第八話 じゃんけんとスライム part2
じゃんけんの結果、シロノが素手でスライムをやることになった。
「な……んで……っ⁉」
こっちが『なんで』だ!
「どうして、いつも初手がパーなんだよ! わざとか!」
こいつはいつもそうだ。『必ず』と言ってもいいレベルで初手がパーだ。
直球の問いに、
「か☆ん☆か☆く」
「嗚呼、バカだ」
「バカとは失礼だね」
だってな、バカ以外に表現できん――
「あぁ~あ。キラがバカって言うから、なんかやる気がなくなっちゃったなぁ」
嘘つけ。
「嘘じゃないもん」
……もしシロノがこのまま拗ね続けたら、面倒だろうな。
頬を膨らませて、俺をじっと見ているシロノ。……ったく。
彼の茶番に付き合うことにした。
ああ! カワイーナーシロノは。
「……棒読みだね。それで僕の機嫌が治まると――」
「ああ、ああ! カワイーなッ! 誰がだって? もちろんシロノさ‼」(ウインク☆)
「…………えっ?」
おっと、俺のザ・ワールドが発動しちまったようだ。
固まるシロノに追い打ち――ではなく、あくまで事実(笑)を言ってるだけだ。
「ま、冗談はここまでにして」
さっさとやろう。そのセリフを言わせないと言うように、被せてきた。
「キラがひどいこと言ったから、したくないなぁ! どうやら、平等のじゃんけんだと思ったら、実は僕が不利だったみたいだし。不正をした君がやるべきだと僕は思うね」
まだ初手パーのことを忘れてなかったか……なら!
「シロノは本当にかわいい! これは本当だ! マジでかわいいぞ!」
「……えっ?」
驚くシロノ。それもそうだ。俺はいつもこいつに『可愛い』なんて言ったことがない。
彼にとって、俺のそれは予想外だったはずだ。
ギャップ萌え、というものだろう。よくわかんないけど。
理解に苦しんでいたシロノは、時間と共に顔を赤く染め始め、目と顔を逸らして、髪をいじり始める。
効果は抜群だな。
「かわいい! 可愛すぎる! 俺はどうして、思っていたことを口に出してこなかったんだ! 声に出すってこんなに素晴らしいことなのに!」
手ごたえを感じて、畳みかける。
ついに顔を手で覆った。彼――いや! 彼女は今恥ずかしさとうれしさが混じっているはずだ。自信はねえけどな!
「……じゃ、じゃあ」
震えた声が聞こえる! 天使の声だ! 天使が今目の前に――
「僕の可愛いところ、言ってみて……?♡」
「そんなの――……そんなの……」
ど、どうしよう……ち、違う違う! シロノの可愛いところだろ! そんなの――!
「いっぱいあるさ! あるけど、多すぎて言えない!」
「もう、キラの意地悪♡」
――ッ! 耐えろ。素に戻るな。せっかくここまで――
「なんでもないよ」
自分の頬を叩いて、元に戻った。
「そうだな。まず存在自体が尊い」
「えへへ♡」
「あと、声が可愛い」
「そうかなぁ♡」
「あと……えっとぉ」
「あと?♡」
「顔も、可愛い……」
「それにそれに♡」
それに……そ、うだな。クッソ、頑張れ俺!
「優しいところとか」
「それってお嫁に行けるってこと? うれし~♡ それに?」
なんかグイグイ来るな……。つっても、あともう少しでシロノの機嫌を直せれるんだ。頑張れ、俺!
「……かわいい」
「えっ♡ なんて♡」
「小さくてかわいい!」
「小動物みたいで可愛いなんて♡」
そんなこと言ってねえ。けど、勝手にいい感じに変換してくれてるもんでいいか。
「それで?♡」
……まだ?
「ええぇ~? まだまだあるでしょ~♡ 僕のか・わ・い・いところ♡」
満面の笑みの裏に、黒いものが見えた気がした。
「あるでしょ♡」
え……っと、ちょっとま
「あるよね」(圧)
そ、それは……
「も、もちろんあるさ! 存在自体が――」
「それさっきも言ってたよ?♡」
「あっ……そ、そうか」
「もぉ~。おっちょこちょいなんだから♡ もしかして、焦らしてる?」
……焦らしてる? じゃねえよ。気持ちわるぃ――
「えっなに。聞こえなかった」
や、やばい! つい素が……!
