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世説新語 on なろう  作者: ヘツポツ斎
三国志後編 ポスト五丈原

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曹叡4  貴方の為に粟粥を

許允きょいんと言うひとが人事部に配属となった。

そしたら、同郷の人間ばかりを採用する。


おいおい待てよ露骨だなお前、

収賄とかやってんじゃねえの。

明帝さま、当然疑う。

それで検察を派遣した。


こうして捕えられることになった許允。

出発のその日、妻が言う。


「聡明な君主には理を説くべきです。

 情で語れば、事態は悪化するでしょう」


明帝の前に引っ立てられた許允。

お前なにやってんのと聞かれ、答える。


「論語にもございます。

 汝の知る所を挙げよ、と。故に、

 臣の知る所を挙げました。

 郷人のうち、有能な者ばかりです。

 彼らが職務をこなせるか否か、

 陛下ご自身がご検分ください。

 もしお眼鏡に適わぬのであれば、

 臣は罪に服します」


で。

皆職務をこなせるだけの人材だった。

なので許允は釈放された。


この時の許允の格好はボロボロ。

仮に収賄があったのなら、

もうちょいマシな服を着ているはずだ。

この清廉さに感じ入り、

明帝は新しい服を下賜した。


一方、許家。

家主の連行に、皆が嘆き悲しんでいた。

その中で、あの妻だけは泰然自若。

何せ知の巨人と知られた阮家のひとだ。


「大丈夫です、すぐに戻ってきますよ」


彼女はそう言って粟粥を作り、

許允の出迎えの準備を整えるのだった。




許允為吏部郎,多用其鄉里,魏明帝遣虎賁收之。其婦出誡允曰:「明主可以理奪,難以情求。」既至,帝覈問之。允對曰:「『舉爾所知』:臣之鄉人,臣所知也。陛下檢校為稱職與不;若不稱職,臣受其罪。」既檢校,皆官得其人,於是乃釋;允衣服敗壞,詔賜新衣。初,允被收,舉家號哭。阮新婦自若云:「勿憂,尋還。」作粟粥待。頃之,允至。


許允は吏部郎と為るに、其の鄉里を多く用う。魏の明帝は虎賁を遣わせ之を收ぜしむ。其の婦は出て允を誡めて曰く:「明主は理を以て奪すべし、情を以ては求め難し」と。既にして至れば、帝は之を覈しく問う。允は對えて曰く:「『爾の知る所を舉げよ』という。臣が鄉人は、臣が知る所なり。陛下にては職に稱うの為さるるか不なるかを檢校せるべし。若し職の稱わざれば、臣は其の罪を受けん」と。既にして檢校されば、皆な其の人の官を得らば、是に於いて乃ち釋さる。允の衣服は敗れ壞れ、詔して新衣を賜る。初め、允の收さるを被るに、家を舉げ號哭す。阮が新婦は自若して云えらく:「憂す勿れ、尋いで還る」と。粟粥を作りて待つ。之の頃、允至る。


(賢媛7)




許允

司馬懿死後、司馬師が権勢を広げていくあたりで魏の高官についていた人。夏侯玄とも親しくしていた。最終的には司馬師に捕まり、処刑される。どう転んでもこ司馬親子の政治ゲームの犠牲者にして敗者。とは言え、やっぱりすごい人だったんだろうとは思う。このエピソードもかなり同情的ですし。

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