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司馬昭2 箕山の志を枉げて
竹林七賢の嵇康が処刑された後、
同じく竹林七賢の向秀は、
これまで断っていた士官の途に就いた。
さて洛陽入りすると、
司馬昭自らが接見する。
「君は許由の如く、官途を擲ち、
在野で清談を重ねようと
志していたと思っていたのだがな。
何故その志を打ち捨てたのだ?」
向秀は答える。
「巣父と許由は偏屈でした。
実際のところ、当時の誰が
彼らを敬ったでしょうか」
言うもんだねえ。
司馬昭はこの減らず口に感心した。
嵇中散既被誅、向子期舉郡計入洛、文王引進、問曰:「聞君有箕山之志、何以在此?」對曰:「巢、許狷介之士、不足多慕。」王大咨嗟。
嵇中散の既にして誅を被るれば、向子期は郡計に舉げられ入洛す。文王は引進し、問うて曰く:「君は箕山の志有りと聞きたるに、何をか以て此に在らんか?」と。對えて曰く:「巢、許は狷介の士なれば、多きに慕わるに足らざるなり」と。王は大いに咨嗟す。
(言語18)
箕山の志
許由が堯王の招聘を嫌悪したお話のこと。許由が篭っていた山が箕山だったのですね。




