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生と死と

作者: 柳原史弥

 今、僕が乗っている飛行機は落下している。

 ひたすら何かを叫ぶ者、お経を唱える者、呆然とする者、紙に必死に何かを書いている者、目をつぶって抱き合っているカップル――機内は混沌としている。

 そんな中僕は悠然と窓の外を眺めていた。僕だって落下していることが分かった瞬間には、人並みに死にたくないと思ったものだ。だが、なぜ僕は死にたくないのか? 生きていたって楽しいこと、幸せなことなんてほんの一握り程も無いというのに。そう思うと、僕は死を受け入れることができた。

 することもないので僕は、自分の「生」というものについて考えてみることにした。

 僕は今年で17歳の高校二年生。家族構成は、父、母、弟。父は外で女を作り、家にはあまり寄りつかない。母はそのことを知りつつも、父に決して何も言わない。まるで、そのストレスを僕にぶつけるかのようにして、毎日毎日、「勉強しなさい」とヒステリックに言うのである。弟はドラッグにハマっており、ドラッグを買う金がなくなると、暴れて家から金を持ち出していくのである。警察に捕まるのも時間の問題かもしれない。いや、その前に中毒で死んでしまうかもしれない。

 崩壊した家族。最早家族と呼べる程のモノでもない。だから僕は家が嫌いだ。だからと言って、学校が好きなわけではない。むしろもっと嫌いだ。靴はもう何足無くなったか分からない。怪我だって何度したか分からない。机には、いっそのこと燃やして灰にしてしまいたくたくなるような罵詈雑言が書かれ、教科書やノートはカッターナイフでズタズタにされ、給食には虫が入れられ、少し触れただけで「きたない」とまるで菌扱いをされる――学校は生き地獄だ。思い出しただけでも吐き気を催しそうだ。

 窓の外に向けていた視線を機内に向けた。相変わらず混沌に支配されている。見ていて気分の良いものではないが、少なくとも誰も僕をいじめたりはしない。

 視線を窓の外に戻す。少し下を見てみる。大分地面が近くなったように思う。いよいよ僕も終わりだ。僕は静かに目をつぶった。


 ――錦くん。つらいこと、悲しいこと、一人で抱え込まないで。私はあなたの味方よ――


 目をつぶった瞬間に脳裏をよぎった言葉。僕は、「前崎さん」とつぶやいてから目を開けた。なぜ今まで思い出さなかったのか不思議だ。僕にとって唯一の安らぎの場所、地獄ではない場所――前崎さんと過ごす時間のことを。彼女はいつも僕に優しい言葉をかけてくれた。いつも僕をかばってくれた。そのせいで、彼女自身がいじめにあってもだ。それでも彼女は笑顔で僕に語りかけてくれた。


 ――つらい時につらい顔をしてたら、もっとつらくなっちゃう……だから私は笑うの――


 彼女はいつもそう言っていた。彼女の言葉に僕は、何度勇気付けられたか分からない。僕が自殺を考えなかったのは彼女のお陰だ。僕が死んでしまったら、彼女は泣いてくれるだろうか。いや、そんなことよりも、僕が死んでしまったら彼女はどうなる? 彼女に対するいじめも相当なものだ。それもこれも僕をかばったばかりに……それなのに僕はここで死ぬのか? 僕の心の中に先程よりも強く『死にたくない』という感情が表出してきた。


 彼女の側にもっといたい、彼女ともっと話がしたい、彼女の笑顔が見たい、僕は……僕は……生きていたい!


 何てことだろう。今まで一度だって、こんなにも生きていたいと思ったことがあるだろうか? 僕は、死に直面してようやく自分の生を実感したのだ。ようやく大切な人のことを、本当に大切だと思えたのだ。嗚呼、何てことだ。僕はもうすぐ死んでしまうのだ。ただの肉塊になってしまって、前崎さんの名を呼ぶことすらできなくなるのだ。

 気付けば僕は泣いていた。でも、笑ってもいた。

 

 つらい時こそ笑うんだ。そうだろ? 前崎さん





昔書いたものに手直しを加えてみました。これ書いた時病んでたんだろうか(笑

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