きっかけは、些細なことで〈1〉
気休めに初めてボーイズラブを書いてみました。楽しいです。
思えば、僕は君のことをずっと見上げていた。
「すげー、白王子と黒王子のワンツーフィニッシュだ」
「だから王子じゃないって」
今僕は廊下で、先日行われた中間テストの結果が張り出された用紙を見に来ていた。
周囲では一喜一憂する同級生たちがそこかしこに見られる。
「というか今回も円は2位かー。あんなに勉強頑張ってたのにな」
「仕方ないよ、こればっかりは」
僕は鷹司円、高校2年生。黒王子なんてあだ名をつけられているけれど、黒髪黒目のごく一般的な男子校に通う高校生だ。
隣にいるのは山梨樹、僕の数少ない友人の1人だ。僕が2位だったのを見て僕以上に残念がっているように見える樹に笑いながら、僕は教室の方へと体の向きを変えた。
「さ、戻ろう」
「はーい」
樹と2人並んで歩き出すと、廊下の先に一際目立つ少年がこちらに向かって歩いてくるのがメガネ越しに見えた。彼が今回1位だった白王子と呼ばれる二条院楓だ。色素の薄い茶色い髪に同じく茶色の瞳、雪のように白い肌に高い鼻梁、桜色の唇とまさに文句なしの美少年で、加えて成績優秀、スポーツ万能とまさに天が二物も三物も与えたのではないかという人間だった。
すれ違う瞬間、その色素の薄い髪に窓から差し込んだ太陽の光が透けてキラキラと輝いて見えた。僕は一瞬それに思わず見惚れた。
「……どか、円ってば!」
「……え?あぁ、ごめん、聞いてなかった」
「もう!今日の帰り一緒にパフェでも食べに行かない?って言ったの!」
ぷくっと頬を膨らませて言う樹に謝って、僕はその誘いに頷いた。
「いいよ。今日はちょうど生徒会もないし」
「やった!約束だからね」
ちなみに僕は今年生徒会にて副会長を任されている。そのおかげで帰りが遅くなることもしばしばあったが、今日はたまたま何も活動がない日だった。
そのため僕が頷いた途端にこにこと嬉しそうに笑う樹に僕も笑い返しながら、僕は先ほど二条院とすれ違った一瞬を反芻していた。
キーンコーンカーンコーン……
校舎に鳴り響くチャイムの音で、クラスが一斉に騒めきだす。
「よーし、じゃあ次の授業までにこのページの問121から125解いておけよー。それと今日は連絡事項もないしホームルームなしでこのまま帰っていいぞー」
「はーい」
教卓に立つこのクラスの担任兼数学の教師である会津先生がそう言って教室を出て行く。途端ガタガタと音を立てて椅子から立ち上がる生徒たちを横目に、僕は教科書やノートをバックに仕舞い込んだ。
「まーどか!帰ろー」
「うん、今行くよ」
既にバックを肩にかけて待つ樹にそう言って僕もバックを持ち上げる。教室を出て、生徒会という役職柄時折かけられる生徒たちの挨拶に応えながら、玄関へと向かう。靴を履き替え校舎を出ると、まっすぐ樹のおすすめだというカフェへと向かった。
カフェは高校の駅近くにあるこじんまりとしたところで、人も少ない。僕たちは中に入って端の席に陣取った。
「円は何頼む?俺のおすすめはいちごパフェだよ」
「じゃあそれで」
「オッケー。すみませーん、注文お願いします」
メニューも見ずにサクッと決めて注文する樹。僕がそれに感心していると、樹が僕の顔を頬杖をテーブルにつきながら覗き込んできた。
「なんか今日考え込んでない?円。なんかあった?」
「いや、何もないよ」
「そう?……じゃあ今日はテスト終わったご褒美にいっぱい食べようね!いちごパフェ結構ボリュームあるし」
「そうなんだ」
とパフェを待つ間話をしていると、樹がふとコーヒーに砂糖を入れながら、
「そういえば円。また告白されたんでしょ?今度は後輩?」
「そう。全く知らない子だったけど」
「モテるねぇ」
「男相手にモテてもね」
そう、この場合男子校なので告白してくる相手も男だ。別に同性同士の恋愛に偏見があるわけではないけれど、僕自身は性対象は女性だった。
「円に抱いて欲しいっていう男結構周りにいるよ?円が気づいてないだけで」
「まじか」
「だって円ってば成績もいいし生徒会やってるし、顔も王子様みたいに甘い顔してるしそりゃモテるよ」
「だから王子じゃないって」
げんなりとしながらそう返す。いつの間にかできていたそのあだ名は、周囲にも馴染んでいるようでたまに名前でなく「王子!」と呼ばれることもしばしばだった。
「僕はまだ恋したことないけど、まだ付き合うとかはいいと思ってるから」
「もったいないね」
僕の今の正直な気持ちを伝えると、樹がそう答える。
「僕たちみたいにラブラブなのもいるのに。あの学校は偏見もないしね」
樹にも、付き合って1年の彼氏がいる。何度か樹を通して話したことがあるけれど、誠実で優しそうな人だったのは覚えていた。
「とにかく、僕のことはいいんだよ。樹は最近はどうなの?」
「俺?俺はねぇ、」
と始まる惚気話に相槌を打ちながら、僕は別のことを考えていた。
誰かのことを好きになるって、どんな感覚なんだろう、と。
◇◇◇
次の日、朝から生徒会の仕事を片付けようと早めに学校に来た僕は、予想以上に仕事が早く終わり始業時間まで空いてしまった時間を持て余していた。
「……あ」
そこで昨日買ったばかりの新刊がバックに入っているのを思い出す。僕はそれを思い出した途端待ちきれなくなって、教室を出て屋上へと向かった。
屋上に出ると、朝の爽やかな風が吹いている。本を読むには絶好の気候だと思い勇んで、僕は屋上のドアの横へと座った。
早速バックからカバーのついた本を取り出す。内容としては社会人になったばかりの新人社員と同じ職場の先輩社員が織りなす恋愛模様といった一般的なものだ。ただし、登場人物が男同士という点を除けば。
いわゆる、僕は腐男子というやつで、僕自身の恋愛対象は女性だが男性同士のあれこれを見るのは好きな隠れオタクだった。
昨日挟んでいた栞の部分から読み始める。まるでジェットコースターのように動く恋愛模様を楽しみながら集中して読んでいると、1時限目の予鈴が鳴った。
「熱中しすぎたな……」
パタンと本を閉じてそんなことを1人呟き、いざ立ち上がろうとした時、ふいにガチャリと音を立ててドアが開いた。
「!?」
「………」
ここには滅多に人が来ないため驚いて顔を上げると、そこにいたのは二条院楓だった。普段あまり表情の変わらない二条院には珍しく、心なしか目を見開いて驚いているように見える。僕と同じことを考えたのだろうと思った。
しかし、目の合ったままの沈黙が痛い。
「………お、おはよう。二条院」
「……………おはよう」
たっぷり時間をかけて返ってきたのはその一言だったが、二条院と言葉を交わすのが初めてだった僕はこいつも話すんだな、と当たり前のことでまた驚いてしまった。
「じゃあ僕はこれで……」
ドアの前に立つ二条院の横をすり抜けて屋上を出る。すれ違う瞬間、柑橘系の爽やかな香水の匂いがした。
教室へと続く階段を下りながら先ほどの会話とも言えない短い挨拶を思い返す。僕はなんだかおかしくなって1人クスッと笑った。
「あ、急がないと」
そうこうしている間に授業まで後5分となり、僕は早足で教室へと戻った。
屋上に忘れ物をしていることに気づかずに。