第四話 予想外の悲劇 part3
歩き始めてから俺は不思議な感覚に襲われた。
数分と感じるほど1秒1歩が重く感じる。
どうしてそう感じるのか、理解してる。
「シュラさまだ。こんにちはぁ♡」
「ああ、こんにちは」
キャー、と響く女子の黄色い声。
たぶん、イケメンだからだろう。……人の視線が痛い。
俺を見ていないのは分かってる。けど、彼に向けられた熱い目線が気持ち悪かった。
「おぉ、シュラじゃねぇか。しばらくだな、どこ行ってたんだよ」
「ああ、ちょっとな」
どうやらイケメンだからと言うだけではないらしい。
ゴリゴリの斧使いのおっさんにも声を掛けられるってことは、イケメンのほかに訳があるみたいだ。
『し、シロノさん? どうした』
「シュラ」と呼ばれている彼を睨んでいるシロノに気づいた。
俺の声で我に返った。
『い……いや。なんかね……』
『シロノがそんなに怒るなんて珍しい……のか?』
『どうして、そこで疑問形?』
『だって、俺が古代文字読めないって言ったとき、怒ったじゃん』
『あれは呆れだよ。怒ってないよ』
どっちにしても嫌だな……。
『はぁ……僕が睨んでるのはこの人。この顔もスタイルも良くて、何より女子の心を掴もうとするこの笑顔! ああぁ、気持ち悪い気持ち悪い。こんな人と同じ空気を吸ってるって思うと吐き気がする』
『……そのイケメン嫌いのとこ、相変わらずだね』
『イケメン死すべし』
彼はなぜかイケメンが大の嫌いである。
理由はあるだろうけど、話してくれないほど嫌なんだろう。
シロノが暴走しないように落ち着かせながら、存在を消している俺の心臓と時を穿つ一つの言葉が現れた。
「ってかその子、だれ?」
バレた……ッ! クッソ、この人の影に隠れてれば、注目されることはないって思ってたのに!
浅い考えだったことに悔いた。目立っている光の影にも視線が向く。隠れるのなら、息を殺さないと見つかってしまう。
その言葉を合図に、隠れていたつもりの俺をたくさんの人が気付き始めた。
「あれ? 見たことないね」
「かわいい~」
「おい、おいおい子供だぞ!」
いろんな声が聞こえた。
子供子供うっさい。確かに身長はあんたらよりも低い。現にいま俺の肩を掴んでいるこの人も俺よりも少し高い。そのせいで低く見えるって分かるけど。子供は失礼だ! 俺は十六歳だ! もう成人してるっての!
怒りを表情に出さないように感情を抑えていると、肩を掴んでいた手を頭の上に置かれた。
な、なに⁉ 気持ち悪い! 助けてシロノ――ってダメだ! 噛みつこうとしてる!
『おっ、落ち着けシロノ!』
『グルル……触れるなチキンが‼』
獣のように唸り、構えている。今の彼を表に出せば、暴れるに決まってる。
早くこの場から離れようとしたが、脚が言うことを聞いてくれない。
焦り過ぎて、脚の動かし方も忘れたのか俺はァ!
