古に馳せる
短編・中篇・長編で構成されるファンタジー、欲者シリーズの女誑しと人間嫌い編。長編。
作中時間はモノカミや墓狼から二、三週間ぐらいあとだけど、直接的な繋がりは一切ない。
この話から読んでも問題はありませんが、人工異物の地下迷宮(※まだアップしてない)から読むことをお勧めします。
Q.……じゃ、なんで上げたんだよ。
A.こっちの方が書き溜めている文が多いから、冒頭の少しだけを先に。
「むかしむかし、とあるところに、大金持ちが住んでいました」
「いきなり、どうしたんだ?」
休日に……と云うか、ギルドの雑務が一通り片付いて、特に急ぐべき仕事のない日のこと。
私に対する遠慮を知らぬ我が友人ことジャンが、神にも嫉妬されかねない美しさと、老いた賢人十人を凌ぐ若い思考を持つ紳士である私を呼び出した。
何か、ギルドに関する重要な連絡事項でもあるのかと思い、こうして彼の隠れ家――コンクリートジャングルの端っこにぶら下がる、二階建マンションの地下室に出向いた。だが、挨拶もなしに開口一番、いきなり耳に胼胝ができそうなフレーズが、その友人から飛んできた。
「その大金持ちは、何ものにも替え難い、愛しい愛しい宝物を持っていました」
その様が、あまりにも無作法なため、私は思考を周囲にシフトすることで対抗する。
この地下室は彼の隠れ家であると同時に、我らが運営するのギルド、重症者の心臓部であると言ってもいい。
「人々はその宝物を羨み、口々に賛辞の言葉を述べます」
高さは見上げても息苦しくならない程度。広さは、無理矢理詰めれば大の大人が五十人は入れる程だが、その約九割が、巨大な金属の箱に埋め尽くされている。
企業向けサーバだ。これは年中運転しており、各地に散らばって普段から何をしているのかよく分からない、我らギルドメンバーのアシストを行っている。たまに、メンテナンスのために一部を停止させることもあるけれど。
「素晴らしい。可憐だ。美しい。濡れる。お願い抱いて!! ……後半は僕の脚色ね」
ちなみに、壁にある小さな穴の向こうからは物音がしない。彼のペットか害獣かよく分からない、情報屋のコボルドは外出中のようだ。
「知らない? 三角島の大金持ち」
思考が壁の穴から目の前のサーバの中身に向いかけたそのとき、大人が子供に世迷言でも吐いているような態度をとっていた我が友人が、こちらに疑問を投げかけてきた。
「ああ、知ってるとも。詳しい内容は忘れたがな。それより、いきなり人を呼び出しておいて、昔話とは一体なんだ?」
「ある日、その大金持ちは四つの島に向って、旅に出ました」
「おーい」
「幻のように消えては現れる、その島に辿り着いた大金持ちは、幾体もの人形をお供に、島で調べ物をします」
こちらのことはお構いなしだ。比喩ではなく、本当にお構いがない。いつものことだが、人間嫌いと自称する悲しい我が友人の数少ない友人である私に、茶の一つも出さないとは失礼ではないだろうか? まぁ、だから友達が少ないのだろうがな。
「それは大金持ちが、その全ての財を投じてでも欲した、ある宝物を手に入れるためでした」
まさか、この御伽噺を全て朗読し終えるまで、本題に入る気がないのか? と、悲壮感にも似た疑問を得たときだった。
「むかしむかしって云うのは、今から約三千年前。古代文明が滅んだとされる、その時代だよ」
朗々と落ちる滝のように言葉を流し続けていた我が友人は、語り口調を止め、普通は意図の読めない視線を向けてくる。
こちらの反応を期待するような視線だ。そんな目で見ても仲間にしないぞ。
「つまり」
やれやれと言った調子で、そう言葉を作った聡い私には、彼の言わんとすることが分かっていた。いやなに、こいつとの付き合いが長いからだがね。
「その宝物を探しに行こう、と云うことか?」
「そうだよファン! さすが冴えてるね!」
「嫌なこった」
煽てても無駄だ。
「ちょまっ! なんでいきなり帰ろうとするのさっ!?」
「当たり前だ。お前のそのような眉唾話に、私が何回振り回されて、どれだけ散々な目に遭ってきたことか」
今回の私の意志は、そこら辺の鉄よりも固いことは請け合いだ。ダマスカス鋼並みに希少な決意だぞ。
「確証があるとしたら?」
またこの、カモの雛のように追いすがる我が友人は、世迷言を。
「はぁ? そんな大昔の、しかも御伽噺の中に出てくる宝など、あるわけないだろ、常識的に考えて」
