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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第54話「両雄の思惑」

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   *   *   *


【ツバイネル公視点】


「ですから、私が国王陛下や王太子殿下の暗殺に関与しているなどというのは、全くのでっち上げなのですよ」

 ツバイネル公は苦笑しつつ、溜息をついてみせた。



「リン王女殿下は自らの正統性を確立せんとして、私を手頃な標的にしました。私は王室の外戚ですし、リン王女殿下とは血縁がありませんからな。煙たかったのでしょう。清従教団とも水面下で密約を結んでいるようです」



 彼の言葉に、北テザリアの有力諸侯たちがうなずく。

「なるほど、教団の発表はそういうことですか」

「失礼ながらリン殿下は庶子の生まれだ。今から王室に食い込むには、誰かを悪人に仕立てて対立の構図を作るのが手っ取り早い」



 ツバイネル公のサロンに集う有力諸侯は、いずれも古い豪族の流れを汲んでいる。ツバイネル家が王家だった頃、彼らの祖先は親戚や重臣だった。

 もちろん、ツバイネル公に対しても深い信頼を寄せている。



「しかしそうなりますと、国王陛下と王太子殿下は……」

「左様」

 ツバイネル公は沈痛な面持ちを作って、ゆっくりと首を左右に振った。



「考えるだけでも恐ろしいことですが、リン王女殿下の差し金ではないかと噂する者もおります」

 自分ではなく誰かが言ったことにして、責任を回避しつつ印象を植え付ける。ツバイネル公の得意とする言い回しだ。



 北テザリアには王都の情報が届くのが遅い。おまけに王都にいる部下からの報告書や、出入りの商人たちの噂話が情報源だ。

 ツバイネル公の宮廷工作を知るには、彼らはあまりにも王都と真実から遠かった。



 諸侯の一人が心配そうに問うてくる。

「リン王女殿下の兵は、こちらまで来ますかな?」

「どうでしょうな。まあ、その前には何とか和睦したいところですが……」

 ツバイネル公は遠い目をして、暖炉に薪を投げ込む。



 油分の多い針葉樹の薪がボワッと燃え上がり、ツバイネル公は静かに続けた。

「もしこのまま王女殿下が戦いを続けるおつもりなら、あるいは国王陛下の暗殺に関与していたのなら、私は国王陛下の義父、王太子殿下の祖父として正義を貫かねばなりません」

 表面的には仮定の話をしているが、この話を何度も聞いた者は次第にリン王女を謀反人だと思うようになる。



 諸侯は緊張した表情で顔を見合わせ、無言のまま紅茶を飲む。

 誰かが緊張に耐えかねたのか、話題を変えた。

「……貴家の茶葉、今年は一段と良い出来ですな」



「昨年、寒暖の差が激しかったのが良かったのでしょう。厳しい寒さはつらいものですが、良いこともあるものです」

 微笑むツバイネル公。

「確かに」

 一同も微笑み、話題は来春からの農業に移った。



 客人たちが礼を言って帰った後、ツバイネル公は暖炉の前で眉間にしわを寄せる。

「いかんな」

 戦の当事者であるツバイネル公には、戦況が迅速かつ正確に伝わってきている。



 王都から早馬で戻ってきた密使に、ツバイネル公は質問する。

「ディアージュ城はどうなった?」

「申し訳ございません。私が発った折には、まだ決着はついておりませんでした。畏れながら、次の者を待つしか……」



「別に咎めてはおらん。だがボルゴは退却時にジレに援軍を送ったのか? 本隊の兵力や物資を少しでも送ってやれば、ジレも多少は善戦するだろう。そうでなければとても戦えまい」

 ジレは娘婿、つまり一門衆でも血縁のない男だ。見捨てられたと思ったら早々と降伏してしまうだろう。



 しかし密使は首を横に振る。

「そのような話は聞いておりません」

「そうか。だが、いくらなんでも見捨てて行きはすまい。ジレにはまだまだ役に立ってもらわねばならんのだから、十分な支援をせねばな」



 裏切りを最も警戒するツバイネル公にとって、身内を見捨てるときにはきっちり殺すのが鉄則だった。生者はどう行動するか全くわからないが、死者は何も行動しない。不確定要素がひとつ減る。

