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ゆるゆる更新していこうかと思います
太陽の光は包み込むような暖かさ、春風は新緑の香りを室内に届ける。
王城の後宮の一室、部屋の主である幼く可愛らしい少女は机にうつ伏して寝ていた。
机の上には『礼節の基本』と書かれた本や子供の字が書かれた紙、高級なインクに筆。
勉強していたであろう痕跡が散乱していた。
勉強していたであろう少女はそんなことはお構いなしとばかりにすぅすぅと音を立て熟睡している。
そんな静かな部屋の中にコンコンと扉を叩く音が響いた。
当然、少女はそのような小さな音で起きるはずも無い。
主の返事を待たず、慣れているように入ってきたのは侍女服に身を包み、柔和な笑みを浮かべている初老の女性。
「失礼いたします」
部屋に入り主が寝ているのを見てもほとんど表情を崩さず、むしろさらに優しげな笑みに変わる。
寝ている少女に仕事の疲れが癒されたようである。
「リシア様、起きてはいただけないでしょうか?午後のおやつの時間ですよ」
リシアと呼ぶ少女の肩を軽く叩き、起床を促す。
慣れた手つきで机の上を片付け、紅茶をリシアの前に置いた。
その匂いに釣られたのかもぞもぞと体をくねらせ、眠たげな眼を擦り目の前にある紅茶に気づいた。
「……紅茶だぁ~」
まだ眠いのだろう、目はとろんとしており侍女の存在に気づいては居なかった。
紅茶を一口含み眠気が薄くなりようやく侍女の姿に気づく。
「あ、キャス。ごめんね」
それまで邪魔をしないように待っていた彼女に申し訳なさを感じたのだろう。
キャスと呼ばれた侍女は首を振り大丈夫ですよとリシアを安心させた。
「リシア様、お勉強の方は捗りましたか?」
彼女はリシアの世話係兼教育係でありながら侍女長もこなしている。
そんな責任ある立場の彼女は当然忙しく、少し席を外していた。
その間にリシアは寝てしまったのである。
「ごめんなさい、ちょっとしか進まなかったの」
「そうですか。しかし安心してください、リシア様は優秀なお方なのですぐにでも他の方々に追いつけますよ」
もともとリシアに対して甘いキャスは正直に話すリシアを咎めたりはせず安心させる言葉を選んだ。
実際リシアは優秀であった。
この歳で礼儀作法はほぼ完璧に近い。
身近な人物には少々緩んでしまうことも多いが五歳となれば仕方ないところである。
「時間もいい具合なのでおやつに致しましょう。お勉強はまた明日から頑張りましょうか」
「うん」
「お庭に用意してあるので行きましょうか。今日はリシア様のお好きなお店の焼き菓子ですよ」
「やったぁ」
勉強が終えていようがいまいがどちらでも行くつもりだったのだろうキャスはリシアの横に並ぶ。
そしてリシアがキャスの手をぎゅっと握った。
手を握り互いに笑みを向け庭園に向かう彼女達の後姿は本当の親子にも見えた。
庭園は後宮の更に奥にある。
綺麗な花壇や小川もあり、まるで楽園かというほどの美しさである。
その中に白を基調とした椅子と机が用意されており日よけの傘も立てられていた。
そこに座りおやつを食べるリシアはお人形のような可愛らしさを持っている。
「おいしいね」
「はい」
本来主人と並んで食事をするというのはキャスからすればありえないことなのだがどうしてもとリシアに頼まれ一緒に食べている状況である。
「この後はどうなさいましょうか?庭園に新しく咲いた青い花でも見にいきましょうか?」
「…う~んとね、…かくれんぼがしたいな」
「リシア様はお好きですね」
かくれんぼというのは子供達は遊びと思っているが大人からすれば一種の訓練である。
大人と逸れた際、魔物や奴隷商に捕まらないように気配を消す訓練を遊びの中に組み込んだ物である。
それを楽しんでやってくれるのなら大人からすれば嬉しい限りだ。
王族となればなおさらである。
幸いにもリシアはこの遊びを良く好んだ。
しかし、淑女が走り回るのが正しいかと聞かれれば、疑問ではある。
次の予定が決まれば行動は早い。
急いでおやつを口に含んだリシアがのどを詰まらせること以外問題が無くかくれんぼの準備が整った。
準備といってもおやつの後始末だけなのだが。
「分かりました。では十数えるので隠れてくださいね」
「いっくよぉ~」
「十…九…八…」
近くの柱に顔を伏せ、数を数え始めるキャス。
元気な声を上げながら一目散に城の中に入っていくリシア。
そんなに遠くには行けないだろうとキャスは考えていた。
キャスの見ていない間にリシアの運命は劇的に変化する。
それは必然であったのだろう。
太陽が昇らぬ日は無いように、時が止まることがないように。
その日も太陽は明るく地を照らしていた。
次更新できるのはいつでしょうかね…