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世説新語 on なろう  作者: ヘツポツ斎
「崔浩先生」反逆者編

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550/846

王敦1  若年の立身   

王敦《おうとん》 全14編

既出:荀彧、武帝15、元帝△1、明帝2

   明帝4、明帝7、明帝11、孝武7

   李勢2、王導4、王導32

   王導38、王導47、王導50

   王導51、王導52、王導△5

   桓温26、司馬越2、庾亮18

   庾亮20、劉琨2、祖逖、周顗4

   周顗5、周顗6、王羲之12



摯瞻《しせん》と言う人は、

異例のスピードで昇進した人である。


四つの郡の長官を歴任。

それから王敦の参謀となったのち、

また別の郡の長官に任ぜられたとき、

ようやく二十九歳になる、

と言った感じだった。


摯瞻を任地へ見送る際、

王敦は言っている。


「きみはまだ三十にもならんのにな。

 その若さでの大抜擢は、

 いささか早すぎると思うのだが」


この王敦をしても、そこまでの

出世スピードではなかったぞ。

暗に王敦、そう言っているのだ。


が、摯瞻はさらりと答える。


「確かに、将軍と比較してしまうと

 早いでしょうね。


 けれども、秦《しん》の時代の

 甘羅《かんら》に較べれば、

 これでも十分に遅いでしょうとも」




摯瞻は曾て四郡の太守に、大將軍の戶曹參軍に作され、復た出で內史に作さる。年は始め二十九なり。嘗て王敦と別るるに、敦は瞻に謂いて曰く:「卿が年の未だ三十にならずして、已にして萬石と為りたるは、亦た太いに蚤し」と。瞻は曰く:「將軍に於きて方ぶれば、少きにして太いに蚤きと為す。之を甘羅と比ぶれば、已にして太いに老しと為す」と。


摯瞻曾作四郡太守,大將軍戶曹參軍,復出作內史,年始二十九。嘗別王敦,敦謂瞻曰:「卿年未三十,已為萬石,亦太蚤。」瞻曰:「方於將軍,少為太蚤;比之甘羅,已為太老。」


(言語42)




王敦《おうとん》

王導《おうどう》の従兄弟。武勇にすぐれていたため将軍となったが、なにせ琅邪《ろうや》王氏なので権限がとにかく大きい。司馬睿《しばえい》に疎んじられたためキレて叛乱。これによって晋皇室の風上に一時期は立つのだが、その内まただんだん権勢を削られるように。なので死の直前にまた乱を起こそうとして、それで寿命を縮め、死ぬ。罰は王敦の死体に下された。



摯瞻

のちに王敦の乱に際して殺されている。うん、なんていうか……これが言語編に収められてること差し引いても、殺されても仕方なかったんじゃないかな……。


甘羅

秦の時代、わずか十二歳で呂不韋《りょふい》と張唐《ちょうとう》の間で折衝をなすとか言う化物じみた功績を残しているガキ。ええ……二人とも秦、あのこわい秦にあって「最もこわい人」的認識を受けてた人ですよ……こわっ……。

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