第九話 じゃんけんとスライム part3
「はぁぁ……」
シロノの負けという結果に、頭を抱えた。いや、違うな。
「俺って、そんなに信用ないんだな」
心から『チョキを出さない』と誓ったのに、彼は俺が『チョキを出す』と読んできた。グーを出したシロノに俺のパーが勝ったというわけで――。
「だって、だってだって! 僕にトラウマを植え付けた奴だよ! 信じられると思う⁉」
いや、ギルドのあれはシロノが席にいたことに気づかなかったことが、悪いと思うけど……。
「つーか、本当に信じられなかったんなら、チョキを出せばよかっただろ」
俺は賢くない。だから、勝とうとする。そして、俺の手はグーとパーしかない。
単純な話、|パーを出すに決まっていた《・・・・・・・・・・・・》。
シロノがチョキを出せば、パーを出した俺は負け。チョキを出せば、俺が約束を破ったとしても引き分けだ。
つまり、負けはなかった……はずなのに。
「勝ちたかったんだもん……」
ということで、裏を読んだシロノの負けだ。
「この勝負、シロノに滅茶苦茶有利にしたはずなんだけどな……」
『チョキを出さない』それは初手だけじゃない。
つまり、俺はグーとパーしか出せなかった勝負を自分で作り上げたんだ。あげたのに……!
「何その顔⁉ 軽蔑してる? してるの⁉」
そりゃあ、するだろ。……はぁ。
「いや、まさかとは思うけど。それを分かってて、わざとグーを……いやごめん。忘れて」
「どうして、途中で止めちゃうの⁉ 最後まで言ってよ‼」
スライムを触りたくない俺を気にして、わざと負けたのかと思ったけど。それはさすがにないか。
「聞こえてるからね! 嗚呼、ひどい!」
ひどいのはどっちだよ……ったく。
「勝負だし、頑張れよ」
じゃんけんがメインじゃない。スライムを素手で狩る人を決めるじゃんけんなんだ。
「……ねえ、キラ君? 提案があるんだけど」
「ん、なんだ?」
もじもじし始めるシロノは、氷で作った剣を作り、手に持った。
「これで、やっても――」
「素手でって言ったはずだぞ」
ああ、俺はちゃんと言った。自信をもって言おう。言った!
「で、でも……せっかく武器があるんだし……ねっ?」
「ねっ、じゃねえって。頑張れよ、そこは」
背中を押すが、駄々をこね始めた。
「イヤだよ! だって、あれ絶対、感触気持ち悪いじゃん! しかも殺さないといけないって……どんな罰ゲームなの⁉」
「じゃんけんで勝てば、よかった話じゃん」
「真顔で正論言わないでくれます⁉ その通りなんだけどね!」
分かってるんなら、いいだろ。
「じゃあ、頑張れ。俺は応援しかできないから」
「あの……ちょっとは手伝っても……やりたかったら、やってもいいんだよ?」
チラチラこっちを見ながら言われても、
「やらねえよ。俺だってやるの嫌だよ」
「うぅ……分かったよ。やってやるよ!」
やけくそ気味だが、覚悟は決まったようだ。
「……震えてんねぇ」
「えっ、ふ、震えてないから!」
いや、確実に震えてるから。足ガクガクしてるから。見栄張るなって。
「あっ、もしかして武者震いってやつ?」
「だから震えて――そ、そうそう。武者震い、武者震い。いやぁ~早くやりたいなぁ」
……そうか。
俺は静かに見守ることにした。
シロノは一番近いスライムに近づき、左拳を振り上げた。
再確認、と振り返った彼は俺と目を合わせるなり、肩を落とした。
拳がスライムに当たると、それからなんとも言えない音を出し、その場に止まった。
数秒シロノも止まり、再び拳を握る。
スライムは貧弱で。たった数発殴るだけで、光を帯びて消えていった。
さっきまで見栄を張っていたシロノからは想像つかない台詞が聞こえた。
「……なにこれ…………おもしろい……かも…………」