第六話 暗闇とスタート
どれだけ時間が経っただろうか。もしかすると、案外時間が経ってないのかもしれない。
途中経過を見てみるか……?
席を触り、目を開けても真っ暗な世界が広がっていた。
『シロノ? これってどういう状況なんだ――ワッ! ビックリしたぁ』
席に座った彼の眼には光が透っておらず、表情も死んでいる。いや、本当に死んでいるのかもしれない。
『シロノ? シロノッ! 大丈夫か⁉』
一体、俺がいない間に何があったんだ……?
体を揺さぶり、必死に呼びかける。だが、返事がない。
シロノ……永遠に。
「……だれも、しんでない、よぉ……」
死にかけだけどな。
『また声が漏れてんぞ』
席に座っていても、漏れなくする方法がある。と言っても特別なことじゃない。誰だってしている、『心の声』だ。俺たちはそれを使って話しているだけ……のはずなんだけど。
「ああ……ごめん。ちょっと……むりかも」
『……変わるか?』
「あはは……きらはやさしぃね……きみがあの状況をつくりあげた……って、信じられない、くらいに……」
さすがにやり過ぎたか。まあ、ほとんどシロノが作ったようなもんだけど。
「…………」
『……ごめん』
「すなおにあやまって、くれて……うれしい、よ」
……何だこの静かな空間は⁉ 居づれえ‼
『気分転換に外の空気吸って来ようぜ。そしたら、少しは元気に――』
重たい体を立ち上がらせて、
「あっ、ちょっと待っ」
『ん? イタっ!』
頭に固い何かが当たり、低い音が響いた。
「今ね、階段下にいるの……」
『察した』
なるほど、だから暗かったんだ。それにシロノがこんな陰湿なところにいるなんて珍しいな。そんだけ精神的にやられたのか……ちょっと申し訳なくなる。
俺が消えた後にお姉さんとどんな話をしたのか訊きたかったけど、シロノが答える前に階段に注意しながら体を立ち上がらせた。
『でどうする? やることはあるのか?』
クスッと笑うシロノ。
『……クエストって言うのを受けるくらいかな。武器はどうにかできるけど、装備の調達も必要かな』
まだ暗いが、さっきよりも明るくなったシロノ。
『んじゃあ、行くか。装備を買いに――つっても、装備っていくらするんだ?』
値段によっては買えない可能性だってあるけど。
『分からないけど、僕らが持ってるお金じゃ、買えても中古とかじゃないかな』
『だよな~。なんせ、パン一個買えるくらいしかないし。……中古でも買えないんじゃね?』
『うん、時間の無駄だと思う』
見える範囲にいる冒険者たちの装備はどれも高そうだし、そうだよなぁ。
『そのくえすと?っての受ければお金がもらえるのか?』
『うん、そうみたいだよ』
へぇ~。じゃあ、やれることは一つしかないのか。
『そのくえすと?はどこでやるんだ?』
『これ』
地面に置いていた木の板を手に取った。
そこには光る文字で、
『《キングドラゴン》……なんだこれ」
よくわかんないけど、死ぬやつだ。
『これ、受けられないね』
『いや、やらないよ? こんな怖そうなやつ』
えっ? まさかシロノ、やるつもり……。
『ううん、やらないよ。さすがにこれはね』
そうだよな……やるつもりだったら、みんなの注目が向くようなことしてやろうと思ったけど。
『……ねえ、トラウマになったからやめて。想像するだけで…………』
これはだいぶ、重傷を負ったな……。
『分かったよ。俺も極力思い出さないようにするから』
と言っても、何かのきっかけで思い出す可能性はあるけど。
『ハハ、そういう言葉にしない優しさ。キラのいいところだよ』
……はあ? 何言って……そっか、心読めるんだっけ。じゃあ、これも……。
彼はニッと笑い、答えた。
『そうかよ。ま、俺の優しさに酔いな』
『やっぱり、キラにはそんなかっこいい台詞似合わないね』
『なんでそんなひどいこと言うんだよ⁉ 似合うだろって!』
クスクス笑い始めるシロノ。……いや、否定してよ。
ふんと鼻を鳴らして、板に視線を戻す。
《キングドラゴン》と書かれた下に《ドラゴン・スレイヤーの称号を持つ者のみを対象にしたクエスト》と書かれてあった。
ああ、さっき「受けられないね」ってのはそういう意味ね。
ほほぉ……ってことはだよ。やれるクエストって結構限られるんじゃ……。
『そうみたいだよ。受けられるのはね、えっとね……』
『どうした?』
急に焦り始めたぞ。何か問題があるんだ。
『うん、問題がね。ねえキラ、どうして僕たちは冒険者になろうって思ったんだっけ?』
『ルクロが合法的に暴れるため、だよな』
確認したシロノは下を向いて、頷く。
『そうだよね。そのために僕たちは何時間もかけて、図書館でいろんなことを調べたもんね』
『で、何が問題なんだ?』
また青ざめるシロノ。けどさっきとは違い、笑っているようにも見える。
『驚かないでって言っても、驚くけど』
驚くこと前提なのかよ。そんなこと言われたら、対抗したくなるんだけど。
『鉱石採掘、薬草採取。モンスターと全然関係ないクエストしか受けれない』
『…………おっとぉ?』
こりゃあ驚くわ。えっ? なんで?
