第8話「異母妹」
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リン王女を城館の最上階にある一室に案内すると、異母妹のユイが待っていた。
「ノイエお兄様、こちらが王女殿下なの?」
「そうよ。失礼のないようにね」
私はリン王女が心配しないよう、にっこり笑ってみせる。
「こちらは私の異母妹、ユイ・カルファードよ。まだ十四歳で成人前だけど、礼儀作法と気配りはきちんとしているから安心してね。兄たちの自慢の妹なの」
リュナンもユイをとても可愛がっているし、私もそうだ。
なんせ私はユイのおむつを毎日換えてあげていた。この世界は育児にあまり熱心ではなく、小領主の子供と言っても現代人感覚では「早く何とかしろよ……」と思うレベルの保育しか受けていない。
見かねて世話しているうちに、なんだか懐かれてしまった。
あとリュナンの世話も同様にしていたので、この兄妹は私を母親のように慕ってくれている。
だから私は自信を持って、自慢の妹の肩に手を置いた。
「この子もリュナンも、信頼できる大事な家族よ。何も心配せず、頼りにしてね」
するとリン王女は一瞬、とても羨ましそうな目で私を見つめた。
「信頼できる……大事な家族か。いいな」
「……そうね。ごめんなさい、自慢の仕方が悪かったわ」
私は悪いことを言ってしまったと後悔し、とりあえずユイをリン王女に押しつけた。
「歳も近いし、仲良くしてあげてね」
時計がないからわからないが、今夜はもう遅い。リン王女を休ませてあげないと。
私は部屋を退出し、廊下に敷物を敷いて座る。少し寒いが、毛布を多めに持ってきたので大丈夫だろう。
私は魔除けのまじないを周辺に展開すると、うとうと眠り始めた。
* * *
【リン王女視点】
私は暖炉の前の椅子に腰掛け、背もたれに体を預ける。パチパチとはぜる薪の音を聞いていると、ようやく生きている実感が湧いてきた。
「こちらにお飲物を置いておきますね」
ノイエ殿の異母妹の……ユイがそう言ったので、私は礼を言う。
「かたじけない、ユイ殿」
すると黒髪の少女は、おかしそうに笑った。
「王女殿下は、殿方のような言葉遣いをされるんですね……。あっ、失礼いたしました」
「いや、気にしないでくれ。その通りなんだ」
私は手を振る。
「私の母方の祖父は小領主だったが、私に期待をかけてくれていたんだ。私が女王になるかもしれないなどと途方もない野望を抱いて、私をしっかり養育してくれたんだよ。その結果がこれだ」
庶子の女児なのに、まるで王子のような振る舞いだ。不釣り合いな自分の在り方に、つい苦笑してしまう。
「おかげで女の子らしい遊びや心得には、とんと疎くてな。ユイ殿が羨ましい」
しかしユイは照れくさそうに笑う。
「いっ、いえっ! 私なんか本当に、兄たちに助けられてばかりのダメな子で……」
「それは私も同じだ。ノイエ殿に助けられて、ようやく今夜の命を繋いだのだからな」
そういえば、ノイエ殿のことはいろいろ気になっている。
「ノイエ殿は私と真逆で、男なのに女のような出で立ちだな。母君の影響と聞いたが……いや、ユイ殿とは母親が違うのだったな」
「……私の母は産褥で亡くなりましたから、私の母親代わりをしてくれたのはノイエお兄様です」
しまった。私のバカバカ。
「すまない。私の母も病で世を去っているが、女には生きづらい世だな」
「あ、そうなんですか……」
ユイは私に親近感を抱いてくれたようだ。
「ノイエお兄様の母君は、お父様の恋人だったと聞いております。でも急にいなくなってしまって、お父様は大変悲しんだとか。あ、当時はお父様はまだ独身でした」
「ほほう」
なんか興味出てきた。
「それで?」
「八方手を尽くして何年も探し続けて、ようやく所在を突き止めたときには亡くなっていたそうです。すぐにノイエお兄様を引き取ったのですが、庶子では家を継げませんから」
それで新しく妻を娶ったということかな。
「私たちの母はそんなお父様と結婚し、ノイエお兄様をリュナンお兄様と同じように可愛がっていたと聞いています。でも私を産んで……」
「お気の毒に……」
貴族でも出産は命がけだ。数人に一人は出産前後に命を落とす。
「あ、でも大丈夫です。ノイエお兄様が私たちの面倒を見てくれましたし、勉強もたくさん教えてくれました。だから寂しいと思ったことはありません。……あくまでも私は、ですけど」
「リュナン殿は違うのか?」
他家の事情に踏み込むのは良くないと思ったけど、やっぱりこういう話は聞き出すと止まらない。
ユイは苦笑した。
「リュナンお兄様は母上のことを覚えてますから。今のリュナンお兄様は、ノイエお兄様に母性を求めてるみたいです」
屈折しまくった愛情を見てしまった。ノイエ殿は大変だな……。
でもおかげで、ノイエ殿が信頼できる人物だという確信が深まった。
「ありがとう、ユイ殿。いろいろ聞いてしまって申し訳ない。ノイエ殿のことはノイエ殿に直接聞くべきだったな」
「あっ、いいえ。自慢の兄ですから。ノイエお兄様の話なら一晩中でもしたいぐらいです」
今のもしかしてお兄ちゃん自慢だったのか? にこにこ笑っているユイを見て、微かな恐怖を感じる私だった。
この兄妹、やっぱり何かおかしい。
* * *