第5話〜レアードの災厄、再び〜中編
その頃教会では神父とノエルが懸命に魔物の進行を食い止めていた。
「ガルルル…」
魔物達は一歩また一歩とノエル達を追いつめていく。
「これ以上退がるのはまずいですね。この奥には子供たちがいるというのに…」
神父がこの状況でも声の調子を変えずにつぶやくが、その顔は明らかに焦っていた。
「神父様は子供達と一緒に避難してください。魔物達は私の魔法でひきつけますから!」
「お気持ちはありがたくいただきますが、その提案は辞退させていただきますよ。子供達の命も大事ですが、貴方の命もまた神より授かりしもの。粗末に扱わせるわけにはいきません」
神父はノエルに襲い掛かってきた魔物の一匹を冒険者用のロッドで一閃する。
「それに、私の予想ならばもう少ししたら彼が来てくれるはずです。ここの子供達のことを彼は愛しているはずですから」
「私も、もうすぐ友達が助けに来てくれると信じています。きっと…」
そんなことをつぶやく二人に不思議と恐怖心はなかった。
「ノエル!」
マリノちゃんが壊れた教会の扉を踏み越えて中に入る。
くそ、少し遅かったか。教会の中には既にたくさんの魔物が入り込んでいた。
「ノエル、今助けるからね」
マリノちゃんが短剣一本で魔物の群れに突進していく。
僕とリプルちゃんで突貫する彼女を援護する。
今日のマリノちゃんはとても冴えていた。
武器が新しくなったこともあるのだろうが、それ以上に動きにキレが出ている。
(特訓で強くなったのは僕だけじゃなかったんだ)
仲間たちもまた、確実に強くなっている。
「僕も負けてられないな」
「セシル君、どうしたの?」
フッと笑みをこぼす僕を見てリプルちゃんが怪訝な顔をする。
「いや、大丈夫。ちょっと頑張らないとな〜って気合をかけただけ。さぁ、一気に畳み掛けるよ!」
「うん!」
僕は後衛から前衛に切り替わり、マリノちゃんが倒し損ねた敵や神父様達に襲い掛かる魔物を魔法を付加した剣で払いのけた。
戦闘は十数分で終わり、教会の中に入り込んでいた魔物は全て撃退した。
すぐに神父様が子供達の確認に向かったが、子供達は全員無事のようだ。
「よかった…」
「セシル君、ノエルさん、ありがとうございました。しかし、あなた達の助けを必要としている人達はまだたくさんいるはずです。さぁ、ここはいいから早く行ってあげなさい」
「はい!神父様、子供達をお願いします」
神父様に頭を下げ、僕達は教会を後にした。
「ノエルちゃん、実はここに来る前に君の家に寄ったんだ」
「え!?お母さんに何かあったの!?」
ノエルちゃんの顔が真っ青になる。
「おばさんは無事だよ。ちゃんと避難するように言っておいたから今頃ファトシュレーンに向かっているはず……ひゃあ!?」
「危ない!」
マリノちゃんに向けられた突然の爪攻撃から助けてくれた一つの影。
「大丈夫か、マリノ!」
長い槍を持った長身の男性、がっしりとした肉体の男性と流れるようなストレートヘアの女性。
「フレッドさん!それにグラッツ先生、セリカ先生!」
「セシル、中央通りは俺達に任せろ!」
「それより学校に戻って!さっき、生徒会の子が私たちに報告に来てくれたんだけど、学校に今まで見たこともない魔物が侵入してしまったみたいなの!」
『!!!』
「フレッドさん、セシルたちをよろしくお願いします。ここは俺とセリカ先生で食い止めます!」
「わかりました!」
フレッドさんはビシっと敬礼をすると、僕達と共に学校へ戻る道を走った。
「フレッドさん、いったい何がどうなっているんですか!?」
「わからない。街の入り口近くで変な影を見たという目撃情報があったんだが、その直後にあの爆発だ。情報収集をしているところをグラッツ先生達と会ったんだ」
「そうだったんですか」
「それよりもマリノ、怪我はなかったか?」
「は、はい。あたしは何とも…。それよりフレッドさんのほうが腕を…」
「ちょっとしたかすり傷だ。戦闘に支障はないよ」
フレッドさんはそう言っているが、ひじ下からは時折血が流れ落ちていた。しかし、本人が大丈夫と言っているのならここで敢えてリプルちゃんに回復してもらうことはないだろう。今は、回復している時間すら惜しいんだ。
僕達が学校を出てからまだ一時間ほどしか経っていないというのに、この学校の崩壊具合はどうしたことだ。
(グラッツ先生の言っていた魔物達の仕業か…?)
「セシル、やっと戻ったか!」
「今までどこをほっつき歩いていたんだ!」
校門を越えたメインストリートで合流したのはギルバートと寮長さんだ。
「あちこちで瓦礫の山ができている。我々はその救護をしていたのだ」
ギルバートが手短に現状を説明する。
「避難所の体育館まで市民を無事に誘導しつつ、瓦礫に埋まっている者の救護に当たってくれ!魔物と出会っても戦いは最小限に控えるように!生徒会の面々と先生方がそちらを担当してくれている!」
「わかりました!」
「ギルバート、君もセシルについてあげてくれ!」
「しかし、それでは寮長殿が…」
「俺の心配なら無用だ。後は、もう一度メインストリートを巡回して俺も校舎に戻る」
「了解した!いくぞ、皆の者!」
ギルバートを先頭に僕達は再び校舎へと走り出す。
レアードの市民達は瓦礫と魔物の遭遇に驚異しながらも避難所の体育館を目指していたが、この道のりはあまりにも過酷だ。
僕の雷やノエルちゃんの炎、リプルちゃんの回復魔法を使いながら順調にレアードの人達を体育館へと導いていく。もちろん、戦闘も避けられない。いくら、先生達や生徒会の人達がいるといってもこの数を処理するのは厳しすぎる。僕が所属する大魔導士クラスを筆頭に高等、上級魔術士の生徒達も率先して魔物の駆除に当たっていた。
「セシルー!」
(あの声は……ウェスリー?)
僕は聞き覚えのある声が聞こえた方向に顔を向けた。彼は手を振りながら僕たちのほうに走ってきた。
「はぁはぁ、やっと会えたぜ。いくら探してもお前だけクラスの奴が見つからなくて心配していたんだ」
「他の皆は無事なのか?」
「ああ、俺達のクラスは西側の校舎を担当している。お前も早く来てくれ!」
「……ごめん、ウェスリー。今は仲間と一緒に街の人達を避難させるほうが先なんだ」
「マジかよ!こっちも人手不足で大変だってのに…!」
ウェスリーは相当苛立っているのだろう。来ることを拒まれてグシャグシャと頭を掻きむしっている。
「セシル君、行ってあげなよ」
最初にそう言ったのはリプルちゃんだった。
「私達はこれだけ人数がいるんだもん。大丈夫!」
ノエルちゃんも可愛らしくガッツポーズを取ってみせる。
「だけど…」
いくら大人数とはいえ、やはり仲間のほうも心配だ。
くっ、僕はどっちを取ればいいんだ!?