第5話〜レアードの災厄、再び〜後編
「ヒャッハァ!アブねぇアブねぇ、危ねぇぜー!!」
突然、上空から聞こえてくる甲高い声。
ドズン!
そんな音を立てて、そいつは僕達の前に立ちはだかった。
「ヒャッヒャッヒャ、空からずっと見ていたぜぇ。ちょいと花火を上げただけで大わらわだなぁ。人間の結束力ってのはたいしたもんだねぇ」
男は明らかにおかしかった。
何がおかしいって全てにおいてだ。大まかにみれば体つきこそ確かに僕ら人間と何も変わらないが、よくよく見ればわかる。
鋭く尖った目に、まるでゾンビのような黒っぽい体の色。そして何より、あの爆発を『花火』と言う精神の異常さ。
加えて自分も人の体をしているのに他の人達のことを『人間』と言ったこと。
「お前はいったい誰だ!」
フレッドさんが男を指差し叫ぶ。
「俺?俺はなぁ……やっぱやめよう。俺とこいつらを満足させられたら教えてやるぜ」
男はそう言って羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。
『!!』
僕達は全員、目を疑った。
錯覚だろうか…。
男がマントを脱ぎ捨てた瞬間に男の周りに魔物達が現れたのだ。
「なぁ〜に、呆けた顔をしてんの?俺の名前、知りたかったら俺達と遊んでみな」
男はけたたましい声で笑いながら、魔物達を突貫させる。
完全に狂っているとしかいいようがなかった。だけど、こんな奴の遊びでレアードの街を、ファトシュレーンを壊されてたまるか!
とにかく前進してくる魔物は倒す!
「おりゃあ!」
僕とフレッドさんのダブル攻撃で魔獣を一体ノックアウトさせる。しかし、その隙を狙って次の魔物達が束になって襲いかかる。
「研ぎ澄まされた氷の刃よ。獰猛な獣となりて噛み砕け!ブリザードファング!!」
僕たちの後ろから鋭い氷の牙が魔物を砕く。今のはもしかして…。
「セシル、援護は任せな!伊達に大魔導士やってねぇってことを思い知らせてやるぜ」
やっぱりウェスリーだ。氷系魔法といえば彼の得意分野だからな。
「ありがとう。でも、無理はしないで!」
「言われる間でもないぜ!」
ウェスリーはニッと笑うとすぐに次の魔法詠唱にかかる。ウェスリーの氷の刃を見て、後衛の女の子達にも火がついたのか僕達の後ろから次々と攻撃魔法が飛んでいく。
「なかなかやるじゃん」
魔物達の後ろに立っている男は余裕の表情で口笛を吹いている。
完全に僕達のことをなめているな…。
「怒るなセシル。相手の出方がわからんのだ。下手に突貫するのは得策ではない」
ギルバートが冷静に相手を分析する。悔しかったが、僕はギルバートの言葉に小さく頷き、目の前の魔獣達に視線を戻した。
ズババババ!
横からの鋭利な衝撃波が魔物を斬り裂いた。
(今のは魔法力の衝撃波!?)
そして、この威力は…。
「この馬鹿!あれほど戦闘は避けろと言っただろ!」
「寮長さん!」
「まったく。どうしてお前はいつもいつも…」
ぶつくさ文句を垂れながら歩きで戦闘空間に入ってくる寮長さん。
「お前が元凶だな。すぐにそこの魔物達同様に退治してやる」
「へっへぇ〜、偉く強気だねぇ。そんじゃま、その強気を買って少しだけ相手をしてやるよ」
謎の男はやる気なさそうに立ち上がると、寮長さんと対峙した。
(寮長さん、いつになく本気の目だ)
戦いのときはあんな目をする人なのか。
僕は魔獣との戦いを一瞬忘れて、二人の戦いの行方が気になった。
「こら、馬鹿セシル!」
ズド!
危ない!