俺の焦りを気にすることなく、この場にいる全員に聴こえるくらいの声の大きさで。
「この子は、近いうちに四天王の一人になるよぉ!」
それを聴いた人々が――ギルドの時が止まった。
誰かが『何かの聞き間違えか』とでも思ったのか、恐る恐る問うた。
「え、それって……どういうこと……です、か?」
彼はまたニヤリと笑った。が、さっきとは違い不気味な笑みだ。
「そのまんまぁ~の、意味だよ☆」
パリーン……
誰かが持っていたグラスが落ちて割れた音が、鮮明に聞こえた。さっきまで自分の声が小さく聞こえるほど騒がしかったのに。
十秒くらいだろう。誰も何もしゃべらない空間にいたのは。
小さな小さな声――いや、言葉にできていない音がだんだんと大きく。
そして一気に活気を上げた。
「おお! マジかよ! あんな子供が、冗談だろ⁉」
「だけど、シュラ様が言うんだからきっとそうだよ!」
「シュラさまスゲェ――! マジパネぇーすッ!」
「んじゃあ、誰が四天王を降りるんだ⁉」
こいつらは一体何を言っているんだ? 四天王ってなんだよ。
『教えろ』という目線をこの状況を作った本人に向けるが。
「さあ~さあ~、未来の四天王様。まず手続きしよっか☆」
気付かなかった。……違うな。たぶん、気づいてるけど無視してるんだ。いい笑顔しやがって、なんとなくシロノの気持ちも分かった気がする。
わかってたけど、さっきよりも見られていた。
さっきまでこの人に目線が向いてて、興味ない人はそのままご飯や話をしてたのに、いまは全員が俺を見ている。
期待しているような、反対にどこか悔しそうな目線を感じる。
聞こえてくる話は俺のことばっかりだ。
小っちゃいくせに生意気だの、俺の方が強いだの。嗚呼、うるせえ!
余計なことを言わないように口を閉じ、下を向いた。
なんか……肩を掴まれてるこの感じ。『逃がさない』とでも言いそうな気がする……あと、俯いてても分かる。俺を追っている目線……やめてほしい、怖いから。
俺は暴れる獣を抑えながら、誘導に従った。
ただ歩くだけなのに疲れた。
入口から見て、そこまで距離はないと思っていたが思いのほか距離はあるんだ。
……違うわ、視線のせいだ絶対。
さっきのしてんのう?の話から一分は掛かってないはずなのに長く感じる。
『やっぱり見られるのは苦手だ』
それに獣も相手にしないといけないから余計に疲れた……。
苦笑いをした時、肩を掴まれている感覚がなくなった。
ふっと顔を上げると白い長テーブルがあり、それよりも上げるとそこには赤い服に小さなリボンをしている立派なおっ……胸をお持ちの女性がいた。
しゅらサマは、その女性に近づきテーブルに腕を置いて話しかけた。
「ルイちゃん。あとはお願いね」
投げやりだなぁ。
だが彼女はニッコリと微笑んで、
「あなたが言うには四天王に近々なるというその子の手続きをすればいいのよね」
「さっすが解ってるねぇ。んじゃよろしくねぇ」
なんとかサマは姿勢を元に戻し、振り返って俺と目を合わせた。
そのまま真っ直ぐ、俺の眼を見ながら歩き、横に並ぶと左肩を掴んできた。
そして、さっきまでの軽い声ではなく、覚悟を決めたような冷酷で淡々と俺の耳元で囁く。
「キミは必ず強くなる。そして四天王の座に来るだろう……そのときは――」
その声の主は獲物を狙っている蛇の眼で、
「ぶっ殺す」
そう言うと彼はにっこりとした顔に戻り、出入り口の方に歩いて行った。
その姿をつい、追ってしまった。
彼は歩いている途中、また冒険者たちに話しかけられるが適当に笑顔で答え、ギルドを出ていった。
……あれが強者、爪隠してるなぁ。
シロノが前言ってたな。「能がある鷹は爪を隠す」って。それってあいつのことを言うんだろうな。
あいつは強い。さっきの殺気も真似事でできるものではない。おそらく、いや確実にあいつは――
『グルル……べぇー!』
舌を出して、感情むき出しになったシロノ。
ハハ……と乾いた笑みを漏らしていると後ろから明るい声が聞こえてきた。
「君が四天王の一人に、ね~」
その言葉に反応し、振り返ると胸を強調するような腕の組み方をして楽しそうな笑みを浮かべているさっきの女性がいた。
思わず照れてしまうが、首を振って問うた。
「あの、さっきから言ってる〝四天王〟って、何ですか? あとさっきの人はだれです? 俺が四天王になるとか意味分かんないんですけど……」
その言葉に彼女は驚きを隠せず唖然としていた。
なんか……すみません。
「……本当に、知らないんですか?」
「知らないです」
即答した俺にまた驚いたみたいだが、説明してくれた。
「順を追って説明しますね」