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君が僕を見つけた。  作者: 長月
15/18

夏休み〈8〉

 


 ついに、楓の家にお邪魔する日がやってきた。

 僕はその日朝からソワソワして落ち着かず、それなら早めに家を出ようとリビングのソファから立ち上がった。


「あら、もう行くの?」

「うん。途中迷うかもしれないし。なんだか落ち着かないしね」

「まぁ。ふふ、楽しみにしてたものね」

「否定はしないよ」

「ふふ。気をつけて行ってらっしゃい。お家の(かた)にもよろしくね」

「分かったよ」


 玄関で靴を履いて立ち上がる。そして玄関まで見送ってくれた母に行ってきます、と声をかけて僕は扉を開けて外に出た。

 外は快晴。雲ひとつない晴れ日和だった。僕はイヤホンを耳に入れて音楽を聴きながら歩き出す。スマホの地図アプリに従いながら先日教えてもらった楓の家までの道のりを歩いていると、緊張が少しずつ和らいでくる気がした。

 15分ほど歩いたところで、地図アプリが近くまでやってきたことを表示する。そこでふと顔を上げると、遠くで大きな家の門のところに人が立っているのを発見した。慌ててイヤホンを外し、早足でそちらの方向へと向かう。近づいていくと、それは案の定楓だった。


「楓!」

「……円」

「わざわざ外で待っててくれたんだね、ありがとう」

「いや、分かりにくいかと思って。無事着けて良かった」

「うん」

「じゃあ中に入ろう」

「分かった」


 薄い笑みを返す楓に僕は頷く。カチャリ、と音を立てて開いた大きな玄関扉をくぐり、僕は楓の家に足を踏み入れた。楓の家は白くてどこか西洋を思わせる形をしていた。周囲も大きな家が多いので、高級住宅街と言えるかもしれない。


「どうぞ」

「ありがとう」


 差し出されたスリッパを履いて、楓の後をついていく。ホコリ一つない清潔な廊下を進んでいき、そこにあったドアを開けると楓が立ち止まった。


「早紀さん、連れてきました」


 楓の視線の先には、テーブルにつく30代後半ぐらいの女性と僕たちより2〜3歳ほど年下と思われる少年の姿。女性は僕たちの姿を認めると、僕が言葉を発するより早く立ち上がりこちらに歩み寄ってきた。彼女は僕の前に立つとにこりと笑って、


「あなたが円くんね!私が楓の母の早紀です。よろしくね」

「僕は鷹司円です。よろしくお願いします」

「まぁ、楓に負けず劣らずかっこいい子ね!よろしくお願いね。……楓、お茶用意してくるわね」

「はい」


 彼女は黒髪に黒目と意外とありふれた色彩だが、その容貌は楓と同じく華やかだ。パタパタとキッチンに向かっていく小柄なその背中を見送って、正面に向き直る。楓はテーブルに歩み寄ると、席から立ち上がったままの少年を手のひらで示し、


「こっちが僕の弟の夏樹だ」

「鷹司円です。よろしくね」

「はい!二条院夏樹です、夏樹って呼んでください!よろしくお願いします!」


 先程の早紀さんと同じくにこりと微笑んだ彼は、なるほど早紀さんによく似た美貌の持ち主だった。二条院家は全員美形なのだろうか、とまだ見ぬ二条院父を思い浮かべる。その隙に夏樹少年と軽く握手を交わし、テーブルについた。


「さぁ、これでも飲みながらお話聞かせてちょうだい」

「ありがとうございます」


 出された紅茶を一口飲む。家で飲んでいるものとはまた違った風味がしてどこか落ち着かないものを感じた。


「楓との出会いは話に聞いたわ。きっかけは些細なことだったのね」

「はい。楓さんが親切にしてくれたので」

「普段の学校での楓の様子はどう?1人ぼっちになっていないかしら?」

「そうですね……1人で行動している時間が多いと思います。楓さんはこの容姿ですし頭も良くて運動神経もいいので、クラスメイトたちからも一目置かれていますから」

「まぁ……やっぱりそうなのね。楓ったら普段の様子のことなんて一切話さないんだから」

「早紀さん……俺の話はいいので違う話をしてください……」


 楓が困ったような声を出して早紀さんを見る。先ほどから気になっていたことだが、楓は自身の母のことを“早紀さん”と名前で呼んでいるし、どこかよそよそしい言葉遣いであることがわかった。それに疑問を持ちながら紅茶をさらに一口口に含むと、


