第1話「庶子の戦争」
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生まれ変わって覚えた言葉が女言葉だったので、私はみんなからオネエだと思われて生きている。
まあ、それはそれで楽しいものだ。
転生者ノイエ・カルファード、つまり私は前髪を弄びながら、今世の父親に言った。
「父上、兵を貸してくださる?」
「長男とはいえ庶子のお前が一門の兵を動かすのは、あまり感心せんな」
辺境の小領主であるカルファード卿は、白髪頭を撫でながら溜息をつく。
「で、我が息子よ。どれぐらい必要だ?」
父は私を全面的に信頼してくれている。
「ありったけお願いしますわ。任務は領内の治安維持。明日の日没までにはお返ししますから」
前世でよくわからないうちに死んでいた私は、よくわからない異世界でよくわからない弱小貴族の家に生まれ、よくわからないままに第二の人生を授かった。
そして今、よくわからないトラブルに首を突っ込んでいる。
早急に何とかする必要があった。
「貸すのは構わんが、詳しい事情を知りたい。引退間近とはいえ私も当主だ、家門に対する責任がある」
「ええ、そうよね……」
さて困った。本当のことを言わないといけないが、さすがに言いづらい。
これから私が始めようとしていることは、王室への反逆にもなりかねない重大案件だからだ。
しかしありがたいことに、我が異母弟リュナンはとても良い子だった。
「父上、夜分失礼します! 兄上がこちらにおいでだと聞きましたので、参上しました!」
十七歳のリュナンは一昨年に成人を済ませており、ばっちり帯剣しての入室だ。七歳下の弟は、目をキラキラ輝かせて私を見つめてくる。
「ああ、兄上! こんな夜分に何か急用ですか? どんなことでも僕がお手伝いします!」
「ええと、リュナン殿?」
「何度も言ってますが、父上の前でも他人行儀はやめてください! 僕はノイエ・カルファードの弟、兄上の信奉者です! ぜひ、呼び捨てで!」
グイグイ迫ってくる異母弟。この子、扱いにくいわ。
父が苦笑して書類にサインし、それをリュナンに手渡した。
「リュナンが陣頭指揮を執るのであれば、私への説明は後でいい。兄弟で話し合って、悔いのない判断をしなさい」
「ありがとうございます、父上」
「はい、父上!」
私たちは一礼し、廊下に出る。
「リュナン、各村を回って郷士と郎党を召集して。この時期なら百人ぐらいいけると思うから、一日分の兵糧を持たせてベナン村の里山を警戒してくれる?」
「は、はい。ということは緊急事態ですね」
「さすがね」
やはり聡明な子だ。十七歳でも、この国ではもう立派な大人だ。気構えが違う。
カルファード領には、収益源となる農村が四つある。私はそのひとつ、ベナン村の代官を任されていた。普段はベナン村での暮らしだ。
この村は国教「清従教」の荘園と接しているせいでトラブルが多く、当主や嫡男ではなく庶子の私が管理している。要するに政治的にめんどくさい村だ。
そこに兵を集めるということは、それだけで清従教団との関係を悪くする。
屋敷の庭に出たところで、リュナンが立ち止まって私を見つめる。
「僕は兄上を全面的に信頼していますが、説明をお願いします。その方がお役に立てると思いますし」
「そうね」
さすがにリュナンには話すべきだろう。私は覚悟を決めて、今日あったことを異母弟に告げた。
「清従教の神殿に、我がテザリアの王女が幽閉されているわ。しかも暗殺計画が進行中なの。このままだと今夜中に殺されるわ。誰かがお護りしないと」
「それはっ……」
予想外の事態だったらしく、リュナンが半歩退く。
「兄上、確かに王女様の御身は大事です。しかし、相手は清従教ですよ!? ヤバいですって!」
「あら、リュナン。あんたは領主の嫡男でしょう? あんたの継承権、貴族としての正統性を認めているのは誰? あんたが忠誠を誓っているのは誰?」
私がイジワルな口調で言うと、リュナンは目をそらしながら答える。
「お……王室です」
領主たちは自分の領地以外にほとんど関心を持っていないが、それでも一応は国王に忠誠を誓っている。「王室の下で団結している」という体裁だからこそ、隣の領主との争いは王室が調停してくれるし、領内に他国の侵攻があれば国を挙げて守ってくれる。
だから貴族にとって、「建前」というのは案外重い。
私は微笑む。
「じゃ、議論は終わりね。王室に連なる御方を守ることは私たちの役目よ」
私は歩き出したが、リュナンは真剣な顔で問いかけてくる。
「兄上はどちらかといえば王室が嫌いですよね?」
「ええまあ」
「じゃあそれ、建前ですよね?」
「うん」
私が即答したので、リュナンは私を追いかけながら訊ねてきた。
「本当のところはどうなんです?」
「あら、聞きたい?」
私は振り返り、異母弟ににんまり笑いかけた。