感嘆の後、思考するのとほぼ同時に言葉を紡いでやった。倒置法まで使ってな。
大したことは言っていないが、当たり前過ぎる正論であるが故に、これを論破することは難しいだろう。
「この御伽噺は、リオルド西沿岸部の地域に伝わっている民話を、グリフ=ピアーが子供向けに作り変えたものの一つなんだけどね。……まぁ子供向けとは表向きで、本当の商売相手は下劣な趣味の金持ちだったみたいだけど。いつの時代も、そう云うところは変わらないよね」
「へー」
そんなことは私でも知ってる。わざわざ外部記憶やネットから検索する必要がないくらいの知識だ。
「……興味なさげだね」
「興味ないからな」
その手の物への興味は六つになる前に捨ててしまったからな。少し早すぎるかもしれないが、成人して数年経っても尚も、それを持ち続けるという悲惨なことになるよりは断然いい。そう、この我が友人のようにな。
「もっと興味心身に! 子供のようにキラキラーっと、瞳を輝かせながら聞いてよ」
お前は考え方と姿勢が子供過ぎるんだよ、思考は大人を超えている部分があるのにも関わらず。
「Killer Killer」
「それは物騒な目だよっ!」
ハッキリ言わずとも、今回はこいつの話に聞く耳など持ってやる気はない。そう、ダマスカス並みに希少な決意なのだから、これを揺るがすなど持っての外だ。
「聴いてあげないと話が進まないし、可哀想じゃないか! 僕がっ!!」
その言葉と同時か、駄々を捏ねる幼子のように地面を這って来た我が醜い友人は、束縛術式に思考誘導術式、更には脚にしがみ付いて物理的にこちらの動きを止めに来た。
蛇かお前は。
「分かった分かった。五分だけ真面目に聞いてやるから、脚を離せ」
目を潤ませるのはやめろ。そう云った視線を私に向けていいのは、淑女だけだ。
流石に、いつまでもこの体勢でいられるのは気持ちが悪いと、時間制限を設けることで妥協した。
「そこで僕はピンと来た」
唐突に再開するんだな。やはり、こいつに妥協するのは間違いだったか。
「近年の研究で、ガズンドオルス神話が古代時代の史実かもしれない、という説が濃厚になってきてるでしょ?」
「最近話題のやつだな。神話の記述を元に発掘したら、墓が出てきたとかで、お前のせいで酷い目に遭った」
「ちょいとファンさんや、文脈が繋がっていませんよ?」
私はその内に広がる、深く澄んだ知識の泉から、そのかすかな情報を掬い上げた。
それは去年の暮れの頃。
どこぞの考古学者か物好きか、あるいはその両方だろうが、神話マニアのそれが仕事と趣味を混同して「神話に基づいて遺跡発掘ヒャッホイ!」とやったのが始まりだ。周囲の学者は「馬鹿や放っとけ」と、一瞥もくれなかったらしいが、いつの時代も、時代を作るのは馬鹿と往生際の悪い奴か、あるいはその両方と決まっているもの。
ええ、出てきちゃったんです。馬鹿みたいにデカイ遺跡が砂漠から。
そして、好奇心が先走りすぎて知識のためには命も差し出しかねない我が友人は、その遺跡を見たいだの無断で探検したいだのと我侭放題、好き放題に喚いた挙句、私を物理的に拘束してロズデルン帝国にある砂漠にまで訪れ、死に掛けたのが去年の暮れ。全く、どこぞの考古学馬鹿と、目の前の神話馬鹿のせいで、あのときも飛んでもない目に遭った。
「まぁ、あのときの責任の所在は水に流すとして……。そこで僕は、またまた閃いた。もしかしたらと思って、神話を調べてみたんだけどね。あったんだよ!」
「だから何が?」
「ガズンドオルス神話一六八章十二編十五節目“その男は四つの島に住み、全てを賭けて宝を欲した”。つまり――」
知識に埋没する愚人と化している我が友人は、何も見ずに、神話の一説と思われる一文を朗読した。おそらくは外部記憶に頼ったものだろうが、こいつのことだからマジで覚えている可能性もある。
検索エンジンで、ガズンドオルス神話一六八章十二編十五節目をネットから探してみる。
確かに、神話好きがやっているのだろうブログに、御伽噺“三角島の大金持ち”の元ネタ説として、その一文が紹介されている。
「四つの島から成る三角島は実在していて、そこに眠る宝もあるってことだよ!」
一瞬、ドキリとした。その神話好きのブログに書かれている一文と同じ台詞を、疎むべき腐れ縁の我が友人が発したからだ。
このブログ管理者の“目を瞑る絵描き”って、お前か?