「ちょ、ちょっと落ち着こう――ぉぉぉおおお⁉」
頬を両手で挟まれた俺は、
「逃げないで、ちゃんと言ってよ。僕の可愛いところをさ」
こいつは天使なんかじゃない。悪魔だ。
もう彼女――……もうやめていいよな。
皮を被っていたが、我慢できず、脱いでしまう。
「お前の可愛いとこなんて、一つもんんッッッ――――⁉」
俺の思考は暴走し始めた。自分が何を思っているのかさえ分からないほど、頭が回転する。
もしかすると、さっきのシロノもこんな感じだったのだろうか。
予想外過ぎる攻撃。
「うるさいなぁ、この口」
俺の唇とシロノの唇が重なる。
彼の力は地味に強く、引きはがそうとしても、なかなか離れてくれなかった。
「お、おま……なにして――」
「キスだって。分かってるくせに」
「いやいや! そうじゃなくて、どうしてキスしたんだ⁉」
やっと解放してくれた。
数歩後退りして、距離を取る。まだ唇に感触が残ってる。唇を拭っても、それは残る。
「だって、さっきまで事実言ってたのに急に嘘つき始めるじゃん」
「逆だ逆! はじめが嘘だつーか、それくらい知ってるだろ! 心を読むことができるくせに何言って――近づいてくんな! またキスするつもりだろ!」
もうキスなんてしねえ。気持ち悪い感触が意識ごと縛り付けてくる感じだ。
「そんなにキスが嫌いなの?」
「普通にお前とするのが嫌いなんだと思うが」
「うわっ、ひどい」
「酷いのはお前の頭の方だ。何が悲しくて男とキスしないといけないんだよ!」
もうこの話は終わりにしよう。
キスのことを忘れるために、違うことを思い出そうとした。
「……つか、なんで俺は俺を騙して、こいつを褒めてたんだ……褒めてはねえな」
なんか意味があったはずなんだけど、忘れちゃったな……。
「僕に今まで思ってこと、言いたかったんじゃないの?」
「それはねえ」
「即答ぉ……」
忘れちゃったなぁ……ま、いいか。
「つかシロノ。やらねえの?」
「何を?」
「狩りだよ、狩り。お前がやることになったじゃ……そうだ!」
思い出した!
「どうしたの?」
「思い出したんだよ! どうして、お前に嘘ついてた理由! そうだそうだ!」
特別な理由でもなかった。
「お前の気分を気持ちよくさせて、じゃんけんの不正を忘れさせようと……」
シロノを女子と思えば……と思ったが、自分を騙しきることはできなかったか。
「それ、言ってよかった?」
「――ダメだな」
自分のアホさに驚く。理由を思い出したせいで気が緩んでしまい、口を滑らしてしまった。
「じゃあ、もう一回するか?」
仕切り直して、俺は手を前に出す。
彼は俺に疑いの眼差しを向け、
「また、チョキ出すんでしょ。僕がパーを出すからって」
そりゃあ、疑うよな。つーか、お前が初手にパーを出さなければ、解決する話なんだけど。
「出さないってのでどうだ? 俺がチョキを出したら俺の負けってことで」
さすがに嘘はつかない。ああ……まだ足りたいか。
「それと……き、キスをしていいってことにしてやる。これでどうだ」
俺の嫌いなこと。そして、シロノの好きなことだ。
これで俺がチョキを出したら、俺に利益のない条件。不利益しかない条件だ。
ま、本当に出さないから、もっとすごいことを要求してきてもいいんだけど。そこら辺は、シロノに任せる。
「……僕、キス好きじゃないけど」
「……じゃあなんで、したんだよ」
新事実が発覚した。
「嫌いじゃないの。けど、イケメンにするのは死んでも嫌だけど」
なんで俺にはしたんだよ。
「キラはイケメンじゃないからねぇ」
クソだな、こいつ。
睨む俺にニッと笑う。
「分かったよ。一回だけじゃんけんしてあげる。信じてるよ?」
「――ああ、任せろ」
俺が負けると思っていた。心の底から、負けると。
頑張って、素手でスライムを倒そうと決心した……のに。
俺の決心は、一体どこに行ってしまったんだ。
思考が一瞬止まり、何も考えれなくなった。
そうさせた元凶がそこにいる。どうしてかって?
結果、シロノの負け。
キラ、不正をせず、勝利。