「そーお?じゃあ……円くんは彼女とかいないのかしら」

「早紀さん」

「いいじゃないこのくらい。ね?」

「大丈夫だよ、楓。……そうですね、彼女はいないですよ」

「じゃあ彼氏は?」

「彼氏もいないです。僕、恋愛対象は女性なので」

「そうなの……」


 心なしか沈んだ声を出す早紀さん。僕はその様子を伺いながら、


「でも好きになったなら男同士でも関係ないと思いますよ」

「そうよねぇ。その辺り夏樹はどうなの?」

「僕?僕は彼女も彼氏もいないよ。そんなことに興味はないからね」

「困ったわうちの子たちったら。せっかくかっこいい顔で産んだのに恋愛に興味がないなんて、全くからかいがいがないじゃないの」

「あはは」


 眉間に皺を寄せて頬に手を当てる早紀さんに思わず笑う。その表情が本当に残念そうだったからだ。すると夏樹少年がふいにくるんとこちらを向いて、


「それよりも円先輩。僕、今中学3年生で来年高校生になるんですが、先輩たちの高校を目指してるんです。先輩は生徒会役員だと聞きましたし、学校について教えてもらえませんか?(あに)は無口だからあまり教えてもらえなくて」

「ふふっ、いいよ。教えてあげるよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 そう言ってパァ、と音がしそうなほど嬉しそうな顔をする夏樹くんに楓がどこか不満げな顔をするのが楽しくて、思わず笑った。それを見て楓がさらに僕をじとりと睨む。


「ふふ、無口なお兄さんに代わって僕が夏樹くんに教えてあげるんだから感謝してよね」

「……俺は別に無口じゃないから」

「確かに君は僕といろいろ話してくれるけど、多弁ではないよね。むしろ無口な方じゃないかな。学校でも君の声を聞くことはあまりないし」

「円……」


 僕の言葉に本当に困ったような顔をする楓を見て、早紀さんが吹き出した。


「うふふ。楓がそんな顔をするのは疾風(はやて)くんの前だけだと思ってたけど、円くんの前でもそうなのね」

「……」


 いつのまにか早紀さんと2人で結託して楓を追い詰める。いつにないリラックスした表情を見せる楓が物珍しかったのだ。楓はついに諦めてしまったのか、そのまま黙りこくってしまう。僕はそれに若干焦りながら、早紀さんに視線を送った。早紀さんも悪戯な表情からいつもの表情に戻った。

 無表情ながらどこかムッとした雰囲気を漂わせる楓を尻目に、夏樹くんが呆れたような顔で首を横に振る。


「母さんも円先輩もあんまり兄さんをいじめないでください。それより、円先輩。学校生活について聞かせてください」

「あぁ、そうだったね。そうだな、うちの学校は……」


 僕は生徒会副会長としてこういったことを聞かれることも多いので、内容はスラスラと頭に浮かんでくる。僕が過ごす大体の日常について話すと、夏樹くんはキラキラと目を輝かせながら話を聞いてくれた。


「うわぁ……僕も早く高校生になりたいなぁ。兄さん、後でまた勉強教えてくれる?」

「もちろんいいよ」

「やったぁ!ありがとう兄さん」


 そう言って微笑む楓と夏樹くんは本当に仲が良さそうでなんとなく安心する。


「全くもう……2人は本当に仲がいいんだから母さん妬けちゃうわ!」

「えへへ。いいでしょ母さん」

「もう!」


 そう言って笑い合う家族3人の姿に思わず和む。僕もにこにこと笑いながらその後も会話を続けていると、ふいに楓がこちらを見て、


「じゃあ早紀さん。そろそろ俺と円は俺の部屋でも見てきます」

「えぇ分かったわ。行ってらっしゃい」


 笑顔で2人に送り出され、2階にあるという楓の部屋へと向かう。


「奥は夏樹の部屋だから、俺のはこっちなんだ」

「へぇ」


 招き入れてもらった部屋は、モノトーンでシンプルな内装だった。どことなく楓らしさの漂う清潔感のある整った部屋だ。じっくりと部屋を見回す。そしてぎっしりと本の詰まった本棚に目が移ったところで、僕は楓を部屋に招き入れた時のことを思い出してクスッと笑った。


「?」

「いや、なんかお互いに同じことしてるなっておかしくなったんだ。僕の家に楓を招待した時も同じ反応をしてたなって」

「確かに」


 ふふ、と微かに笑う楓。僕もそれに笑い返しながら、2人揃ってテーブル脇に置いてある座椅子に腰掛けた。


「そういえば……ちょっと気になっただけなんだけど、楓、早紀さんのことを名前で呼ぶのは何で?」

「それは……」


 ふいに浮かんだ疑問をそのまま投げかけると、楓は心なしか俯き、以前僕の家に来た時に見せた複雑な表情になってやがてぽつりと呟いた。


「……俺が早紀さんを名前で呼ぶ理由は……俺は、早紀さんの本当の子ではないからなんだ」







ただいま転職活動中なので更新期間あきます。

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