第三話 予想外の悲劇 part2
城に戻ってきた俺たちは、足を止めずに中に入った。
中のほとんどが吹き抜けで広々としている。
上からろうそくの灯でオレンジに染まっている大きく綺麗なシャンデリヤが五つ、天井から吊るされている。
例えるなら、そう〝教会〟だ。
見た目は良いんだ。見栄えはいいのに、それをぶち壊す存在がいた。
その存在は――
「やめろッッ!!」「酒だッ酒だッ! 酒を持ってこいッッ‼」「さあ、さあおめーら寝んじゃねぇーぞッ! もっと飲みやがれッッヒャッハー‼」
昼間から酒を飲んで酔っぱらっている冒険者たちだ。
「「うるさッ」」
口から自然と出た。
その声は誰の耳にも入らず、消えていった……
出入り口付近から見てもわかるほどの大きさで【カウンター】と書かれている看板が目に飛び込んできた。
どうやらあそこで受け付けをやるみたいだ。
しかし問題がある。
カウンターに行くまであのギルドの見栄えをぶっ壊す冒険者たちの横を通らないといけない。
本音はちょ――行きたくない。けど、冒険者にならないと生活がかかってる。
もちろん、冒険者以外にも接客業や運び屋など仕事はほかにもある。
けど、そんなことをしていたら、地味なことが嫌いなルクロが怒る可能性が高い。
寝てるときに起こされただけで怒る短気家だ。客にいちゃもんされたら、何するか大体わかる。そんなことされたら、生活が危ないし、客や店主の命も危なくなる。
冒険者ならまだ大丈夫な気がする。……まあ、消去法なんだけどね。
俺もシロノも命を懸けてまでお金を稼ごうとは思わないし、それに冒険者職業は命がけの割に収入が低いらしい。
ルクロがいるから、ということでこの職業を選んだ。
「はぁ……」とシロノもため息をつく。
『本当になるんだよね、冒険者』
……ああ。
『なるしかないでしょ。時間をかけて考えたんだ。今引き返したら、時間の無駄になる。ま、考え直してもまた戻ってくると思うけど』
そう言うと、シロノは『ハハ……そうだね』と苦笑した。
『お金ももう尽きるんだ。稼がないと一日一食になるぞ』
ギュルルル……
お腹が鳴ったシロノは急いで腹を覆った。顔を赤くしながら睨んできた。
『もう……ご飯のことは止めてよ。せっかく忘れたところなのに……』
ごめんごめん。軽く謝った時、俺も腹が鳴った。
『…………』
『……行こっか』
『そうだな』
早歩きでカウンターに近づく。
冒険者たちが飲み食いしてる隣を視界に入れないように歩いていると、その反対側で「ねえーちゃんさあ、俺たちと一杯しねぇ? 奢るからさぁ!」とナンパしていた。
『うわっ、ナンパって本当にあるんだ。生で見たの初めて』
俺もそれに同意した。
『わかる。ナンパする人って自分のことかっこいいって思ってるんだよね?』
『そう思ってるから、ナンパするんじゃない? 自分に自信がないキラとか絶対できないよね』
……そうだけどさ。そうなんだけど、きっぱり言われるとちょっと悲しい……。
『……キラがモテたら、困るんだけどね』
『……いま、なんつった?』
『な、何でもない』
『っ?』
なんかシロノが乙女っぽいのは気のせい……なのか? 気になるけどなぁ……あっ。
ナンパはどうなったんだろうと思い、見ると。
ナンパしてた男が肩を組まれていた女性から腹パンをグーで ナンパしてた男が肩を組まれていた女性から腹パンをグーで喰らっていた。
相当痛いみたいで、その場で腹を両手で押さえながらうずくまり頭を床に付け、まるで土下座のような態勢になり肩……じゃなく全身で震えている。
腹パンをした女性はうずくまった男を死んだ魚のような眼で見ると、何事も無かったかのようにしっかりとした歩みで、その場を立ち去った。
俺だったら、怖くて動けないと思うけど、あの人すごいな。
いまだに震えている男の下に寄り添うように近づく、もう一人の男。彼はうずくまる男の肩をポンポンと叩き優しい声で、
「ドンマイ、今回もダメでもまた次に活かせばいいさ。さぁ酒飲もうぜ」
今回〝も〟って前にもやってたんか。つーか、これまでに成功したことないだろ。腹パン何発……何十発も喰らってきただろ。それにこれをどう活かすんだよ! ポジティブすぎない⁉
――とツッコミを入れようとしたが、口を閉じ我慢した。
彼の慰め(?)の言葉に――というか〝酒〟に反応し涙目で。
「……そうだ……俺には相棒がいるじゃないか……」
と呟きながらだんだん立ち上がっていく。
そして男があるテーブルに座った男集団に向かって――
「おいテメェーら! 竜酒持って来いッ‼ こうなりゃあヤケだ‼ 夜まで飲みまくるぞ‼」
耳が痛くなる声量で叫んだ。
それを聞いた男たちが「「「「「ハイッ‼」」」」」とギルド中にいる全員に聴こえるほどの声で返事をする。
その声にビビり、周囲を見渡したが俺以外動揺する人がいなかった。
なに日常茶飯事なの⁉ これ⁉
身の危険を察して後退りする。だが、逃がすまいと右肩を掴まれた。
「――――ッ⁉」
血の気が引き、恐る恐る右肩を見るとそこには――
「見ない顔だね。ここに入りたいの?」
黄土色の髪に紅紫の鋭い眼、整った顔。そこには〝蛇〟を連想させる美青年が軽い口調で話しかけてきた。
俺の脳裏にさっきのナンパのシーンがよぎった。
は、腹パン、したほうが……いいのか? ち、違う違うッ! この人はナンパじゃない……と思う。つーか、『ここに入りたいの?』って訊いてるからナンパじゃないだろ。男が男にナンパってただの変態じゃんかよ!
俺はおずおずと小さく頷いた。
それを見ると青年はニヤリと笑い、さっきと同じく軽い声で、
「んじゃぁ、行こぉ~か」
緊張が足を狂わせてくる。必死に転ばないことを気にしながら歩き始めた。