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第3話「殺意の赤」

03


 リン王女は屈託のない表情を私に見せた後、前を向く。

「私は妾の子でな。母は王室の侍女だ」

「あらまあ」

 とんだ王室ゴシップを聞いてしまった。うっかり他人に漏らそうものなら、比喩ではなく私の首が飛ぶ。



「王宮からは追い出されたが、テザリア姓を名乗ることは許されたんだ。それに母の実家は領主だったから、祖父に養ってもらった。祖父が亡くなって、伯父に代替わりするまではな」

「……また追い出されたのね」



「ああ! 今はあの神殿で暮らしている。あそこには母の墓もあるから、私が守らないとな。何も不満はない」

 不満がない? そんなはずはないだろうと思ったが、リン王女の表情が見えないのでわからない。



「そんなことよりノイエ殿は髪が長いし、宝石もつけてるな?」

「母の教えでね。どっちも魔除けよ」

 なるべくそっけなく返したのだが、リン王女は振り返って目を輝かせた。



「もしかしてノイエ殿は魔法が使えるのか? 呪文とか?」

「呪文は知らないわねえ……」

 これは本当だ。私は呪文なんか知らない。

 しかし魔法は使えた。



「殿下、あなた狙われてるわよ」

「え?」

「きょろきょろしないで。相手に気づかれるわ」

 私の視界には、さっきからチラチラと青紫色の光が明滅している。



 この男尊女卑の封建社会で、私がこんな奇妙な身なりをしている最大の理由。それが魔女の秘術だった。

 これはそのひとつ、魔女たちが『殺意の赤』と呼んでいる術だ。



 私に対して敵意を抱いている者は、隠れていても青い光が輝く。攻撃的な気持ちが高まると次第に赤みを帯びてくる。攻撃を決意した瞬間、完全な赤い光になる。

 赤い光は軌跡を描き、それが攻撃の軌道を示す。目を閉じていても敵意の光は見えるし、背後の光も感知できる。



 奇襲を回避するにはうってつけの術だが、村の中で紫色の光を向けられるのは初めてだ。理由はもちろん、この王女にあるとみていい。

 青紫の光は二つ。農地の向こうの森に隠れている。弓なら届く距離だが、青紫色ならまだ攻撃してこないだろう。

 察するに、私が邪魔で王女を誘拐あるいは暗殺できない。そんなところではないだろうか。



「殿下、命を狙われるような心当たりはある?」

「私には王位継承権もないし、狙われる理由が思い当たらない。狙われたこともないぞ」

「あらそう」



 背後関係は不明だが、ここは私の管轄地だ。王室に対する重大事件を起こされても困る。

 おまけに王女はまだ十代の子供だ。こんな子供を殺すなんて、人として許せない。

 何より私は、このさばさばしたお姫様が嫌いではなかった。

 私は微笑む。

「だったら、連中には少しお仕置きしないとね」



 私たちの馬が神殿に近づくにつれ、青紫の光は次第に強くなっていく。近づいている証拠だ。

 鍛え抜かれた軍馬ならこの距離で先制攻撃を仕掛けるところだが、あいにくとこの馬はただの乗用馬だ。騎乗戦闘の調教をしていない。

 だから私はのんびりと馬を歩ませる。



「冷えるわね、殿下。私のマントを使って」

「あ、ああ。うん」

 別に寒くはないと思うが、リン王女は察してくれたようでマントをまとう。すっぽり覆うとリン王女のシルエットはほぼ完全に隠れ、敵はますます彼女を狙いにくくなった。



 青紫の光が紫になり、次第に赤紫へと変わる。襲撃は断念しないらしい。それも私ごと巻き添えにするつもりだ。あの光が示しているのは、あくまでも私個人に対する敵意だからだ。

 降りかかる火の粉は払わねばならない。前世でそう教わったし、今世もそれで生き延びてきた。



 次第に赤紫の光が赤みを増してくる。だがまだ赤紫だ。攻撃開始の合図ではない。

 敵は私の術に気づいていない。不意打ちできると思っているだろう。

 ギリギリまでは、そう思わせておかねば。何せ私は一人、敵は二人だ。



 距離は約二十メートル。今なら襲撃者がどこに隠れているのか、はっきりわかる。あの大木の後ろ、低木の茂みだ。

 次の瞬間、赤紫の光が完全な赤に変わった。光の軌跡が走る。

 来る!



 私は無言で王女を抱き抱え、馬から転がり落ちる。バンッという弦音が弾けたときには、私は受け身を取って着地の衝撃から王女を守っていた。外れた太矢が近くの木に刺さる。

 近距離だと狙いをつけやすい反面、標的が一歩動くだけで狙いが外れる。



 続けてもう一回弦音が鳴り響いたが、『殺意の赤』で軌道もタイミングも全てお見通しだ。私は転がりながら避ける。矢は地面に突き刺さった。

 至近距離からの狙撃に続けて失敗し、襲撃者は茂みから飛び出してくる。行商人の出で立ちをした二人組の男は、短剣を構えていた。



 即座に私は剣を抜き、王女をかばいながら立ち上がる。

「私はノイエ・カルファード! ベナン村の代官よ! 私を貴族と知っての狼藉かしら!?」

 その一瞬、襲撃者は明らかに怯んだ。まさかこんな変な身なりの男が、隣村の代官だとは思わなかったのだろう。



 平民が貴族の殺害を企てれば、未遂でも死刑になる。それがテザリアの法律だ。普通なら逃げるか、それとも弁明して助命を乞うかの二択だ。

 しかし私の予想通り、相手はどちらでもなかった。短剣で私に襲いかかってくる。彼らに瞬くのは赤い輝きだ。



「覚悟はできてるわね?」

 私は剣を構え、一歩踏み込む。

 リン王女が背後で叫ぶ。

「待て、私も助太刀を!」

 危ないから下がってて。



 私が踏み込んだ瞬間、敵は二人とも動きが鈍った。

 ほんの一瞬だが無防備になった襲撃者を、私は問答無用で袈裟掛けに斬り捨てる。

「はっ!」

 返す太刀でもう一人を片づけようと思ったが、それより早く敵が動き出してきた。



 鋭い動きで突き出される短剣を、私はヒョイとかわす。短剣より一瞬早く赤い輝きが動き、みぞおちを突いてくるのがわかったからだ。

 相手の殺意が見える私には、殺し合いも約束稽古や演武と同じだ。むしろ相手に遠慮しなくていいので稽古よりやりやすい。



 私はすり抜けざまに刃を滑らせ、刺客の首を撫でるように斬る。

「ぐぅっ!?」

 赤く染まった喉を押さえて男がのけぞり、赤い輝きがフッと消える。すかさず剣で斬りつけ、刃で頭を叩き割った。



 ここまでほぼ一瞬。

 どうなることかと思ったが、今回は二人だったので割と楽だった。剣の血を払って、ついでに死体のマントで刀身を拭ってから、剣を鞘に納める。

 ふと振り返ると、リン王女が目をキラキラさせていた。



「す……すごい! ノイエ殿は達人か! ぜひ私に剣の指南を!」

「あー……。あのね、これは魔女のおまじないのおかげなの」

「でも今の動き、まるで騎士物語の英雄のようだった! ノイエ殿はすごいな!」

 何をのんきなことを。


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