マリノちゃんの矢の魔法が放たれていなかったら、僕は一瞬で魔獣の詰めの餌食になっていただろう。
僕はすぐに戦闘空間に戻り、残りの魔獣達を倒していった。
アキトは短剣を構えながら、ゆっくりと謎の男との間合いを詰めた。どちらかというとあまり武術の類は得意ではないが、魔法詠唱の時間を稼げればいい。
両者が軽快に地面を蹴る。
「てやぁ!」
アキトは思いきり短剣を縦に振る。しかし、男はそのナイフを右腕でガードしただけだった。
「なっ!?」
「ふ〜ん…」
男は短剣の切れ味を確認するように、その刃とアキトとを交互に見る。
「こんなおもちゃで俺の腕を斬ろうっていうのも愚かだが、もっと愚かなのはあんただな。あんた、武術とか得意じゃないでしょ?」
「!!」
「斬りつけ方でわかるぜぇ。時間稼ぎ程度のつもりだったんだろうが無駄なこったな」
男は不気味な笑みを浮かべる。
「無駄なことはない…」
アキトもニヤリと笑う。
「詠唱はもう完了しているんだ!」
アキトは空いている左手を謎の男の腹部に当てる。
「バーンファイア!!」
ボボン!
まるで爆発にも似た火球を男は至近距離で受けた。いくら短剣を素手で受け止めた男とてこの距離でこの魔法を受ければ多少ダメージを与えられるはずだ。
(やったか?)
アキトは男と距離をとり、爆炎を見守る。後ろで戦っていたセシルたちも今の爆炎には全員注目していた。
「……それで終わり?」
『!!』
爆炎の中から響く低い声。さっきのようなけたたましい笑い声を出していた人物とは思えないほど、その声は低かった。そして次の瞬間、アキトはセシルたちが戦っていたところまで吹き飛ばされた。
「寮長さん!」
僕は戦うのをやめて彼のほうに駆け寄った。
「しっかり!しっかりしてください寮長さん!」
「最上級の魔法で……ダメージを与えられなかっただと?」
「喋っては駄目です!」
僕はまだ戦闘空間にいたリプルちゃんを大声で呼んだ。
「寮長さんの手当てを頼む!」
リプルちゃんは硬い表情で頷き、寮長さんに回復魔法をかける。
「もうちょっと楽しめるかと思ったんだけどねぇ。魔法使いってのは案外ひ弱だったんだね」
男はケロっとした顔で言う。あの様子だと、本当にダメージを受けていないようだ。
「ば、化けモンだぁ…」
ウェスリーが後ろで歯を鳴らしながら恐怖している。
「なぁ〜んか興がそげちゃったなぁ。久しぶりにやる気になったのにさぁ…」
男は肩をすくめて言いながら、フワリと魔法詠唱もしていないのに宙に浮いた。
「今日はこのくらいで帰るとするか。このくらいやれば様子見には十分でしょ」
「様子見?」
ノエルちゃんが小さな声で言う。
「そ。まぁ、近いうちにまた来るかもね。その時はまた話し相手になってくれよぉ。ヴァイスって声をかければ振り向くからさ」
ヴァイスは笑いながらそのまま空に向かって去っていった。
「いったいなんだったのよ、あいつは…」
「わからない。わからないけど…」
近いうちにあいつとは再び対峙する。
そんな予感がした。
その夜、僕は一人寮の庭にいた。
「こんなところにいたのか」
「ギルバート…」
「どうしたのだ?帰ってきてからずっとその調子だが?」
「どうしたのだって、言うまでもないだろ。またレアードは魔獣に襲われた。しかも今度はあんな狂人までやってきて!僕達は、本当にこの災厄からレアードを守りきれるのかな…?」
「それは、誰しも思っていることだろう。実際、あんな強さを見せつけられては誰も何も言うことはできん。ウェスリーの言っていたとおり、あれは本当の化け物だ」
「………」
「あんな奴がこの戦いに本気で参戦してきたのなら、我らに勝ち目はないだろう」
「そう……だよね」
今のままでは絶対にこの街を守ることなんてできない。
成す術がなかった。
「こんな調子でちゃんと賢者になれるのかな…」
隠していた不安をボソリと口にしてみた。
ギルバートは何も言わない。
あれだけの戦闘があったのに、夜空は今日も満天の星空だった。