ少なくなった下校する生徒たちの波に倣って正門を抜ける。なんでもない話をしていると、ふと楓が口を開いた。


「そういえば。来月は生徒会選挙だけど。円はまた立候補するの」

「うん、もう先輩たちは引退だから次は生徒会長に立候補するつもり。最初は先生に勧められて生徒会を始めたんだけど。やってみたら大変だけど案外楽しかったから」

「ふぅん」

「そういう楓は立候補しないの?多分受かると思うけど」


 この学校での楓の人気を考えると、楓が立候補すればおそらく受かるだろうと思う。そう思って質問を投げかけると、楓はいつもと変わらない表情のまま、


「生徒会とか面倒くさそうだし。俺はいいかな」

「えー。もったいない」

「それに俺はあんまり人前に立つのが好きじゃないんだ」

「そうなの?」


 意外なことを聞いた。いつも人目に晒されている楓だから、きっと人前に立つのも平気だと思っていた。


「あぁ。あんまり目立つと必ず何か言われるからな」

「あぁ……なるほど」


 校内でも目立つ彼は人気のある反面一部には敵視されてもいる。そういった輩に陰口を言われる程度なんてことないと前に言っていたが、同時に視線が鬱陶しいのだそうだ。人気者も辛いな、と僕は心の中で思った。


「でもそっか。楓となら生徒会ももっと楽しいだろうなって思ったんだけど」

「……」


 素直にそう伝えると、楓がふいをつかれたような顔をする。そして微笑んだ。


「そう言ってもらえるのは光栄だな」

「そう?僕はほんとのことしか言ってないよ」

「ふふ」


 何がおかしかったのか笑っている楓に首を傾げる。すると楓はもう一度ふふ、と笑ってから(かが)んで下から僕の顔を覗き込んだ。


「ーーそんなに俺と一緒にいたいの?」

「なっ……!」


 悪戯な表情で言われた言葉にカッと顔が赤くなる。何でもないように素直に一緒にいたい、と言えばいいのにその時の僕は動揺して何も言葉が出てこなかった。ただパクパクと口を動かすことしかできない。そんな僕を見て楓が口元に手の甲を当ててふふ、と笑う。


「動揺しすぎ」

「なっ、ど、動揺だってするよ!突然そんなこと言われたら!」

「それはごめん」

「謝ってる顔じゃないよ!」


 ぷりぷりと怒る僕に楓は腹を抱えて笑っている。その弾けるような笑顔を見ていたらもうなんでも許せるような気がした。


「もう……」

「ごめんごめん。少しからかっただけ」

「わかったよ」


 からかったのだと白状する楓に僕は笑って許す。心臓はまだドキドキしていたけれど、知らんぷりをした。


「まぁ話が逸れたけど、生徒会選挙頑張って。応援してる」

「ありがとう」


 ポンポン、と頭を撫でられる。それをくすぐったく思いながら笑顔を向けると、楓も笑い返してくれた。最近頻繁に楓の笑顔が見られるようになって嬉しい。思わずニコニコする僕に楓は不思議そうな顔をしていた。


「……でも不安もあるんだ。今の生徒会長……橘先輩は立派な人だから、僕にその役目が務まるのかなって」

「大丈夫。円は責任感もあるし、何より努力家だ。きっといい生徒会長になるよ」

「!……ありがとう」


 普段おべっかなんて言わない楓からの言葉は、本当に本音で言ってくれているとわかる。胸に暖かいものが広がってたまらなく嬉しくなった。


「楓が応援してくれるなら必ず生徒会長にならなきゃね。頑張るよ」

「あぁ」


 コツン、と拳をぶつけ合う。ふふ、とお互い笑い合いながら他愛もない話をして帰路についた。






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