キミといつでも夢を
なんで、何で俺じゃダメなんだよ。何であいつに俺は勝てないんだよ。
高2の秋、修学旅行に行くことになった。俺は密かにこの修学旅行に懸けていた。初めて見た時からあの子と付き合いたいって思っていたから。俺のクラスには何の意地悪か女子がいない。それもそのはずで、工業高校自体、圧倒的に女子の数が少ないからだ。俺が入ったのは機械科。実習ではそのほとんどが将来に向けた本格的な授業なので、溶接だったり製図だったり、もちろんPCにも触れる。それでも資格目当てで入ってくることが多いせいか、機械科を望んで入ってくる女子は少ないのが実情だ。
女子が希望する科と言えば、その多くは電子工学あるいは、エンジニアだ。もっとも、どの科でも課題があり、科に関係なく交流することが出来るのは幸いと言えば幸いだが。俺が入学した年の機械科には、見事に女子が入って来なかった。正確には一人いたらしいが、さすがにそれはどうなんだということになったらしく、その女子は電子科に移ってしまった。まさにその移ってしまったその子に俺は一目惚れをしていた。入試の時のあのはにかんだ笑顔に加え、うっかり忘れたシャーペンの芯をその子は何の躊躇もなく、俺にくれたのだ。
「げっ! マジかー。芯が入ってないぞ。こういうのって試験教官に言うのか?」
そうやって独り言を誰にでも聞こえるくらいの声量で言っていたら、本当にたまたまだが隣から芯を慎重に指の間に挟めたまま、俺に差し出してきた人がいた。試験開始前だったので、そのことを注意されることもなく俺は「あっ、すんません」などと、適当な返事でお礼を言うことしか出来なかった。でも、その時の彼女の笑顔に一目惚れをした。してしまった。高校に入るまでまともに人を好きになったことが無かった俺は、この時初めて、心臓の鼓動が恐ろしくバクバクと自分の中で響き渡っていることに驚いた。
そして入学。当初見た名簿にはあの子の名前が載っていたにも関わらず、登校初日には名簿から消えていたのを覚えている。その時、これから始まる機械漬けの3年間に光など見出せないとして落ち込んだ。ところが、科に関係のない課題研究で俺や他の連中を含めて、飛行するソーラーラジコンを作ることが決まった。同じ研究チームに彼女がいたのだ。思わず握りこぶしを作って、思いきりガッツポーズを作ってしまった。
「そんなに嬉しいの?」
「えっ? う、嬉しいっす! さ、3年間同じチームっすけど、よろしくお願いします」
「あ、こちらこそです。私、電子科の原です」
「俺は機械科の窪木です」
「機械科なんだ? 私、本当は機械科行きたかったんですよ。でも、定員割れなうえに女子が一人もいないからって、移ることになったんです。でも電子科も似たようなもので3人しかいませんけどね」
「そ、そうなんだ。あ、あはは……いや、一緒の科だったらもっと話が出来たのに残念だなぁ」
「ホントですね」
あぁ、好きだ。こうして話をしているだけなのに原さんに恋をした。でもこんな気持ちをどうやって伝えればいいんだ。どんなに仲良くなれても、科も違えば会える日も限られている。たとえ、今みたいに課題チームの時間で会えたとしても、原さんとばかり話せるわけじゃない。こういう時、何て言葉をかければもっと仲良くなれるんだろうか。そして初めての想いを、どんな風に伝えればいいんだろう。
そうしてあっという間に2年になり、課題チームの時間でだいぶ仲良くなることが出来ていたのに、俺はその時に彼女の隣に常にいる奴のことを知った。彼女と同じ科の奴が彼女にすごく近い距離で話をして、そいつを見る彼女の目がソイツしか見ていないことに気づいた。もし機械科に入っていてさえくれれば、彼女の隣には俺がいたかもしれないのに。そう思うと、楽しかった課題チームの時間も苦痛でしか無かった。
付き合っている二人。その事実だけであきらめなければいけなかったのに、修学旅行に行く二か月前くらいに、二人は喧嘩をしているという噂を聞いた。その状態に割り込むなんて、それって良くないことなのかもしれない。そうと知りつつも、チャンスと思わざるを得なかった。
「原さん、良かったら一緒に寺巡りしない?」
古都に来た俺たちは基本的に自由行動だった。俺は思い切って彼女を誘った。今なら、俺が彼女の心に寄り添えるかもしれない。そう思ったから。
「……ん、いいよ。行こうか」
「おっしゃー!」
「あはっ、お寺が好きとか?」
「いやっ、好き……な方かな」
「ふふっ、窪木くん面白いね」
面白い、か。その笑顔をもっと、もっと俺だけが見たかった。だけど、楽しそうにしているはずの原さんの笑顔は、時折寂しそうにどこか空を眺める時間があって、その時だけは声をかけることが出来なかった。
とにかく沈んだ気持ちの彼女を楽しませたい。そう思って、あちこち連れまわした。彼女は心底楽しそうにしていた。夕暮れに宿泊先の旅館に戻ることになった俺たちは、違う科ということもあり女子と男子とで割り当てられた部屋に戻ることになった。ここで言わないとダメなんだ。そう決心していた。
「原さん、あの……俺、キミが好きです。その、ま、待っててもいい……かな?」
「……」
「俺は、俺なら、キミを悲しませることはしないから。だから――」
「そっか、うん。やっぱり、そうだったんだね」
「え?」
「気づいてたんだ、窪木君のこと。でも……ごめん、ね。今は確かに喧嘩してるけど、それでも好きなの。だから……だ、から――」
「あ――」
涙を流す彼女の肩に手を置くことが出来ないまま、俺はそのままどうすることも出来なかった。だけど、せめて、これくらいなら許してくれる。そう思って、ありもしないことを彼女に口走っていた。
「原さん、原 百々海さん。俺、いつでも夢の中でキミに逢えるのを待ってる。もし逢えたら、夢で逢えたら、恋を……してもいいですか?」
「ん、いいよ。逢えたらいいね。夢の中で逢えたら、私も窪木君に恋をします」
その場で俺たちは別れた。夜、眠っても夢で逢うことは叶わなかった。だけど、確かに俺は君に恋をしていた。実らなかった初の恋を、キミにしていたんだ。いつでもキミと夢で逢えることを夢見て、俺は残りの高校生活を頑張るよ。キミといつでも夢の中で逢えることを願って――。
お読みいただきありがとうございました。
このお話はもちろん、フィクションですが同窓生が工業出身だったなぁと思い出して書きました。
今回の初恋は悲恋ではありますけど、書きたかったお話でした。