第5話「暗殺者狩り」
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* * *
というような話を、私は異母弟のリュナンに語って聞かせた。もちろん魔女の秘密は伏せた上で、だが。
「敵はおそらく、まとまった人数の暗殺者を送り込んでくるわ。それも今夜中にね」
護衛もろくすっぽついていない王女など、人知れず殺す方法はいくらでもあったはずだ。それなのに白昼堂々の襲撃をした。拙速さが目立つ。
「敵には『急いで王女を暗殺しなければならない事情』があるはずよ。時間をかけたくないの。だったら防御側が為すべきことは、遅滞戦術による王女護衛」
リュナンはしばらく呆然としていたが、慌てて私に食らいついてきた。
「兄上、危険すぎます! 王女暗殺をもくろむ勢力ですよ!? カルファード家の権力や武力で、どうにかなる相手とは思えません!」
「だから遅滞戦術だって言ってんのよ」
「いやいや、そうじゃなくてですね! なんでそこで戦うって決断になるんですか!?」
その瞬間、私はリュナンに向き直る。今世ではやけに背が高い私は、リュナンを間近で見下ろす形になった。
「殺されそうになって助けを求めている子供を、あんたは見捨てられるの?」
「し、しかし、僕たちには一門を守る責任が……」
「子供も一門も守ればいいだけでしょ」
できるかどうかはわからないが、正直なところ一門の栄達になど興味はなかった。
それに「悲運の王女を守って滅んだ貴族の一門」として、歴史に名を留めるのも悪くはないだろう。
しかしリュナンの言い分もわかるので、私はわざと声を潜めてみせる。
「リュナン、落ち着いてよく考えなさい。庶子の王女なんかを急に殺そうとしたのは、都で何か起きてる証拠よ。カルファード家にとって、おそらく二度とない好機だわ」
「ほんとに好機ですか!?」
いつもなら速攻で私に従う異母弟が、今日はやけに食い下がる。それだけ重大な案件だからだ。
私は笑って、リュナンのおでこをツンとつついた。
「この国では庶子が嫡子になることもあるのよ。あんたも気をつけなさいな」
「えっ? あっ……なるほど」
額を撫でたリュナンは、すぐに意味を察したらしい。
「兄上の見立てでは、王室で廃嫡が起きたということですね!?」
「そうね。王位継承の序列が変わるような、何かが起きたのはほぼ確実だと思っているわ。当家は今回、幸運にもその兆しをつかんだ。だとしたら、やるべきことはひとつでしょ?」
するとリュナンは即座にうなずいた。
「はい、兄上! すぐにジオ、コルグ、デルの三村から郷士隊を召集します! 農民たちもありったけ動員しましょう!」
「いい考えだけど、暗殺者に気づかれて逃げられるとまずいわ。ここで始末しないと後々面倒だもの」
「あ、では少数精鋭で」
この子は話が早いから助かる。
私は自分の馬に乗ると、馬上から弟に手を振った。
「私は一足先に帰って、神殿周辺にベナンの郷士隊を潜ませるわ。救援よろしくね」
「はい、兄上!」
* * *
【リン王女視点】
私は自分の部屋ではなく、神殿の祭具倉庫に身を潜めていた。
ここはノイエ殿が指定した、「火と弓矢を防ぎ、侵入口はひとつしかないが脱出口が別にあり、身を隠す場所がたくさんある」という条件を全て満たしている。
ここは火に強い土壁の倉だ。木箱がたくさんあり、隠れる場所はいくらでもある。
日差しで祭具が灼けないよう大きな窓はないし、扉もひとつしかない。
でも実は外壁の一カ所が少し崩れていて、小柄な私ならギリギリ出入りすることができた。外からは見えないように板で隠してある。私の秘密の隠れ場所だからだ。
ここならたぶん、敵は私を見つけるのにかなり苦労するだろう。見つかっても脱出が可能だ。
かび臭くて真っ暗な倉庫の中で、息を潜める。王族の端くれとして剣で戦うこともできるが、大人の男が相手ではほとんど勝ち目がない。
ノイエ殿の言う通り、ここで救援を待つことにしよう。
でも本当に、救援は来るのだろうか?
ノイエ殿は今日会ったばかりの他人だ。この世の者とは思えないほどの美貌と強さを備えているが、だからといって私を守る理由もない。
もしかすると、助けなど来ないのでは……そう思ってしまう。
しかし今の私には、ノイエ殿を信じるしかない。他にできることが何もないのだ。
神殿から逃げたところで、私はこの辺りの地理に疎い。旅の経験もほとんどない。野宿もしたことがない。逃げきれるはずがなかった。
耳を澄ませていると、外が少し騒がしい気がする。敵襲かな。
私はどうなるのだろう。今夜が私の人生最後の夜になるのだろうか。
王室の為に死ぬ覚悟はしていたつもりだけど、よくよく考えてみたらやっぱり嫌だ。
おじいさまの蔵書にあった、華やかで儚い騎士物語。あんな世界が外に広がっているのだとしたら、それを知らずに死んでしまうのは惜しい。
今日会ったあの方は、今までに読んだどの騎士物語の騎士よりも強く、美しく、そして高潔だった。
どうせなら、あの方と共に何かを為してみたい。
そんな気持ちがふつふつと湧いてくる。
あれ?
急に静かになったな……。
* * *
「構わないから、じゃんじゃんブッ殺しなさい! 相手は賊よ!」
私は郷士とその郎党たちを指揮して、剣を振りかざした。先頭を突っ走り、向かってくる暗殺者を斬り伏せる。殺意センサーを備えた私が先陣を切れば、敵の奇襲はほぼ無意味だ。
「うわあぁ!」
悲鳴をあげてナイフで突きかかってくる暗殺者の手首を、小手打ちの要領で叩き斬る。タイミングも狙いも全部見えているから、こんなものは戦いですらない。
返す太刀で首を薙ぎ払い、さっさと絶命させる。
「うちの森を荒らしてる時点で万死に値するわ!」
ベナン村の郷士、在郷の士族は二家あり、成人男子が合計八名。それぞれの家の使用人や、腕自慢の村人有志などが合計二十名ほど。総勢三十名弱の小隊を構成していた。
防具は厚手の革服と木の盾ぐらいだが、全員が槍と投石紐で武装している。腕前も悪くない。
そして彼らが戦っている相手は、十人余りの暗殺団。呆れたことに堂々と野営していた。
「ほんとにアホよね、『里山』に入って隠れたつもりになってんだから……」
村の周囲の森は、薪などを集める為にきちんと整備されている。
ここは家畜の飼料となる木の実や、健康に役立つ種々の薬草など、生活に必要なさまざまな物資を提供してくれる。村の共有財産であり、村人たちにとっては庭と同じだ。
そんな場所を余所者がうろついてバレないと思っていたのは、暗殺者たちが農民出身ではないからだろう。何となく出自の想像がつく。
まあとにかく、全部殺そう。
「暗殺者の武器はどれも隠匿重視の小型で、軍隊との交戦は想定してないわ! 怯まずに槍と盾で押し込みなさい! 他の村の郷士隊に負けるんじゃないわよ!」
リュナン率いる他村の郷士隊も到着しており、数の優位は決定的になっていた。森の中で包囲が完成し、我がカルファード軍は敵勢力の殲滅段階に入る。
「兄上をお守りせよ! 突撃!」
弟の元気な声も聞こえてくる。どうやら勝ったようだ。
ひとまずは。