『冒険者ってモンスターっていう獣怪と戦う、命を懸ける職業――じゃなかったっけ?』
『そのはず……なんだけどなぁ。ほかの人だって武装してるから、そんなわけ……』
『冒険者なりたての時は戦闘技術がないから、モンスターと戦ったら死んじゃうって意味でないのかもしれないな』
そう考えたら、仕方ない。前向きに捉えてこ? そうしなきゃ、やっていけない気がする……。
『そ、そうだね。ルクロはまだ寝てるから、ちゃちゃっとモンスターと戦えるレベルまで上げよっ!』
『うん、そうだな! ……レベルって何?』
『次はちゃんと話聞いてよ?』
聞くよ! ちゃんと聞くから!
『レベルってのはその人の功績のようなものなんだって。クエストをクリアしたり、モンスターを倒したりすると貰える、ちょっと違うけどお金みたいなものだよ。レベルが上がっていくといろんなクエストが受けられるようになるんだって』
『今の俺たちはそのれべる?が足らないから、できないクエストばっかりってことか』
なるほどな……。
『とりあえず、今は数をこなすしかないってことか。それで、どのくらいになったらモンスターと戦えるようになるんだ?』
指で板の文字を動かしていくシロノ。だが、
『……レベル3みたい』
案外高くないんだな。これなら、すぐに。
『あっ、でもね。受付のお姉さんが言ってたんだけど』
うん……受付のお姉さんに……大丈夫か?
嫌な感じがしたが、逆に止めたらトラウマを思い出すかもしれない。そのまま流すことにした。
『採取系のクエストは誰でもできる簡単なクエストだから、経験値があまりもらえないんだって。どれだけ頑張っても一週間……それも朝から晩までぶっ通しで頑張って、やっと討伐クエストを受けれるみたい』
『一週間⁉』
すごい時間がかかるんだな……朝から晩まで、か。
『報酬も少なくて、一食……それ以下くらいしか稼ぎがないみたい』
『ひどいな! よくみんな、それでやっていけるな』
『報酬は受けた人数にも比例するみたい。一つのクエストを早く終わらせれるから、またすぐに違うクエストをやれば、楽だし、それなりの額を貰えるんだって』
『だから、初心者グループに入ったり作ったりして、レベルを上げていくんだってさ』
ふぅん、なるほどな。
『じゃあ俺らも……』
参加しよう。そのセリフを口にする前に袖を引っ張られた。
『え……っと。それはちょっと……』
……察した。
『そうだよ、そうだよ! 一人で叫んでた変人をグループの中に入れてくれる人なんていないよ! うわぁぁぁぁ』
言わなくていいものを……。
トラウマと向き合った挙句、心を抉った彼はうずくまって泣き始めた。
かける言葉を探して、肩を叩く。
『地道に頑張っていこう、なっ?』
この状態じゃ、仲間云々の前に他人と話せないだろう。
俺が代わりに交渉したっていいんだが、それをしたら、シロノが可哀そうだ。
ここは時間をかけて、トラウマを忘れるしかない。
『俺たちは、俺たちのやり方でやろう。俺も(たぶん)ルクロも、誰だってそれが悪いとは言わねえよ』
『……きらぁ』
上げた顔は涙と鼻水を出して、ぐちゃぐちゃだ。
『一週間かかってもいい。二週間かかってもいい。敵と戦えるようになったら、積み重ねてきたものをぶつけよう。そうしたら――わっ!』
押し倒してきたシロノ。体の上に乗られて、身動きできなくなった。
『そんな……そんなこと言われて、気持ちを抑えれるわけないじゃん……』
顔をうずくめて、シロノの息が服越しに感じる。
『分かった。僕もトラウマと戦ってみる……もし、もし勝てたら……ご褒美、くれる?』
『……ああ、分かった。つっても、可能な範囲でお願い。「ルクロに喧嘩売って」とかだったら、やらねえからな!』
『まさか……もっといいものを願うよ』
ご褒美の内容が気になるが、どうするかはその時考えよう。
『ねえ、キラ?』
『なんだ?』
まだ彼の顔はうずくめたままだ。
『もう少しだけ、もう少しだけこのままにさせて』
『……ああ、いいぞ』
なるほど。これが甘えってやつか。シロノも可愛いところあるんじゃねえか。
肩の力を抜いて、息をつく。
いろんなことが起きすぎて、休む時間もなかったな。
シロノもこうしてることだし、俺も少し寝ようかな……。
緊張という鎖から解放されて、暗闇に落ちていく…………
ズズズッ。
……なぁんか、嫌な気がする。
理由なんてない。ないけど、勘が。
ズズズッ。
……うん、嫌な気しかしねえ。何の音?
