明るい花嫁
「こんにちはー!!」
明るい声が響いて、工房に幸世が入ってくる。
もう何度目かの来訪で、幸世にとってここは慣れた場所になっているようだ。
「わあ!ステキ!!もう、ドレスの形になってる!!」
幸世が工房の服飾用のマネキンに着せられているドレスを一目見るなり、感嘆の声をあげた。
「これは、仮縫い用の生地で作った、試作品です。今日はこれを着てもらって、直さなければならないところを見つけていきます」
この日は、仮縫い用のドレスが出来上がったので、幸世に試着してもらうという、とても大切な作業をする。
ここで、結婚式や披露宴の花嫁の動きを想定して、ドレスをチェックしていくのだ。
ブーケを持った時の、腕やデコルテの見え方。ウエストの位置やスカートのボリューム。一番美しく見えるように細部にわたって点検し、体に合わないシワやゆがみが出るところも、全てピンを使って整えていく。
佳音が入念なチェックをするのにはずいぶんな時間を要し、その間幸世は鏡の前でただじっとお人形になっていた。
それでも、自分の思い描いたドレスが形になって、初めてそれに袖を通す感激に、幸世の表情は嬉しそうに輝いていた。
花嫁さんのそんな顔を見るたびに、佳音はこの仕事をやっていて本当に良かったと思う。
自分の作るドレスが喜びを作り出すなんて、誇らしさと晴れやかさを感じて、この上ない充実感に心が満たされた。
「あら、トルコキキョウ、可愛いわね」
試着が終わり、佳音の出してくれた紅茶を口に含みながら、幸世がホッと一息つく。そのテーブルに活けられたその花に視線を落として、指先で花弁をつついた。
「もう一つのこれは、……花?」
「それは、ビバーナムっていう花です」
「ふうん、淡い緑で小さなアジサイみたい。これも綺麗ね」
佳音は相づちを打つように、ただ頷いた。
それは、2週間ほど前、もらった花束の中にあった花。毎日、水を換え切戻しをして、何とか今まで持たせてきた花たちだった。
でもそれが、和寿が持ってきてくれた物だとは、佳音はどうしても言い出せなかった。
あの時の出来事は、幸世には言ってはいけない――。そんな思いに駆られた。
「…あの、今日は古川さんはご一緒ではないんですか?」
和寿に思いが及ぶと、佳音の口を衝いて、その質問が飛び出してきた。
よく思い返して見ると、和寿にはきちんと花束のお礼も言っていなかった。
「ああ、あの人は、今日はゴルフに行くんですって。って言っても、うちのパパと接待ゴルフだけどね」
幸世がケロリとした表情で、肩をすくめる。
「それじゃ、お休みの日なのに、お仕事みたいなものですね」
佳音がそう言って和寿を気遣うと、幸世は〝当然〟という風に軽く笑った。
「うちの会社っていう言い方は変かもしれないけど、社長は伯父がやってるの。で、パパはその弟で副社長なの。でもって、伯父には子どもがいなくてね。パパの子どもは私だけ。…だから、私と結婚するあの人には、ゆくゆくはうちの会社の『社長』になってもらうのよ。取引先との接待ゴルフくらい、軽くこなしてもらわないとね!」
佳音は幸世の軽快な口調に聞き入るだけで、何も言葉を返せなかった。
ただ、幸世は自分とは違う世界に住んでいる人だと思った。
自分の想像もできないくらい華やかで明るい世界。
婚約者である和寿もそこに住んでいて、なおかつそこで活躍している人なんだと改めて感じた。
佳音が神妙な顔をして黙ってしまったので、再び幸世は明るい表情で佳音に笑いかける。
「もしかして、私が寂しい思いをしてるって、考えてる?…とんでもない!私だって、これから友達と会う予定があるし、存分に楽しんでるんだから!……って、今何時?」
と、幸世は突然焦り始めて、壁にかけられた時計に目をやった。
「…やだ!もうこんな時間?!もう行かなきゃ、約束の時間に遅れちゃう!!」
手にあった紅茶のカップを飲みかけのままソーサーに戻して、幸世はあたふたと立ち上がった。
「試着に時間がかかってしまって、ご迷惑をおかけしました」
きっと幸世の想定していた試着の時間よりも、ずいぶん長引いてしまっていたのだろう。
玄関へ急ぐ幸世の背中に佳音が声をかけると、幸世はニッコリと微笑みながら振り向いた。
「迷惑だなんて。ドレスを作って頂くために大事なことなんでしょう?次の段取りは、またメールででも教えてください。素敵なドレスを、お願いしますね」
急いでいても、幸世はそう言ってきちんと佳音をねぎらってくれる。
一点の曇りもない明るい表情は、佳音の心を軽くしてくれたが、同時に佳音の目には少し眩しすぎた。






