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世説新語 on なろう  作者: ヘツポツ斎
「崔浩先生」政治家編 東晋中期

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485/846

殷浩1  北門の歎    

殷浩《いんこう》 全17編

 既出:諸葛亮1、羊祜7、簡文13

    簡文21、簡文30、簡文△4

    簡文△9、王導12、桓温31

    桓温47、謝安36、謝安△1

    庾亮22



李充《りじゅう》と言う人がいた。才人であった。

が、意に適った役職につけずにいた。


そんなこんなもあって

家はずいぶん貧しかった。


そのことを知っていた殷浩《いんこう》さん、

李充に声を掛ける。


「県令の仕事なら紹介できそうだ。

 ただ、その程度の仕事で、

 あなたは満足できそうだろうか?」


李充は答える。


「殷浩様も既にご存じかと思いますが、

 現在の私の想いは、いわば北門の嘆き。


 私の志を満たしてくれる仕事は、

 中央にはないようにも思われます。


 ともなれば、地方に出るのも

 また悪からぬ選択肢なのでしょうね。


 わかりました。


 外敵や脅威に迫られ、

 追い詰められた猿が、

 逃げるのに木を選んでなど

 おれるでしょうか」


そうして、剡《しょう》県令の辞令を受けた。




李弘度常歎不被遇。殷揚州知其家貧,問:「君能屈志百里不?」李答曰:「北門之歎,久已上聞。窮猿奔林,豈暇擇木!」遂授剡縣。


李弘度は常に遇さるの被らざるを歎ず。殷揚州は其の家の貧しきを知り、問うらく:「君が志は百里に能く屈せるや不や?」と。李は答えて曰く:「北門の歎、久しく已に上に聞く。窮むる猿の林に奔れるに、豈に木を擇ぶ暇あらんや!」と。遂に剡縣を授く。


(言語80)




殷浩

元帝さまに結構エグいツッコミを入れたり人から預かった手紙をぶん投げたり上手く北伐ができずに苦労している庾翼をおちょくったりしてる殷羨《いんせん》の息子。あの桓温《かんおん》さまのライバル的存在であったと言えばどんだけすごい人だったのか、と言う感じではあるだろう。ただしこちらは北伐に失敗したうえ免職の憂き目にあっている。結果から見ると桓温とは比べ物にならないように扱われるのだが、才覚的にそこまで差があったのかなぁ? とは、ちょっと思う。ここから先、その殷浩さんがどのように取り扱われているかを眺めていくことになります。


李充

李矩《りく》の息子。なおパパにはほぼ同タイミングに同姓同名の武辺者がいて、よく俺を罠に引っ掛けてくる。と言うかこのページでも足掛け二年くらい間違った情報垂れ流してた。ぐぬぬ。まぁどっちかってと武辺者のほうが知名度高そうなんですがね。ともあれ、県令の仕事が「つまらぬ仕事」扱いなのがなかなかにエグい。



北門の歎


出自北門,憂心殷殷,

 北の門からこっそりと退出するたび、

 ずっしりと心に憂鬱がのしかかる。

終窶且貧,莫知我艱。

 この身は痩せさらばえ、家は貧しい。

 こんな窮状、誰が知るだろうか。


王事適我,政事一埤益我,

 王から次々と押し付けられる仕事、

 下から上がってくる陳情の数々。

 次々と仕事が押し付けられてくる。

我入自外,室人交遍謫我

 家に戻ってくれば、

 妻が相も変わらず

 我が家の窮状について謗ってくる。


已焉哉、

 あぁもうクソが、

天實為之、謂之何哉。

 天、この野郎、何だこの状況はよ。

 俺に何しろって言いやがるんだ。


詩経って結構、こういう

生々しい詩があって笑う。

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