 とはいえ、嫡男ボルゴは生者だ。生者はどう行動するか全くわからない。



 ツバイネル公は手にした紙を暖炉に投げ込み、密使に命じた。

「ボルゴに報告書の再提出を命じよ。どうにもぼかした言い回しばかりで、まるで叱責を恐れる幼子のようだ。総大将として判断を委ねたのだし、撤退ぐらいで叱責はせぬ。だがもし他に何か隠しているのなら、叱責されぬうちに全て白状せよとな」

「ははっ」



 そして数日後、ツバイネル公は深い失望の溜息をつくことになる。

(義弟を捨て駒にしたとは……)

 息子からの報告書には「送った伝令が戻ってこなかった為、やむなく撤退した」と書かれている。もちろん額面通りに受け取ってはいけない。ツバイネル公は息子が嘘をついていると確信した。



 戦いにおいて非情な判断を躊躇してはいけないが、ボルゴの判断は明らかにまずい。

(ジレは降伏したであろうな。さて、あの男は口を割るか?)

 考えるまでもない。



 ジレは実家の栄達を目的として、ツバイネル家に婿入りしてきた。ツバイネル家が見捨てない限りは奮闘しただろうが、見捨てられた以上、滅私奉公などしないだろう。

 あの抜け目のないノイエが見返りを提示すれば、まず間違いなくジレは食いつく。



(となると、もはやこの策は使えぬとみていいな。あの策も怪しくなってきた)

 頭の中に思い描いた策のうち、いくつかを予定から取り消す。ジレは建築と土木に長けており、ツバイネル家の築城や治水にも深く関わってきた。ジレ直下の幕僚たちも同様だ。



 彼らは城の弱点、進軍可能な渡河地点、奇襲を仕掛けられる間道など、北テザリアでの戦いに役立つ情報を握っている。ジレ自身が白状しなくとも、幕僚の誰か一人が白状したら終わりだ。

 だとすれば、ノイエの執拗な追及からは逃れられないだろう。



(だが寝返りは好機でもある)

 ツバイネル公は地図を取り出し、自分にしかわからない暗号で兵力や物資の位置を記入していく。戦力の再配置だ。



(敵に渡った情報を古いものにしてやれば、敵は間違った情報を頼りに戦略を立てる。こちらが迅速に動けば、今からでも敵を罠に陥れることが可能だ)

 そこまで考えたところで、ツバイネル公は新たな懸念にぶつかる。



(そうなると問題は時間だ)

 ツバイネル領は北テザリアの奥地で安全だが、情報が届くのにも命令を送るのにも時間がかかりすぎる。

「こちらも死力を尽くさねばな」

 ツバイネル公はすぐさま、複数の命令書を部下たちに送った。


   *   *   *


「問題は時間なのよねえ」

 私は頬杖をつき、得られた情報をメモにして壁に貼り付けていく。極秘情報ばかりだが、他の誰にも読めない。日本語で書いているからだ。



「ノイエ殿、その変なカクカクした文字は何だ?」

「私しか知らない言葉よ」

 そう、私しか知らない。母語である日本語は誰にも通じない。こうして暗号代わりにできるのはいいが、やっぱり寂しいし不便だ。



「さてと」

 捕虜になったジレから得られたのは、主にツバイネル家の城や土地に関する情報だ。彼はツバイネル家で建築や土木の政務を担当していたらしい。

 もちろん城攻めでも、城の弱点を見抜いたり地形を読んだりして実力を発揮できる。だが同時に、捕虜になってしまうと一番まずい人材でもある。



 ツバイネル公はおそらく、「しまった」と思っているはずだ。総大将である嫡男ボルゴがジレの重要性を見抜けず、捨て駒にしてしまったからだ。

 今頃は「リン王女側にどれぐらい情報が渡ったのか」を考えて、大急ぎで兵や物資の配置を変更しているところではないだろうか。少なくとも私ならそうする。



「ま、城や橋は動かせないから、打てる手は限られるでしょうけど」

「何の話だ?」

 リンが不思議そうな顔をしているので、私は笑う。

「北伐を開始するわ。それも今すぐにね」


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