第9話「死体検分」
09
暗殺者たちとの死闘があった翌朝。幸いにも襲撃はなく、街道にも不穏な動きはない。本格的な軍勢が来たらカルファード家の兵力では守りきれないが、とりあえずは安心のようだ。
リン王女を囲んでみんなで朝食をしていると、ベナン村の郷士が報告に現れた。
「若様、やはり森の中に神官たちの死体がありました」
「やっぱりね」
神殿の中に暗殺隊がいたのに、外の森にあんなまとまった人数の暗殺者がいたのは不自然だ。他の任務があったと見るべきだろう。
それがおそらく「神官たちの始末」だ。
リン王女の話によると、昨日は食材のハーブを摘みに外に出たという。それも副神殿長に頼まれたそうだ。
普段は決して外に出させてくれない彼らが、昨日に限ってリン王女の外出を許可した。いや、外出を依頼した。
そして外には刺客の集団。
神官たちが暗殺計画に一枚噛んでいたとしか思えない。
私はより詳しい報告を求める。
「殺され方を教えてくれる?」
「はい。神殿長と副神殿長、それに神官長の三役は首を落とされていました。首は見つかっていませんので、聖衣で判断しただけですが」
死者の脳は「死体占い」で使う。私が魔女の秘術を使うことは誰にも知られていないはずだが、同様のテクノロジーがこの世界に存在する可能性はある。
首を持ち去ったのも、超自然的な探知技術に対する隠蔽工作だろう。
「平神官たちは?」
「全員かどうかはわかりませんが、八人分の死体を見つけました。こちらは首はそのまま、喉笛だけを掻き切られています」
「そう……」
重要な情報は持っていないが、「ついでに始末された」というところか。気の毒に。
「ベナン村とは対立していたけれど、死者を粗末に扱うのは私の流儀に反するわ。これから検分するから、その後で丁重に弔いなさい」
「承知いたしました。あ、骸といえば暗殺者の方はどうします?」
「そっちも私が検分するわ」
暗殺者の持ち物から、何かわかるかもしれない。
そう期待してベナン村に戻った私だったが、暗殺者たちの所持品はあまり役に立たなかった。
「壮観ねえ……」
神殿で討ち取った暗殺者は十二人。森で討ち取った暗殺者が十一人。合計二十三人。これに前日の昼に斬った暗殺者が二人で、二十五人もの暗殺者が死体になっていた。
よくもまあこれだけ雇ったものだ。
しかしどの死体からも、身元がわかるような所持品は見つからなかった。どこにでもありそうなナイフや、熊狩りの猟師が使う矢毒。ありふれた道具ばかりだ。
「身元の隠蔽だけは徹底してるわね。でも隠せてないものがあるわ」
それは死体の体格。
「ガキの頃からいいもん食ってる体ね、これは」
暗殺者たちの多くは、高身長で筋肉質だった。幼少期から栄養状態が良く、鍛錬もしている。つまり貴族階級の戦士たちだ。
体に古傷がほとんどないので、実戦経験は少ないようだ。戦場での働きはほとんどなく、稽古しかしていないのだろう。
そして彼らは整備された里山と原生林の区別がついていなかった。
ということを考えると、こいつらはお偉いさんの護衛あたりだろうか。だとすれば間抜けな最期だ。
「こんな死に方して親が泣くわよ。……埋葬してあげなさい」
私は死体に小さく手を合わせると、やりきれない気分でその場を後にした。
命の価値が軽い世界とはいえ、昨日から人が死にすぎている。
せめてこちら側の死者だけでも減らさないと。
カルファード城館に戻ると、異母妹のユイがリン王女を追いかけていた。
「殿下、湯浴みしましょう! お手伝い致します。」
「けけ、結構だ! 湯浴みなど贅沢すぎる!」
胸元をしっかり押さえながら、逃げ回るリン王女。
そこにリュナンがひょっこり顔を出し、妹に加勢する。
「さすがに湯浴みは毎日という訳にはいきませんが、カルファード家では毎日清拭をします。兄上もそうしているんですよ。ですから殿下、どうかお気になさらずに」
私の前世では毎日風呂に入って髪を洗うのが当たり前だったから、今もなるべく清潔にしている。
そのうちに弟たちが真似するようになり、父も真似するようになった。おかげでみんな清潔だ。
だがリン王女にとっては、ちょっと潔癖すぎるように思えるのだろう。衛生観念がない時代だし、この世界の人々は自他の体臭に寛容だ。
だから逃げる。
「いやっ、さすがに心の準備が……」
右からリュナン、左からユイに追い詰められ、リン王女は私に助けを求めてくる。
「ノ、ノイエ殿! なんか言ってやってくれ!」
「そうね」
私はリン王女の姿をしげしげと観察して、それからこう言った。
「昨日あのまま寝たから、顔が埃だらけよ。綺麗になさい」
「なっ……!?」
その後、彼女がユイの手で念入りにピカピカにされたのは言うまでもない。
私はその間、当家の主である父に報告をしていた。
「今回の暗殺未遂事件、かなり複雑な裏事情があるみたい」
「そのようだな。さて息子よ、どうするかね?」
父は机に肘をついて手を組み、フッと微笑む。
「かつて私が六年もの間、イザナの……お前の母の行方を探していたのは、何もイザナへの愛だけではない。打算もある」
「それは初耳ですわ、父上」
打算とは縁遠い人に見えるのが、我が父だ。
しかし父は微笑んだまま、妙なことを言い始めた。
「イザナは平民だったが、とても聡明な女性だった。彼女が育てた子なら、必ずや当家を繁栄させてくれるとな」
「でもその直後にリュナンが生まれたから、父上の苦労も無駄だったわね」
父は苦笑する。
「後継者の問題でお前を探していた訳ではないよ」
父は独身を貫くつもりだったが、さすがに祖父たちが許さなかったらしい。後継者が庶子だけでは領地の相続を認められず、領地を没収される可能性があったからだ。
「どのみち家督はリュナンが継ぐ以外あるまい。だが領地の経営手腕を見れば、やはりお前がいてくれないと困る」
父は穏やかにそう言う。
「リュナンは良い子だが、まだ経験不足だ。それに素直すぎる。あれではいかん。領主という重責を乗りこなすには善の手綱だけでなく、悪の拍車が必要だ」
「私にはその、悪の拍車があると?」
「そう信じるからこそ、お前の好きにやらせているのだ。溺愛や放任ではないぞ」
前世で社会人を経験しているし、今世でも放浪生活を経験した。だからリュナンには想像もつかない苦労を何度も味わっている。
私は苦笑するしかない。
「過分な御期待、少々重荷ですわ。お応えできるといいけど」
「なに、もう十分にお前はよくやってくれている。このままリュナンを支えてやってくれ。実質的には、私の次はお前の代だ」
私がリュナンたち異母兄妹を追い出すとか、そういう心配は一切していないらしい。
ここまで信頼されてしまうと、私もがんばろうと思えてくる。
「お言葉、胸に刻みましょう。ところで父上」
「何かな」
「都の様子を知りたいのだけど、何か良い伝手はないかしら?」
おそらく王都では王位継承に関するゴタゴタが起きているはずだ。そうでなかったら戦略を早急に見直す必要がある。
すると父はニッと笑った。
「イザナを捜索したときに、いろいろと人脈を作ってな。今でも七割がた使えるから、それで調べてみよう」
こういう頼もしさもあるので、私は父を尊敬している。
「ありがとう、父上。さすがは現当主ね」
「ふふふ、もっと誉めても構わんよ?」
息子に誉められたのがよっぽど嬉しかったのか、父は上機嫌だった。