第五話 未来を読める青年と心を読めるおとこの娘
お姉さんの説明をまとめるとこうだ。
四天王というのはギルドの中で最も強い四人のこと。さっきの人は四天王の一人で名前はシュラゲン・クイラ。この街の中でトップクラスのイケメン。だが、ただのイケメンではなく、剣の腕も手に余るほど。
冒険者たちからは、いろんな意味で目標にされているらしい。
次に俺が四天王の一人になると言っていたことだが、彼は未来を視ることができるらしい。だが本人曰く、ハッキリと未来は視れないがとても重要な。大げさに言うと世界を変えてしまうような重大な未来だけ視えるみたいだ。
「だから彼が君を四天王になるって言ったから、皆キミが新しい四天王になるって信じてるよ」
なるほど。よくわかんないけど、なんか期待されてることは分かった。
ツンツンと突いてきたシロノ。
ああ、変わってほしいと。
立ち上がり、席をシロノに譲った。……ふと思った。
さっきまで自分の嫌いなものが体に触れていたんだ。殺気立ってるに決まっている。
しかし、時は遅く、
「自称なのに皆信じてるんだ。なるほど、顔と力で人を騙すんだね。これだからイケメンはっ」
ちょっとおぉぉぉぉおおお⁉
『なに言ってくれてるの⁉ ねえ! この人、俺たちが多重人格者って知らないんだよ⁉ シロノじゃなくて、俺の発言になるんだからマジでやめて‼』
もう目立つような言動しないで! 困るの俺なんだから!
『んん~!』
『退いて! ねえ、ねえってば!』
体を揺さぶっても退くつもりがないらしい。
くそったれ! ばぁか! シロノのバカ!
俺たちのことなんて知らず、答えてくれるお姉さん。
「初めは皆信じてなかったよ。でもシュラ君が予言していったことが起こるようになって、それが何回もあったから皆信じたってわけ」
どうやら、イケメンだから信じたわけではない。
『だってさ。ちゃんとした理由があるじゃん。だから――』
変わって。そう言おうとした時、重ねて。
『いや、きっと皆、あいつに洗脳されてるんだよ。イケメンは悪だから信じられない!』
……筋金入りのイケメン嫌いだな。これ以上彼に席を座り続けられたら話が進まない予想ができた。無理やりだけど仕方ない。
力はシロノの方が強い。なら、真正面ではなく、確実に退かす方法。
『シロノ? イケメンがあそこにたくさん立ってるんだk――』
『イケメン殺す。今すぐ、抹殺ッ‼ 抹消ッ‼』
脳内だからいる訳ない。が、シロノはやたらと「イケメン」に反応してしまう。たとえそれが脳内だとしてもだ。
『さて……』
席に座り、頬を叩く。
「そんな未来が視えるシュラ君が『四天王になる』って予言しているから、キミのことに興味を持ったからいろんなことを教えて……ね」
なんでそんな怖い言い方するの? まさかお姉さん、俺のことが好きなんじゃ――
「ごめんね。意味深な言葉使いしちゃって」
…………おぅ?
「ってことで君の名前、教えて。ギルド登録しないといけないから」
……なんだ、仕事か。少しでも期待した自分が恥ずかしい。
「あ、えぇ~と、キラです」
彼女は手を動かしながら明るい声で。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。もっと肩の力抜いて」
は、はぁ……と言われても、後からイヤな視線が感じるから気を抜こうとしても抜けないんですよ。とりあえず、こっちに集中しよう。
「一応私の名前教えておくね。私の名前は、ルイ。ルイお姉さんって呼んでね」
「あ、ハイ」
口を開けた状態で適当に答えた。
苦笑いも無く、ただ無表情で答えた。
「何か困ったら、私を呼んでね!」
は、はい。ルイお姉さん……恥ずかしいんですけど。
「それじゃあ、キラ君。これに触れて」
急に名前で呼ばれて戸惑いながら、お姉さんの手に乗った丸い小さな紅い石に触った。すると石の中心から真紅の光が輝き、石の上に水色の縦十五センチ、横八センチほどの半透明のモニターが現れた。
ビックリして手を引込めたが、お姉さんは逆にモニターに顔を近づけ「……え」と唖然し固まった。何回も確認して、何回も驚いて。
そんなお姉さんに「え、どうしました?」と彼女の反応を理解しようと声を上げたが、お姉さんは固まったまま。
だんだん不安になっていき、唸り声を上げている俺に気付き、「あ、ご、ごめんね」と黙っていたことに謝るお姉さん。
「えっとね……キラ君って本当に人間?」
「あれ? 言いましたっけ、俺が人間って」
種族の話はしてないはずなんだけど……どうして知ってるんだろう?