重たい体を起こして、辺りを見渡す。
ルクロはまだ寝てて、周りは特に何もいない。
ズズズッ。
近いな。ってことは、シロノか……ッ⁉
俺が目にした光景に思考が止まった。
一体誰が予想できただろう。
甘えてきたと思った弟が、俺の服で鼻をかんでいることを。
『ズズズッ……鼻水が止まんないよ』
『…………おい』
俺の声が聞こえてないらしく、続ける。
『ズズズッ……キラの服、僕の鼻水でぐしょぐしょ……きたない』
――あ゛?
キレてもいい案件だろう。なんせ、人が慰めているのに自分は服で鼻をかんでいるんだ。それも自分の服じゃなく、慰めてくれている人の! 服でだ‼
服で鼻をかむってこと自体、十六歳がやることじゃねえ。
『シロノ……』
『キラ、ありがとう。落ち着いたよ』
落ち着いたぁ……? 何言ってんだこいつ。
何に対しての感謝の言葉なんだろう。
慰めたことなのか、もしくは服を犠牲にしたことか。
どっちにしても、今の俺には感謝の気持ちが響かなかった。
シロノを退かし、服を脱いで、それを思いっきり彼の顔に投げた。
『クッソ……マジで……』
『もう……なに?』
『「なに」はこっちの台詞だ! 人の服で鼻かみやがって、おかしい……のはいつも通りか』
『いやいやいや。「いつも通り」って思うキラも十分おかしいよ?』
……怒っていいかな?
『はぁ、分かったよ。僕も脱げばいいんでしょ? 全く、これだから欲望の塊は』
『……やっぱりおかしいよな。うん、なんだろう。こんなに響かない台詞ってそんなにないぞ』
ま、仕方ないよな。だってシロノだし。
期待する方が悪いというか、期待できることが何一つとしてない。ってか脱ぐな。
『あぁ……キラ? キラが思ってること全部、聞こえてるんだけど……わざと?』
何? 俺がわざとシロノに対する事実ッを口に出さなかったって思ってるのか?
『わざとなんて、そんな器用なことできないって』
『いや、今完全に「事実」を強調してたよね? してたよねッ⁉ 「バレた」ってやっぱり!』
心が読めるってことは、そんな良くないことかもしれないな。
本音を隠すためのウソや黙りなのに、それを見破れちゃうもんな。傷つくこともあるよな。今のシロノみたいに。
彼は今、どんなことを思っているのだろう。
気にはなるが、俺は板をもう一回見る。
現実逃避だろう。「モンスターと戦う」そのために冒険者になったんだ。……あれ? 間違えたか。ルクロのためか。
理由はさておき、白い文字に目を通す。
なんか、面白そうなものないかなぁ~……って、あれ?
動かしていた指を止めて、その文を何度も、何度も読み返した。
どうしても自信が持てず、落ち込んでいるシロノにも声をかけた。
『シロノシロノ。ちょっと来て。ああ、鼻水はもういいよ』
『キラぁ……ごめん。鼻水に関しては仕方ないことだから謝る気もないし、それに今は君に傷つけられた心が……や、何でもない』
何か言ってるシロノを手招きして、このクソ野郎に読んでもらった。
『これなんだけどさあ』
『えっと何々……《スライム・ウォイター》名前からしてやばそうな臭いがプンプンするんだけど……で、これがどうしたの、ティッシュ係?』
『この下なんだけどさ……あ? 今なんつった?』
シロノの変な言葉。「ティッシュ係」とか言ったか? クソが。
変態野郎は板をガン見して、『えっ?』と予想通りに戸惑いが隠せていなかった。
だってそうだ。さっきも確認したのになかったものだ。
それに、
『えっ? だってお姉さんが、レベル3にならないと受けられないって……』
もう一度確認しよう。
《スライム・ウォイター》
《Lv.1以上 ソロ対象》
『行ける……よね、これ』
『だよな……やるよね、これ』
見間違えではなさそう。
『ま、まあやれるし、せっかくなら』
『そうだね。やろう!』
《スライム・ウォイター》の文字に触ると、【このクエストを受けますか?】の文字が浮かんだ。その下に〇と×のボタンが出た。
ああ、ここ押せってことね。
〇を押すと、体が淡い光で覆われた。
『『おおぉ』』
光がどんどん強く、視界が白く染まっていく。
体が軽くなっていき、ついに重力がなくなったように浮いた。
それがますます心を躍らせる。
始まるんだ、俺たちの冒険者生活が――――!