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君が僕を見つけた。  作者: 長月
12/18

夏休み〈5〉



 電車に乗って僕の家の最寄り駅へと着き、家へ向かって歩き出す。


「家まではここから20分ぐらい歩くけど大丈夫?」

「大丈夫」

「なら良かった」


 二条院あらため楓が頷いて首肯(しゅこう)する。それに安心して、2人並んで進んでいく。会話をしていると20分はあっという間だった。家の前に立って、楓の方を振り返る。


「じゃあ入るね」

「あぁ」


 ガチャ、と音を立てて玄関を開ける。僕は若干大きな声で、


「母さん、ただいまー」

「おかえりー」


 トタトタ、と軽い音を立ててリビングから玄関へと母さんが顔を出す。楓の顔を見た母さんはびっくりしたように目を見開いた後顔に手を当てて目を輝かせ、


「あらまぁ、本当にかっこいい子だわ。初めまして、円の母で百合子といいます」

「二条院楓です。円さんにはいつもお世話になってます」


 珍しい楓の敬語にこっそり笑う。それにまぁ、と頬を赤らめた母さんは興奮気味に


「さぁ上がって上がって!お話聞かせてちょうだい」

「お邪魔します」


 きっちり靴を揃えて玄関を上がる楓に習って僕も靴を揃える。リビングに入ると、母さんがキッチンでパタパタと動き回ってお茶の準備をしていた。


「楓、そこに座って待ってて」

「ありがとう」


 テーブルの席を指差して座るよう促す。それに座ったのを確認してから、僕も母さんを追ってキッチンに入った。


「母さん、手伝うよ」

「ありがとう、じゃあそれテーブルに持って行ってくれる?」

「わかった」


 クッキーの入ったカゴを持ってテーブルへと向かう。楓はどこか所在なげに座っていた。隣に腰掛けると、母さんが紅茶を3人分トレイに載せてやってくる。


「さぁさぁどうかゆっくりしてちょうだいね」

「あの、もし良ければこちらもらってください」

「まぁ!わざわざありがとう、じゃあ早速いただきましょうか」


 そう言って楓の差し出した手土産を母さんは嬉しそうに見つめて、早速袋を開けている。個包装になっているそのバームクーヘンを取り出すと、クッキーの入ったカゴにいくつか放り込んだ。


「いただきます」

「どうぞ」


 紅茶をゆっくり飲む楓を見つめる。ただ普通のティーカップで紅茶を飲んでいるだけなのにどこか優雅な雰囲気が漂っていた。


「今日は二条院君に会えて嬉しいわ。うちの子、樹君以外にあんまり友達の話をすることがないから」

「そうなんですか」

「2人はどうやって友達になったの?」


 内心ギク、とする。母さんには僕が腐男子だということも言っていないので、BL本を読んでいたことは言えなかった。ドキドキしていると楓がチラリと僕を見て、


「円さんが本を忘れていたので、それを俺が届けたのがきっかけでよく話すようになりました」

「まぁそうなの」

「はい」

「円は本を読むのが好きだけど、二条院君は何か好きな物はないの?」

「好きなもの……ですか。本を読むのも好きですし、ピアノを弾くのも好きです」

「まぁピアノが弾けるのね、すごいわ!今度聴かせて欲しいくらい」

「それが母さん、今度楓の家に行かせてもらうことになったんだ。その時ピアノも聴かせてもらう約束もしてあるんだよ」

「良かったわね!帰ってきたら感想も聴かせてちょうだいね」

「わかったよ」


 会話は途切れることがなく、母さんが次から次へと楓に質問をしていく。楓はそれに嫌な顔一つすることなく丁寧に質問に答えていた。


「じゃあお家も割と近いのね。ご家族は?」

「両親と、弟が1人います」

「まぁ、うちは円1人だから羨ましいわ」

「…………」

「?」


 その時、一瞬だが楓が複雑そうな表情をした気がした。それは本当に一瞬でいつもの無表情に戻ってしまったけれど、僕の心の中に先ほどの楓の表情が焼きついていた。 


「じゃあそろそろ僕の部屋に行くよ」

「そうね。2人で話してらっしゃい。お菓子も持っていくといいわ」

「うん、ありがとう。行こう、楓」

「あぁ」


 母さんに言われるがままお菓子の入ったカゴを持って立ち上がる。リビングを出て、2階へと上がるため階段を上った。


「僕の部屋はここだよ」

「へぇ」


 2階の突き当たりの部屋の前でそう告げ、早速ドアを開ける。先に中に入るよう促して、僕も続けて部屋に入った。

 僕の部屋は落ち着いた木の茶色でまとめられていて、シンプルな作りをしている。昨日片付けた甲斐もあって我ながら綺麗に片付いていた。


「どうぞここに座って」

「ありがとう」


 カーペットの上に置いているテーブルの側に座るよう促す。静かにあぐらをかいて座った楓は、顔を上げてぐるりと部屋を見回した。


「なんだかあったかい雰囲気のする部屋だな」

「あったかい雰囲気?そうかなぁ」


 自分ではよくわからない。そう答えると、楓は柔らかく笑って


「なんとなく円の性格が出てる気がする」

「ふーん?」


 理解するのを諦めて首を傾げる。楓はまだ一つ一つ部屋の中にある物を食い入るように見つめていた。そして本棚を見て、


「そういえば、俺にも円の読んでる本貸してくれない。この前読んだの結構面白かったし」

「ほんとに!?嬉しいな、どれがいいかな」


 BL初心者の楓向けにソフトな作品をいくつかピックアップし、本棚から取り出した。


「はい、これ。良ければ持ち帰ってくれていいからさ」

「ありがとう、借りておく」

「うん」


 楓が僕の趣味に興味を示してくれたことに思わず笑みが溢れる。僕がいわゆる腐男子だということは樹にも話していないからだ。


「実は樹にもまだ僕がこういうの好きだって話してないから、共通の話題ができる友達がいて嬉しいな」

「そうなの。というか山梨とはいつも一緒にいるみたいだけど、いつから仲良いの」

「楓は律野と幼稚園からの付き合いって言ってたけど、僕も樹とは幼稚園からの付き合いなんだ。ずっとクラスも一緒でさ」

「それはすごいな」

「でしょ?」

「確か山梨って彼氏がいたよな」


 と首を傾げて楓が言うので、僕は頷いて


「原と付き合ってるよ。2-5の原和泉(はらいずみ)

「あぁ、この前一緒にいるところ見たな」

「そうなんだ」

「円はどうなの。付き合ってる人はいないの」


 ふいに聞かれた質問に何故かドキッとする。僕はそのドキドキを表に出さないよう努めて注意しながらはっきりと答えた。


「いないよー」

「そうなんだ。もったいない」

「楓は?付き合ってる人はいないの?」


 この前の体育祭の打ち上げで盗み聴きしていたので答えは知っているが、なんとなく本人の口から聞いてみたかった。


「いないよ。告白されることはあるけど、好きでもない子と付き合う訳にもいかないし」

「そっか。白王子も真面目なんだね」

「この前似たようなこと委員長に言われた」

「ははっ」


 そこで会話が途切れる。しかし居心地の悪い沈黙ではなかった。 


「……今借りた本、読んでもいい?」

「いいよ。僕もこの前出た新刊読むね」

「あぁ」 


 ということでお互い本を読むことにする。時々クッキーやバームクーヘンの袋を開けるガサガサという音を響かせながら、本を読むことに集中した。






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