俺の疑問は、お姉さんの少し青ざめた顔で消えた。
「この石は触った人の潜在プランクトンの量、濃度を測ってくれる魔石です。それに加えて、種族も教えてくれるだよ。けど、結果が……おかしい」
ほぉ……ぷらんくとん、また出てきた。
そう言えば、結局シロノに教えてもらえなかったな。
「あのお姉さん。ぷらんくとんってなんです?」
デジャヴでまた馬鹿にされるのかなって言ってから思ったけど、お姉さんはそんなことはしなかった。
「空気中に漂う肉眼では見れないほどの魔力を持った小さな生命。それがプランクトンなの。私たちはそれをコントロールして魔法を発動させてるんだけど」
「プランクトンを体内に留める器があるの。その器に入れてるプランクトンのことを潜在プランクトン。で、その潜在プランクトンを調べてくれるのがこの魔石ってこと。分かったかな?」
「プランクトンと潜在プランクトンの違いって、体内にあるかどうかってこと?」
「そうだね。そんなに違いはないんだけど。潜在プランクトンの量が高いと身体能力が特化してて、濃度が高いと魔法能力が特化してるの。それでね、驚かないでほしいんだけど、キラ君の潜在プランクトンの量と濃度が両方とも」
あっ、察した。
「低いんだ……そっか」
イケメンを殺しに行ったシロノ、いつも通り寝てるルクロ……ホント、変なやつしかいないな、ここ。
「いや、高いんだよ。両方とも」
「――えっ? どういうこと?」
「身体能力も魔法能力も高いの」
「それって、普通?」
「いやいや! 全然いないよ! 他の種族含めても稀。確かにこれなら四天王に成れる素質だよ!」
そんなすごいことなんだ。……実感ないけど。
「すごいね~本当にすごい――あっ、ごめんね一人で盛り上がっちゃって」
「いえいえ、大丈夫です」
身体能力と魔法能力……うん、ルクロとシロノだな。
他人のことを誉められて、嬉しいとは思わない。けど、改めて二人のすごさを確認した。
『キラ君、キラ君? いい加減、君は自分の実力を認めていいと思うんだけど』
やっと戻ってきたシロノ。
『もうイケメン狩りは良かった?』
彼のことなら、いないイケメンは自分で作り出して、それをボコボコして来たんだろう。
『よかった。ボコボコにするの気持ちいいよ』
いいストレス発散になったみたいで、今は普段通り落ち着いている。
『それで俺の何を認めるって?』
『君自身の力だよ。僕とルクロのおかげとか思っちゃってさ』
『……シロノって俺の心でも読めるの?』
頭よりも口の方が早く動いた。
そりゃあ、自分が思ってるだけなのにそれに反応されたら、驚くに決まってる。読まれてると勘違いしても仕方ない。
多重人格だと言っても、お互いの人格の心が読めるわけではないんだ。
もちろん、俺はシロノの心もルクロの心も読めない。
もし、シロノが本当に心が読めるというのなら、それはもうズルなんだよ。
『うん。読めるよ』
『なにズルしてんだよ変態野郎ッッ‼』
彼はクスクスと笑い始めた。
『やっと気づいたの? 時々アピールしてるのに全然気づかないんだもん』
なにこれ。もしかしてバカにされてる?
『うん☆バカにしてるの』
……落ち着け、俺。冷静に、冷静に……ん? ちょっと待って?
『じゃあ、ウソ泣きしたときもパンツ見ようとしたのも、全部筒抜けだったってこと⁉』
い、いやそんなバカな……。どうせはったりに決まってる。
『はったりって思うよね』
『――にゃ?』
あれ? 今声に――
『「あれ? 今声に出してなかったよなぁ~」でしょ』
…………どういうこと? えっどういうこと?
一瞬で頭の中が「どういうこと?」で一面埋め尽くされた。
『混乱するのは分かるけど、落ち着こ? ねっ』
あっ、これガチやつだ。
全てを察し、正座をして姿勢を正した。
ふぅ……息を深く吐き、今まで思ってきたことを一つ残らず、記憶の奥から引っ張り出した。
男なのに、可愛い動きしてるのを見て、楽しんだこと。
男なのに、露出度の高い服を着て、ちょっと興奮したこと。
男なのに、男らしくないと思ったこと。
男なのに、寝顔を見てドキッとしたこと。
男なのに、たまに「女だよなぁ」と勘違いしたこと。
男なのに、かわい……待て。そんなこと思ったことあったっけ?
つか、おかしくね? シロノのことを一度でも「女」って思ったことあったか?
うん、ねえな。ないわ、一度も。
どうした俺。シロノの暴露のせいでまだ混乱してるのか? ああ、そうだわ。絶対そのせいだ。
何が「シロノのことを女と勘違いした」だ。一度もねえっての! あんなへんた
「すとぉぉぉぉおおおおっっっっっっっぷうぅぅぅうう‼」
『おっ、どうした? そんな大きな声出して』
「誰のせいだと思ってるの⁉ だ・れ・の!」
顔を真っ赤にして怒るシロノ。
誰のせいって……あっ。
『ああ! わかったぁ! ぼくぅだぁ!』
「そうだよそうだよ! 僕の可愛さにやっとキラも気づいてくれたって嬉しくなったのに、急に否定しちゃってさ! バカみたい! 挙句の果てにまた僕のこと変態呼ばわりだよ! もうキラのこと嫌いになった!」
『キラだけに』
「ちょっと黙ってくれるかな⁉」
テンション高いなぁ。まあ、俺のせいなんだけど。
心を読まれるってのは気持ち悪いから嫌だったんだけど、からかうことにもできるからうまく使えばもっと……ッ⁉
思わず口を押えてしまった。全身にゾッと立つ鳥肌に恐怖と笑いが込み上げてくる。
俺はね、優しいんでね。教えてあげる。
シロノが立ってる場所を、ね。
『ブツブツ俺の悪口唱えてるシロノさぁあん! ちょっといいかなぁ?』
「(キラの悪口)……なに? 今君の悪いとこを頭の先から足の裏まで丁寧に数えてるんだから邪魔しないで。数え終わったら、キラに教えてあげるよ♡」
『俺のことが大好きなのは分かったから、ちょっと黙ってくれ』
「……はあ? 君の悪いとこってそういうことだよ。自意識過じょ――……ッ⁉」
自信過剰、の続きが気になるけど、いいや。いや、しっかし便利だなぁ~。
だって、事情を口に出さなくても、勝手に読んでくれるんだもん。説明する面倒がなくなって結構。
さっきまで赤く染まった顔はどこへやら。今は十二分に青ざめている。
いやぁ~。早速からかうことができて、嬉しいよ。
ねっ、一人で叫び話してた変人君。
外の世界は今どうなっているのだろう?
シロノは今何を言って、何を言われているのだろう?
興味をそそられるが、怖くて外に出たくない。
彼はさっきまで内側で叫んでるって思いこんでたんだろう。だが、それは違う。
シロノが立っていた場所は外に出れる席だ。そんな場所に立っていたら、当然。外に声が漏れる。ただし、シロノだけの声だけが。
俺はギュッと耳を力強く握り、目を瞑った。
シロノが逃げないように鎖で縛っておいた。
叫ぶことに夢中になっていたシロノはやはり気づかなかった。
せっかく教えてやろうと思っても、心を読む前に叫びやがった。
もしシロノが冷静に俺の心を読んでたら……まあいい。
この世の地獄を楽しんでくれ。